星乙女伝説
※注意※特有の流血シーン有り。苦手な方はご注意を。
交渉成立後、大佐とセーディスは書類にサインをし合い、それぞれ各所への手続きを急いだ。
結論としては、セルシオンの新規戦闘用ボディ開発に必要なチタンは帝国の目を欺く為、一時装飾品として製品化の後、半月後を目処に王国への大規模輸出が決まった。
またその他、武器製造や軍事作戦に必要な物資も秘密裏にではあるが融通してくれることとなった。
理由を聞けば、近年セーディス商会を筆頭にルノレトが始めた手付かずの鉱山開発に対し、帝国側が何かと圧力を掛けていた為、王国と結託して牽制したいとの狙いがあった。
サニアス帝国はかつての強行的な侵略により大陸北部の大部分を獲得しており、その広大な領土から得られる潤沢な各種資源の採掘によって現代まで独占的に利益を得ている所がある。
それが近年になって技術の進歩でそれまで開拓出来なかった大陸中央の鉱山をルノレトが採掘し始め、各国も高い関税を掛ける帝国よりも妥当な金額で融通してくれるルノレトに取引を乗り換えるようになったため、帝国としては面白くなかったらしい。
(何か思ったより事情は複雑なのね…)
キナ臭いそれぞれの裏事情に、カルディナは憂いげに溜息を吐いた。
隔絶された島にいて世界情勢などは全くと行って良いほど知らなかったが、今後を思うと多少なりとも勉強せねばと焦りを抱いた。
「さあ、たぁんと召し上がれぃ!」
そんな元気な声を合図に各々囲んだ座卓に、見たこともないご馳走がこれでもかと並ぶ。
商談成立のお祝いとして時間的には少し早いが、夕飯をご馳走してもらえることになった。
「しっかし、ヴォクシスから連絡を受けた時は驚いたね。この数年、ナシの礫だったのにさぁ…!」
和やかな雰囲気の中、酒を片手にセーディスは陽気に笑う。
「階級が上がって参謀本部に勤めるようになってから、何かと忙しかったもので…」
いつものように煙草を吸いながら、大佐は肩を竦めて微笑んだ。
「そういや、お嬢さん。あんたカローラス最西端のエルファ島出身なんだって?あたしの記憶が正しけりゃ星乙女伝説の島だろう?」
そう訊ねたセーディスにカルディナは口を付けていたジュースを噴き出さんばかりに驚いた。
星乙女伝説はセルシオンを作るきっかけになった伝承であり、島民かカローラス国内の一部人間くらいしか知らないと思っていた。
「随分と昔に立ち寄った露店の婆さんが小話に聞かせてくれてねぇ…。ほら、そこに掛かっているタペストリーあるだろう?その時に買った奴で、あたしのお気に入りさね」
グラスを持った手で壁を指差しつつ、自慢気にセーディスは語った。
タペストリーに描かれている絵は、カルディナもよく知る伝説の重要な場面だった。
「白の竜に乗って星乙女が地上に戻ってきた場面ですね。この場面、格好良くて私も大好きです…!」
「分かる!使命よりも愛を選んでいながら、更にハッピーエンドなのが良いよな!」
そう盛り上がる二人だったが、何かに気付いたように不意に大佐は席を立ち、まじまじとタペストリーを覗き込んだ。
「ヴォクシス、どうした?お前さんも気に入ったかい?」
からかうように訊ねたセーディスだったが、大佐はタペストリーを前に暫し沈黙。
そして、思い出したように指を鳴らした。
描き方は全く異なるが、少し前にマーチス元帥に連れて行かれた旧クロスオルベ侯爵邸で見たあの壁画と同じ構図だった。
「この絵のここ…。この乙女が手に取ろうとしているものって…?」
「逆だよ、ヴォクシス。乙女は解き放とうとしてるのさ。彗星の怒りの雷をね」
酒を呷り、セーディスは何処か呆れたように言い放った。
星乙女伝説は正確には、島に暮らす青年と天へと帰る方法を失った天女――星乙女の恋と冒険の物語だ。
遠い昔、鳥のように自由に宇宙を飛び回る彗星ファルファランに乗って世界の安寧を護る旅をしていた星乙女は、狡猾な王子が放った矢に射たれ、地上に落とされてしまう。
襲われたことに驚いた彗星は欠片だけを残して天へと逃げ去り、酷い怪我を負った乙女は王子の魔の手から逃れるべく、彗星の残した欠片を手に海へと飛び込んだ。
流れ着いた寂れた島で星乙女は心優しき機械技師の青年に出会い、島民との交流を楽しみながら宇宙へと帰る方法を模索する。
そして、彗星の欠片を原動力に青年が創った機械仕掛けの白竜に乗り、星乙女は無事に宇宙の彼方で彗星と再会を果たす。
青年との淡い思い出を胸に乙女は旅を続けようとするが、振り返った地上では乙女を探しに来た王子に青年は捕まり、酷い尋問を受けていた。
心優しい青年を助けんと乙女は再び竜の背に乗って地上に降り立ち、彼女の願いを聞いた彗星は天より稲妻を放って王子を撃退。
星乙女は青年を放っておけず彼の傷が癒えるまでと共に暮らし始めるが、その内、二人は愛し合うようになる。
彗星との旅を続けなければならない一方、彼と別れることが惜しくなった乙女は、己の役目を機械仕掛けの竜に託すことを決断。
竜は乙女の意志を継ぎ、彗星と共に二人の子孫を見守りながら宇宙を駆け続けているという。
「この絵は物語の終盤、青年を救わんとする星乙女の願いを聞いた彗星が裁きの雷を落とそうとしている場面さ」
大皿から焼き饅頭を手に取り、それを割りながらセーディスは言葉を続け、徐ろに食べろとばかりにカルディナに半分差し出した。
「では、この四芒星はファルファランということですか?」
「そういうことになるかねぃ」
そう言って相槌を打ち、彼女は饅頭を豪快に囓る。
美味しそうに食す様子を見て、カルディナも興味津々でパクリと饅頭を齧った。
焼き目が香ばしく、香辛料がよく利いている。
「成程…、実は最近これに似た絵を見ましてね」
「ほう…、それは何処で?」
そう訊ねるセーディスの目が、何やらキラリと光った。
「王国首都郊外にある旧クロスオルベ侯爵家本邸です。軍の管理下ですよ。壁画なんですが彗星の部分が削れていましてね…」
半笑いで答えた大佐に、セーディスはガッカリの様子である。
あわよくば手に入れたかったのだろう。
「我が国に来て頂ければ、チタン融通のお礼に見せて差し上げますよ。屋敷にはクロスオルベ侯爵が残した仕掛けも沢山あるそうです」
「だったら島への観光の方を願いたいね。カローラスの首都は人が多すぎておっかない」
「もしや襲撃を危惧してますかな?それは己の身から出た錆では?」
「おぉ?言うじゃないか、小僧…」
何やらバチバチと火花を散らし始める二人にカルディナは戸惑った。
旧知の仲なのだろうが中々に言葉に棘がある。
「お二人共、お嬢さんが怯えていますよ?」
控えていたセーディスの部下が、ピシャリと言ってくれた。
瞬間これはいかんと双方、咳払いした。
「まあ、ヴォクシスも取り敢えず食べな。ウチの専属が腕を奮ってくれた馳走だ。シガーもたんまりあるよ?」
気を取り直し、セーディスは控えの女中を呼んで、名産でもある各種煙草を用意。
「ハハッ、それは有り難い。早速、頂きます」
頭を掻きつつ、大佐は困ったように苦笑いしておずおずと座卓に戻った。
そんな折だった。
唐突にツキンと痛んだ腹を擦り、カルディナは首を傾げた。
(あれ…、何か…お腹が変…?)
慣れない土地に疲れてしまったのか、何だが下腹部が気持ち悪い。
段々と自覚してきた痛みに腹でも下るのかと思い、一先ず用を足そうと腰を上げた瞬間だった。
内腿に伝わった生温い湿り気に、えっ?と振り返る。
尻の下に敷いてあった円座にべったりと赤いシミがついていた。
「げっ!!」
思わず野太い声が出た。
何て最悪のタイミング―――、この数ヶ月、多忙だった為かとんと来ていなくて忘れていた。
「おや、これは大変なことに…」
貰った煙草に火を寄せていた大佐も、その声で事情に気付いた。
流石の彼も、これにはどうしたものかと狼狽えた。
「ありゃりゃ、こりゃ盛大だねぇ」
そう言って、控えの女中に指示を出すセーディスだったが、間もなくして異変に気づいた。
月のモノにしては血の量があまりに多く、こうしている間にも脚を伝って垂れている。
「やけに多くないか?おーい、病院に連絡入れとくれ。これはちょいと可笑しいぞ」
慌ただしく女中が持ってきた大判タオルで腰巻きさせつつ、その場に座り直させる。
カルディナ自身も強まる腹の痛みと感じ始めた寒気に何かが可笑しいと察した。
「嬢ちゃん、大丈夫か?顔色が悪くないかい?」
「なんか…寒気が…して……」
そう答えて間もなくだった。
吐き気がすると思った直後、急に視界が白く霞み、魂が抜けるように全身から力が抜けた。
遠くで叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それが誰の声で何を言っているのかは分からなかった。




