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都市国家ルノレト


 見渡す限りの荒野に伸びる対のレールは、地平線の彼方まで続いていた。

 土の匂いのする風を爽快に切りながら、その上を走る列車に揺られること数時間―――、疎らな草原と岩山ばかりの大地に見えてきた目的地は、ぽつんとそこだけ茂る深緑に囲われた湖の中に聳え立っていた。


「やっと着いたな…」


 鞄片手に中折れ帽を被りつつ、列車から颯爽と降りた背広姿の大佐は渋い顔で背を伸ばした。

 長時間座り続けて腰が痛いと嘆くその傍ら、同行したカルディナは軍より支給された防寒ジャケットを羽織りつつ、犬に扮したセルシオンと重いキャリーケースを引っ提げてその背を追い駆けた。


「悪いね、君も忙しいのに同行してもらって。セルシオンも大変だったね…」


 休憩に立ち寄った食事処で煙草を蒸しつつ、大佐は足元で眠るセルシオンに困ったように微笑んだ。

 ルノレト行きの話が決まってからこの一週間、不在となる間の仕事を片付けるべく多忙を極めたが、ランドル大尉による地獄の訓練を公的にサボれると思えば悪い気はしなかった。


「あの、本日お会いするセーディス様というのは、どう言った方なのでしょうか…?」


 小腹満たしに適当に頼んだ見慣れないお菓子を頂きつつ、カルディナは疑問を投げた。

 以前から名前は聞いていたが、商人であること以外、全く持ってその人物に関する情報が掴めなかった。

 道中で聞かされた話にて、カルディナは勿論セルシオンの同行がその方からの要望だったという点から、ルノレトの有力者であることは想定していたが―――。


「うーん、一言で言えば癖の強い人かな。気に入った人間にしか会ってくれない上、かなりの気分屋でね…。まあ、ルノレトの権力者には間違いないから、そのつもりでいて欲しい。斯く言う私も一昔前にここの煙草と工芸品をまとめ買いしたら、それを知ったセーディス殿に運良く気に入られただけだから…」


 実にふんわりとした説明である。

 これは寧ろあまり深く聞いてはいけないような気がしてきたので、一先ず目の前のお茶とお菓子を楽しむことにした。




 エキゾチックな異国情緒溢れる通りを歩きつつ、目的の御仁が待つという場所へとカルディナは大佐の歩幅に合わせて少し駆け足で進んでいく。

 建物自体は中央大陸らしい石と粘土作りだが、世界の物流拠点とあって目に付く文字も置かれている物も国際色豊かであった。


(おっ?)


 行きすがら、とある洋服店のショーウィンドウが目に付いた。

 大きなガラス窓の向こうに飾られたマネキンが着ているオリーブ色の秋冬物のコートが素敵だった。

 系統としてはロリィタファッションではあるが、目についた一着は比較的ゴテゴテ感や甘ったるい感じはなく、普段でも使えそうである。


(そろそろ私服でもコート買おっかな…。軍服ばかりに頼る訳にも行かないし…)


 そう思いつつ気を取り直して、先を進んでいる上官の背を追い掛けようと視線を戻した瞬間だった。

 眼の前にあった大佐の姿に、びくりと肩を揺らした。

 彼はショーウィンドウを見て不意に微笑むと、カルディナに視線を移した。


「あのマネキンのが気に入ったのかな?」


 財布を入れている懐のポケットに手を差し入れ、大佐は不敵に訊ねる。

 それに対し、カルディナはブンブンと首を振るや鞄を胸に抱え、その場から逃げるように駆け足で通りの先に向かおうとした。


「欲しいと思った時が、買い時だと妻が言ってたなぁ…!」


 態とらしく大きめの声で告げる大佐に、彼女はピタリと足を止める。

 ブリキの玩具のようにぎこちなく振り返ったカルディナは、にこやかに微笑む彼を見て、この人には敵わないと悟った。




 甲高い声色の独特の掛け声が響く中、堂々と入って行く大佐とは対象的に、カルディナはセルシオンを外で待たせておずおずとドアを潜る。

 今日は軍服を脱いだとは言え、可愛らしさ全開の店内に腰が引けた。

 街で暮らすようになって暫く経つが、こんなお店は入ったことがない。


「カルディナ、これで合ってる?」


 ショーウィンドウから見たマネキンを指差し、品物を確認する彼に縮こまりつつも頷いた。

 ―――が。


「すみません、これ()()ください」


 まさかの一言である。

 しかも、値札を全く見ていない。


「待って!コート!コートだけです!取り敢えず、試着だけで…!」


 思わず大声で止めたが、その一連の光景に店内に居合わせた客や店員からは、何やら温かい微笑みが溢れていた。


「お嬢さんのために太っ腹ね…!」

「素敵なお父さん…!」

「歳の離れたお兄さんじゃない?」

「娘さん、照れちゃって可愛い…!」


 囁かれる見当違いな話し声に、恥ずかしさは倍増である。

 そうこうしている内にマネキンから外されたコートを受け取り、袖を通して姿見鏡で見た目を確認した。


「お、良いねぇ」


 自分で言うより先に、大佐に言われてしまった。

 着心地も良く、思ったよりも動きやすくて生地も上等―――、少し丈が長い気もしたが、今後に期待することとする。


(値段は…、げっ!結構高い!)


 脱いだ際に確認した値札に、思わず顔を顰めた。

 出張手当は出ているが、これを買ったら皆へのお土産代が無くなってしまう。

 何より、こんな高い衝動買いは後々色々と怖すぎる。

 正直惜しいが、どうにか理由を付けて諦めようとした矢先だった。


「じゃあ、これは決まりで」


 そんな一言と共に伸びてきた手がコートを攫い、会計カウンターの上へと乗せる。

 慌ててレジを止めようとしたが、大佐はそんな彼女の行く手を阻み、更には自身の財布から高額の紙幣を素早く抜き取った。


「これは先行投資。活躍を期待してるね」


 そんな捨て台詞と共に、彼は悪魔的に微笑んだ。


(何だか、私もちょいちょい餌付けされている気がする…)


 昼食にと入ったお店で、カルディナは漠然と感じた危機感と共に現地独特の平たいパンを噛み締める。

 結局、購入したコートはそのまま着ていくこととなった。

 大佐曰く軍支給のジャケットは胸に貼られたタグを外しても見る人が見れば軍用だと分かるらしく、あまり宜しくないとキャリーケースに押し込むこととなった。


「どうした?怖い顔してるけど」


 向かい合った席の向こうで、煙草を咥えつつ大佐は訊ねた。


「あの大佐…」


「カルディナ、ここでは階級で呼ばないように…」


 直ちに注意された点に、ハッと慌てて口を押さえた。

 さり気なく当たりを見回し、視線がないかを確認した。

 国境を渡る際、スパイの尾行を警戒して国に戻るまでは【単身赴任中の父に会いに行く娘と仕事の傍ら途中まで同行する叔父】という設定の上、それに見合った名称で呼び合う決まりとしていた。


「今の所セーフだけど、気を付けてね…。で、何?」


 そうは訊かれたが今更、その魂胆を問い詰める気にはならず、何でも無いと言葉を濁した。

 取り敢えず、昼を早く食べてしまおうとカルディナが残りのパンを齧った時だった。

 通りがかった男性が擦れ違う人を避けた瞬間によろけ、二人の座る席のテーブルに接触。

 男性は軽く謝ってそのまま立ち去ったが、その刹那、大佐の足元に何か丸めた紙切れのようなものを落とした。

 彼は徐ろにそれを拾い上げ、書かれた内容を確認すると溜息混じりに目を伏せた。


「相変わらずあの方は用心深いな…」


 そんな呟きにカルディナは思わず人混みに消えた男性の姿を目で追った。

 取引先からの遣いだったらしい。


「今から三十分後に落ち合うことになった。ちょっと急ごう」


 メモを仕舞いつつ、大佐は慌てたように煙草を消し潰す。

 その様にカルディナも急ぎ、パンを口に押し込んだ。

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