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形見分け


 小雨が降る中、整然と並ぶ軍人達が運ばれ行く棺へと敬礼する。

 王国内外の報道陣が開戦以来王国領土を守り抜いた女傑スペンシア少将の葬儀の様子を克明に捉える中、将校の列に混ざるカルディナとその足元に寄り添う白い小竜の姿は、少なからず注目を集めた。


(少将閣下、お世話になりました…)


 スペンヒル縁の将校達が眠る墓地にて、カルディナは大佐と共に墓標へと花を手向け、少将の死を悼んだ。


「シャンティス少佐!ハインブリッツ大佐!」


 墓地を出ようとした矢先、背後から呼び止められた。

 振り返れば、少将の直属補佐官だった士官であった。


「すみません、お二方とも少しお時間宜しいでしょうか?」


 その問いに彼女は大佐と共に何だろうかと首を傾げた。


「実は少将より形見分けの品がございまして…」


 そう訳を聞かされつつ、案内されたのは少将の仕事場であった前線基地の師団長執務室だった。

 応接テーブルには少将の遺品が並んでおり、その中から補佐官は大きくて長い革張りの箱を持ち上げた。


「少将より、こちらをシャンティス少佐に渡すようにと託かっております」


 そんな言葉を添えられながら開かれた箱の中にあったのは、装飾の美しい細剣だった。

 鞘に刻まれた王家の紋章や飾り房の色褪せ具合から、一品物であることが窺えた。


「このレイピア、もしや成婚記念の?」


 驚いたように問う大佐に、補佐官は頷いてみせた。

 それはかつて王太子であったギリウスとセリカ皇女の結婚式に際して、国境基地の責任者として警護任務に当たったスペンシア少将に贈られた一振りであった。

 和平の礎を築いた者への褒賞として―――、平和の象徴として王家より授けられた名剣であった。


「少将の遺言にはその剣の主には貴女が相応しいと綴られておりました。スペンシア少将の御意思です。どうかお受け取りください」


 少し泣きそうになりながら補佐官は告げ、柔らかい笑みと共にその想いをカルディナに授けた。

 剣そのものの重みもあるが、その一振りに込められたものが腕にずっしりと纏わって来た。


「大佐には、こちらを…」


 そんなカルディナの横で、大佐に差し出されたのは年代物のピストルだった。

 一見、只のアンティーク品のようにも見えるが、それを目にした彼は思わず息を呑み、困ったように苦笑した。


「ははっ、閣下は憶えてらしたのか…」


 彼は呟き、丁重に形見を受け取る。

 そして、耐えかねたように目頭を押さえた。


「失礼っ…」


 堪らず後ろを向き、溢れる涙をひた隠す。

 俯いて震える肩にどうしたのかとカルディナは戸惑った。


「申し訳ないっ…。有り難く頂戴します」


 鼻を啜りつつハンカチで顔を拭き、気を改めて補佐官に頭を下げる。

 何か知っているのか、その様を見つめながら補佐官は悲しみを湛えた微笑みを浮かべ、深く深く頭を下げ返した。




 王都へと戻る軍用車の中、セルシオンを足元にカルディナは大佐と隣り合って座りながら、頂いた少将の形見を眺めていた。


「………、こんな大層なものを私が頂いて、本当に良かったんでしょうか…」


 箱を触りつつ、カルディナは思わず言葉を零した。

 もっとその剣を持つに相応しい人は沢山いたのではないか―――。

 そんな表情から浮かぶ声に大佐は困ったように微笑み、項垂れる頭を撫でた。


「少将がそれを持つに相応しいと思ってくださったんだ。気負わずに頂きなさい。君はそれだけの働きをして、それだけの傷も負った」


 そう告げた彼はカルディナの額に残った生々しい大きな傷跡を指でなぞるように擦った。

 戦闘で負わされたその傷は何針も縫うほどに深く、根気強く治療すれば薄くはなるだろうが、完全に消えることは無いだろう。

 そして、その傷と同時に負った心の痛みは、見える傷よりも―――。


「カルディナ、最近ちゃんと寝られてるかい?」


 投げ掛けられた問いに、カルディナはドキリとして顔を背けて目元を隠した。

 実を言えば近頃、出撃時の光景を夢で見て魘されることが増えていた。

 自分でも隈が濃くなっていることは気になっていた。


「あまり酷いようなら、ちゃんと病院に掛かりなさい。倒れてからでは遅いからね?」


 優しい声の忠告に、彼女は恥ずかしげに頷いて、そして、はたと気付いた。

 ――もしかして、最近頻繁に顔を見に来てたのって…。

 そう思って大佐の顔に目を向け、パチリと合わさった視線に気不味さのあまり目を泳がせた。

 心配してくれていたのに鬱陶しいと思っていたことが申し訳なかった。


「どうした?」


 キョトンと大佐は首を傾げる。


「いえ…、すみませんでした…」


 思わずカルディナは謝った。


「………、…気にしてないよ」


 不敵な微笑みと共に、大佐はまるでその心の声を聞いていたかのように言葉を返した。

 車窓から見える空はいつの間にか晴れ、穏やかな初秋の日差しが戦火の傷跡深い野をどこまでも柔く照らしていた。

第1幕 終

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