護衛任務
夜空に煌めく星や月よりも燦然と輝く豪奢なシャンデリアの下、色鮮やかなドレスの花がメインホールの中央を彩る。
その様子を王子夫妻と眺めながら、カルディナは大佐から今日この場に来ている賓客についての説明を受けていた。
手違いだったとはいえ、養女となってしまったからには社交界の情報も耳に入れておいた方が得との理由である。
「丁度、陛下と話しているのがミラ様のお父上で宰相のヴェルフィアス侯爵。現在の国家議員の三分の一は皆、彼の傘下にある」
「成程…」
頷きつつ、目を凝らしてその顔を頭に刻む。
シルバーヘアのスラリとした紳士だ。
出来ればメモを取りたいが、手持ちが無いので記憶するしかない。
「カルディナ、あそこに紫のドレスの御婦人がいるのが見えるかな?」
僅かに顔を寄せ、大佐がホール中央を指差す。
高齢と見える婦人が、夫と思しき腹の出た紳士と連れ歩いている。
「はい。白髪の方ですね?」
「その隣にいるのがエグラン伯爵だ」
不意に告げられた要注意人物の存在に、緊張が走った。
社交界では戦場と同じく逃げ隠れも必要とのことである。
大佐のように弁が立つなら兎も角、不味い相手を見つけた時は身を隠すのが得策だろう。
「………、…可笑しいな。ディアス王子の姿が見えない」
辺りを見回しながら、大佐は首を傾げる。
これまでの話からカルディナが一番、警戒すべき相手とも言えるのだが―――。
そんな折であった。
不意に足元に伏せていたセルシオンが弾かれるように上体を起こし、何やら唸り出した。
その視線の先には、真っ直ぐにこちらに歩み寄る給仕の姿がある。
―――まさか。
胸元の星の欠片に手を当て、警戒体制に入った瞬間だった。
「セルシオン!!」
その名を叫ぶと同時に、パッと白銀が爆ぜる。
呼ぶよりも先に彼女の前に飛び上がったセルシオンは、その身を盾に凶弾から主人達を守った。
その光景に大佐が直ちに礼装の装備としてぶら下がる警笛を吹き鳴らす。
轟く異質な音色に直ちに警備兵が駆け込むも、一斉に姿を表した刺客にホールは忽ち混乱に陥った。
「セル!防衛形態起動!」
大混乱の中、大佐と協力してアルファルド王子とミラ妃を後退させ、ドレスに纏った蝶はその声を合図に一斉に翅を羽撃かせる。
押し寄せる緊張の中、カルディナは大胆にドレスの裾を翻して脚に装着していた拳銃を手に取った。
「迎撃します!」
蝶となって宙を舞う白銀を侍らせ、カルディナは接近する刺客の前に立ちはだかる。
そんな彼女の背中を預かり貴人二人を物陰に退避させた大佐は腰に差したサーベルを抜刀。
機械仕掛けの腕から放出される電撃を艶めく刀身に纏わせた。
「まさか、こんなに早くセルシオンを実戦利用することになるとね…」
「全くです…!」
そう言葉を交わす間にも刺客達は容赦なく、サイレンサー付きの銃口を真っ直ぐにこちらに向け、侍らせた蝶達が放たれる銃弾を受け止めていく。
「セル、一番機から九番機まで防衛に専念!十番機から十二番機まで本体と共に目標を迎撃!」
次なる指示に狼型セルシオンは雄叫びを上げ、蝶三体を引き連れて刺客へと突進。
堪らず逃走を図る相手に狼は容赦無く襲い掛かり、蝶達も次々に刺客達の身体に麻酔針を打ち、その動きを封じた。
「護衛対象の移送を開始します!」
銃撃が止まると同時に盾となって固まっていた蝶を再びドレスに纏わせつつ、隠れていた王子夫妻に駆け寄る。
早期退避の為アルファルド王子は妻を背負い、その前後を大佐と守りながら、カルディナはメインホールから脱出した。
履き慣れないヒールの靴を脱ぎ捨て、裸足も同然で冷たい廊下を直走る。
送り込まれた刺客は相当な数に登り、実質初の実戦となったカルディナは後方で苦戦を強いられた。
「あぁもう!何人居るのよ!!」
堪らず怒号を上げ、拳銃の引き金を引く。
徹底的に仕込まれた射撃の腕は見事狙い通り刺客の腕を打抜くが、僅かな時間稼ぎにしかならない。
蝶に仕込んだ麻酔も残量が限られる為、刺客の数的に心許無かった。
対して、前方で先導する大佐の剣捌きは見事なもので、刀身そのものに殺傷能力はないものの警棒の容量で向かってくる刺客を悉く返り討ちにしていく。
刀身が纏う電撃はかなりの衝撃があるらしく、接近しただけで痺れた者もいた。
(…格が違う!)
己の力不足を歯噛みしながら、遅れを取るまいと全力で走る。
悔しいがランドル大尉のスパルタ訓練が、役立っているのを痛感した。
「ハインブリッツ大佐!こちらです!」
王宮付近にて待ち構えていた援軍―――第八〇六特務機動小隊の第三分隊及びその隊を統率するモーヴ中尉の姿に安堵した。
モーヴ中尉率いる第三分隊は、前線故に強者揃いの第八師団の中から抜粋された国内最強とも言うべき有能歩兵集団である。
全員、極めて戦闘能力が高く、護衛任務においてはプロとも言える。
「シャンティス少佐、お疲れ様でした」
逃げ込んだ即席バリケード内、見知った顔の労う言葉に胸が一杯になった。
軍事訓練で一緒だった仲間達から掛けてもらったジャケットの温かみが心に沁みた。
「おーい、担架持ってきてー」
「あーあー、血塗れっすよ…」
「救護班に連絡してー!」
そんな声に、自分の身を振り返った。
足元から血が出ていて、何処かで何かを踏んだのかとも思ったが、破れたストッキングを剥がしてみれば両足とも爪が割れていた。
よくよく見れば、跳弾を受けたのかドレスがボロボロで、あちこち傷だらけだった。
「私が運ぼう」
その声と同時にフワリと身体が持ち上がり、上げた視線の目の前に大佐の顔があった。
「初の実戦で見事だった。大した子だ」
そんな褒め言葉と共に、くしゃりとした笑みが向けられる。
その瞬間、涙が溢れた。
我慢の限界で、顔を覆って幼子のように泣きじゃくった。
本当は怖くて仕方なかった。
人を撃つのも打たれるのも初めてで、押し寄せる色々な恐怖を堪えて、目の前の妃達を守ることだけを考えた。
緊張の糸が切れて涙の止まらない彼女に、大佐は慌てふためき、それを苦笑いで見守りながら士官達は尚も続く襲撃の鎮圧を急いだ。




