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放蕩王子


 聴取は思いの外、簡潔に終わった。

 最初の刺客からの発砲状況のみ詳細を聞かれたが、後は現場での目撃者が多く、殆ど証言の擦り合わせであった。


(昨日の事件の所為で、作業場が止まっちゃったなぁ…)


 静けさに包まれる第二格納庫に足を運び、鎮座する造り掛けの機械竜を眺める。

 大佐の方はまだ聴取が続いており、先にお暇することにはなったが、騒ぎの影響で訓練も中止となり、気持ちもざわざわして宿舎に戻る気にもなれなかった。

 取り敢えず、今朝までに直してもらった狼型の器にセルシオンを融合させ直し、収納容器に戻された蝶型の器の確認も行った。


「やっぱり、コックピット欲しいなぁ…」


 壁に貼られた設計書を眺めつつ、そんな事をぼやく。

 予算的に我儘は言えないが、形に成っていく毎に相棒と一体となって飛んでみたいという気持ちが高まった。

 今のところ、外付けで移送用コンテナを取り付けられるようには検討しているが、デザインが納得出来ずにいた。

 セルシオンの負担を考えると形状を工夫しないとならないが、良い案が浮かばない。

 メモとして書き散らかした用紙を見返しつつ首を捻った。


(駄目だ、眠くて頭働かない…)


 暫くして強い眠気がやって来た。

 昨日の晩からまともに寝ていないし、ちょっとの仮眠のつもりで作業台に突っ伏し、目を瞑った。




 程良く差し込む昼下がりの日差しと心地良い微睡みの中、コツリコツリと足音が聞こえてきた気がした。

 まだ眠いが大佐や他の上官ならば、転寝をしている場合ではない。

 額を擦りながら頭を起こし、眠い目を擦って顔を上げた。

 ぼんやりした視界に人影が映る。

 一瞬、大佐かと思ったが風貌が違った。

 誰だろうと首を傾げる。

 将校にしては筋肉の付きがイマイチで、服装も軍服ではない。

 ここには軍部関係者以外は立入禁止の筈だが―――。


「こんにちは、クロスオルベのお嬢さん。ヴォクシス()()()とは一緒じゃないのかな?」


 そんな問いにこの御仁が誰だが瞬時に察して驚きの余り飛び上がった。

 腰掛けていた丸椅子を引き倒し、訓練で身に付けた動作で距離を持った。


「ハハハッ、猫みたい!」


 警戒体勢のカルディナに対し、御仁はあっけらかんと笑って倒れた椅子を持ち上げる。

 ジンジンする各所の痛みに顔を強張らせながら姿勢をゆっくり直す傍ら、セルシオンも警戒しながら彼女に寄り添った。


「俺の名前はディアス。今のところこの国の第二王子だ。昨日の内に兄貴とはもう会ったよね?」


 胸に手を当てて彼は気さくに挨拶するも、その名を聞いたカルディナは更なる緊張が走った。


「お初にお目に掛かります。カルディナ・シャンティスと申します。ご要件を御伺します」


 取り繕うように敬礼し、緊張を隠すように機械的に訊ねる。

 かなり距離感のある挨拶に、ディアス王子は困ったようにはにかんだ。


「ぶっちゃけ特に用事はないんだけどね。堅物な従兄が養子を取ったって聞いてさ。引き取った子がどんな子か気になってね…」


 そう答えつつ、王子は徐ろに造りかけの機械竜に視線を向けた。


「これの設計、君がしたんだって?十四歳だっていうのに凄いね」


「恐れ入ります」


 失礼のないよう所作や言葉を気に掛けつつ、端的に答える。

 尚も警戒心を見せるカルディナに、ディアス王子は観念したように溜め息を吐いた。


「実のところ俺、昨日の祝宴バックレちゃったんだよね。最近、貴族連中が夜会に出る度に年頃のレディ押し付けてくるし、どうも鬱陶しくてさ…。お陰で昨日の騒ぎの首謀者扱いされててさぁ。本当に迷惑な話だよね…」


 噂を聞く限り自業自得とも言いたくなったが、そんな淡々としたボヤキを黙って聞いた。

 相手は王族―――、ここは下手に動かず穏便に事が過ぎるのを待つのが得策と考えた。


「俺も王位争いは真っ平御免なんだけど、周りが放っといてくれないんだよね…。エグラン伯爵って知ってるかな?国家議員の古株なんだけど、その人が偉く君のことを俺の花嫁にって推してるんだよね」


 気さくな雰囲気を醸して言葉を続けながら、彼は段々と歩み寄る。

 コツコツと響く革靴の音が近付く度にセルシオンは唸り声を強め、カルディナは相棒が貴人に飛び掛からぬようにとそのリードを握り締めた。


「…で、君って何なのかな?」


 真横に立った王子が放ったその問いは、酷く冷たい声色だった。


「何か…と言うのはどう言った意味でしょうか?」


 品定めするような鋭い視線に、冷や汗が伝った。

 目は合わせず、真っ直ぐに前を向いたまま訊ね返した。


「惚けないでくれる?」


 そう言い放つ王子の軽蔑の視線が見ずとも分かった。

 それまでの軽すぎるくらいの空気が一転して、ズンと威圧感が体に伸し掛かった。


「あの悪魔を篭絡するだけに飽き足らず、俺まで抱き込もうなんて…、とんだ阿婆擦れだな」


 コツリと足音を響かせ、背後に回りながら王子は侮蔑を吐いた。

 瞬間、カルディナの中で何かがぷつんと切れた。


「僭越ながら、私は機械竜の設計者として成すべきことを遂行するのみです。それと何か勘違いされているようですが、エグラン伯爵とはご挨拶したこともありません」


 姿勢を正し、毅然と言ってのけた。

 何を吹き込まれたかは知らないが、阿婆擦れ呼ばわりとは聞き捨てならない。


「はっ、言うじゃないか?」


 鼻で笑った彼がそう耳元で囁いた瞬間、乱暴に手首を掴まれ、捻り上げられた。

 主人に対する危害にセルシオンは王子に牙を向いたが、カルディナは首輪を引いて必死に抑え込んだ。

 掴まれる腕の痛みに顔を歪め、悲鳴を上げまいと唇を噛んだ。

 悲鳴を上げればセルシオンは彼女を守る為、王子の喉笛に食らいつき息の根を止めかねない。


「どうやってアイツを手玉に取った?その貧相な体で誘惑でもしたか?」


 問い質しながら王子はほくそ笑み、無理な方向に腕を押し曲げる。

 カルディナは痛みのあまりその場に跪き、それでもセルシオンを抑え続けた。


「何をしている!」


 雑踏を引き連れた大声に、顔を向けたカルディナは安堵の笑みを零さずに居られなかった。

 いつもの軍服に上級将校のみが身に纏える漆黒の外套を羽織り、その両脇に控えるモーヴ中尉とランドル大尉は地獄の番犬の風貌であった。


「おぉ!ヴォクシス兄さん!」


 猫を被ったような歓喜の声と共に、ぱっと腕を捻り上げていた手が離れた。

 投げ捨てられるように解放されたカルディナは盛大に床に倒れ込み、大佐はそんな彼女を抱き起こして外套の内へと隠し入れた。


「へえ…!兄さんがそんな風に部下を庇うなんて意外だなぁ…!そんなに惚れ込んでるの?ティアナさんと比べると見劣りするけどなぁ?」


「王子、少々黙って頂けるかな?」


 唸るように告げられた警告に、王子のみならずその場の全員が凍り付いた。

 まるで獰猛な獣に威嚇されているような気分である。


「大佐…」


 腕を押さえながらも、カルディナは訴え掛けるように首を左右に振った。

 軍法により士官は生命危機に瀕していない限り、王族には手を上げてはならないと決まっている。

 王子から解放された今、大佐でも彼に殴り掛かろうものなら処罰の対象となってしまう。


「大丈夫。心配しなくて良い」


 穏やかにそう言葉を返して、大佐は外套の中でカルディナの頭を撫でた。

 その眼差しは島の城跡で約束を交わした時と同じであった。


「王子、シャンティス少佐は私の相棒(バディ)であり、護るのは当然です。それから彼女は貴方と違って身の程を弁えています。軍規に従い、王族である貴方に危害を加えないよう、今もセルシオンを押え付けているのはその証拠…。言っておきますが、セルシオンは我が国の殲滅兵器として軍事転用中であり、管理責任者はシャンティス少佐ではなく特務機動小隊の隊長である私が担っています」


 淡々とした口調で告げながら、大佐は腰元のサーベルを剣帯から外して、脅すように体の前で鞘ごとトンっと床を小突く。

 杖のように柄に両手を添える様は、これ以上カルディナに近付くなという警告だった。


「ディアス王子殿下、ここは軍部関係者以外の立ち入りが制限されております。直ちに退出を願います」


 止めとばかりに毅然とランドル大尉が言い放ち、王子は戯けたように肩を竦めた。


「どうやら会わない内にすっかり嫌われちゃったみたいだね。まあ、血縁な訳だしゆっくり関係は直すとしようか…」


 何処か台詞じみた言い方で告げ、王子は態とらしく溜め息を零す。


「またお会いしましょう。魔性の少女さん?」


 そう言った王子はひらひらと手を振り、何事もなかったかのように第二格納庫を立ち去った。

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