三つ巴
その知らせは祝賀会が終わった後に齎された。
――本日午後三時、
スペンシア少将閣下、逝去されたし――
通信端末の通知画面には、その一言だけが綴られていた。
本来であれば上位将校の訃報は、戦時作戦の変更や葬儀参列者の把握の為、その死亡が確認されるとほぼ同時に全ての軍人に通知される。
恐らく先方がこちらを気遣って、連絡を遅らせたのだろう。
明日にはスペンヒル領に向かう上、通告が遅れても問題はないと判断されたと思われる。
(…まるで調印式を見届けたみたい……)
宿泊しているホテルに戻り、化粧と汗を流しにシルビアが浴室に入っている間、カルディナはその部屋の片隅で了解の返事を打って静かに祈りの手を組んだ。
短い期間の付き合いであったが、その勇姿は記憶に色濃く、掛けて頂いた言葉の数々は強く胸に焼き付いている。
御歳を思えば致し方なくも思うが、彼女ほどの女傑が天に召されたのは、何とも惜しいものであった。
(そういや、お葬式出るなら礼装軍服でも良いのだろうか…)
ふと己の纏う衣服を見て、そんなことを考えていると部屋のチャイムが鳴った。
時刻は夜十時を回っている。
届いた訃報もあって、また世話を焼きに大佐が来たのだろうかと考えつつ、ドアに歩み寄ろうとした時だった。
ぐんと脚に重みが掛かる。
振り返るとセルシオンが喉の奥で唸りながら裾を齧っていた。
何かに酷く怯え、行っては駄目だと訴えていた。
(何かいるの…?)
相棒からの警告に、即座に通信端末や貴重品をポケットに押し込み、ベッドの枕元に置いていた拳銃を手に取って武装体制を整えた。
「あら、来客?」
そんな呑気な声に内心、焦った。
濡れ髪に手櫛を入れながらバスローブ姿のシルビアが何の警戒心もなく浴室から出て来てしまった。
「殿下、隠れてください…!」
声量は押さえつつ、手にしていた拳銃を渡して強引なまでに浴室へと貴人を押し込む。
唯ならぬ彼女の慌て様に事態を察したのかシルビアは直ちに浴室に戻り、鍵を閉めて空の湯船の中に身を隠した。
再びチャイムが鳴る中、カルディナは予備の拳銃を手にテラスに出られる窓を開け、入口脇のクローゼットの中に身を隠した。
昼間に発信機等を付けられたのこともあって、いざとなれば外に逃げられる体制を取った。
ここは四階だが、建物を伝っていけば脱出は可能である。
ドア越しに聞こえる微かな話し声に、ぞわりと緊張が走る。
只の部屋間違いか顔見知りであってくれ―――。
そう願いながらセルシオンを肩に乗せ、拳銃の安全装置を外した。
ドアノブがカチンと音を鳴らし、閉めていた筈の鍵が開けられる。
ゆっくりと開くドアに、悪い予感が的中したと顔を歪めた。
控えめな雑踏を引き連れて入ってきたのは、スーツ姿に拳銃を携えた男が三人。
そして、遅れて入ってきた姿にカルディナは目を剝いた。
(セリカ皇女!?)
服装は違えども目に焼き付けた顔はその人だった。
暗色の機動性特化の軽装で、何をしに来たのかは容易に想像出来た。
「慎重に探しなさい。子供とは言え、かなり利口で軍事訓練も受けています。決して殺さぬよう…」
「承知しております」
「御意に」
生け捕りを示唆する会話と接近する彼等に心臓が脈を速める。
―――どのタイミングで飛び出すか…。
辺りを漁る男達に逃走の機会を見計らっていた時だった。
キンコーンと再びチャイムが鳴る。
これには皇女等も緊張の色を浮かべ、カルディナは飛び出す体勢に入った。
「……失礼、ヴォクシスです」
廊下から聞こえたそんな声に堪らず歓喜した。
「大佐!“侵入者”です!」
そう叫ぶと同時だった。
クローゼットから飛び出したカルディナに男達は獲物を見つけたとばかりに目の色を変え、同時にドアを開け放った大佐が部屋に突撃。
躊躇っている余裕はなかった。
大佐と共に容赦無用でセリカ皇女へと引き金を引き、案の定、男達は身を翻して彼女を守りに入った。
「大佐!殿下は浴室です!」
威嚇射撃を行いながら大佐にシルビアの保護を頼み、ソファを盾に防衛体制に入った男達と睨み合った。
そんな背後を擦り抜けるように浴室へと駆け込んだ大佐は、合言葉で王太子に自身の到着を伝えて鍵を開けさせ、瞬く間に駆け足で廊下へと退避した。
「そのまま動くな!」
威勢良く男達を牽制しつつ、ジリジリとテラスの方へ。
護衛対象から刺客を遠ざける為、護衛官は時に囮にならなければならない。
彼等はカルディナ自身も標的としていることからその役を買って出た。
「鬼ごっこと行きましょうか…!」
己を奮い立たせるべく、挑発的に小首を傾げる。
後ろ手でガラス戸の取っ手を手に取り、いざ飛び出さんとした。
―――その時だった。
「みぃつけた〜!」
そんな声がテラスから轟き、はっと振り返る。
次の瞬間、衝撃音を伴ってガラス戸が砕け散り、襲い掛かったガラス片にその場の誰もが身を捩る。
逃走を図った彼女を追わんと頭を出した男達は咄嗟に皇女に覆い被さり、即座に受け身を取ったカルディナは飛び込んで来た機械仕掛けの翼の女戦士に容赦なく蹴り飛ばされた。
「命中ぅ!」
強烈な一撃に倒れ込んだカルディナを踏みつけ、女戦士はにっこり。
果敢にセルシオンが反撃に出たが、女は蛇を掴むかのように鷲掴み、そのまま手中に押さえ込んだ。
「ドラゴンちゃんもゲット〜!」
嬉々としてもう片腕でカルディナの頭を掴んだ女戦士にセリカ皇女は勿論、あまりの轟音に部屋に駆け戻った大佐は度肝を抜かれた。
「あら〜!皆さんお揃い〜!クロスオルベのお姫様ったら大人気ぃ!」
キャッキャとはしゃぎつつ女戦士は壊れかけの人形の如く、ぐったりするカルディナを乱暴に引き起こす。
見覚えのあるその顔に、カルディナ自身は戦慄した。
奪還作戦の折、フリードと共に襲い掛かって来た戦闘翼肢のパイロット、アリアであった。
「金剛宮の方々〜?悪いけど陛下の勅令なのでお姫様は譲ってもらうよ〜!」
そうアリアは告げ、朦朧とする彼女を肩に担ぐ。
そして、テラスの欄干を蹴飛ばして逃走を図った時だった。
鷲掴んでいたセルシオンの姿が風船が割れるようにパンッと爆ぜる。
「えっ?」
突然のことにアリアは間抜けな声を漏らした。
無数の花弁と化したセルシオンは機械の翼を包み込み、パリパリと音を鳴らして翼を分解。
壊れて地に堕ち行く背から、風に吹かれるように主を奪い返した。
「なぁああぁ!?」
嘘だろうとばかりの悲鳴を上げながらアリアは近くの建物の屋根に落下。
そのまま屋根伝いに転がっていき、路地へと姿を消した。
対するセリカ皇女等はその様をテラスから見下ろし只々唖然。
はっと我に返り、薄闇の中で花弁に包まれて神秘的に宙を漂うカルディナの捕獲に乗り出そうとした矢先だった。
「退けぇ!!」
その怒号と共に接近する姿に、男達は反射的に主を護らん身を挺し、セリカ皇女はその刹那、己には目もくれず横切る姿に目を奪われた。
彼等を押し退け、テラスから果敢に飛び出した大佐は、白銀に包まれるカルディナに両腕を伸ばす。
風を切り、その胸に娘を抱き寄せた彼は衝撃を覚悟で重力に引き寄せられた石畳を踏み付け、両足を滑らせた。
建物の高さから飛び降りた反動は凄まじく、革靴はもぎ取れ、機械の脚が火花を散らした。
「カルディナ…!しっかりしろ!カルディナっ!」
護るように周囲をセルシオンの花弁が舞う中、大佐は懸命に呼び掛ける。
顔を歪めながら瞼を開けたカルディナは、酷くホッとしたように笑みを零した。
「…大佐…、来てくれ…た…っ…」
安堵のあまりその意識が忽ち遠のく。
近付く緊急車両のサイレンを微かに聞きながら、カルディナは頼もしい胸に額を寄せた。




