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鬼ごっこ


 取り敢えずとして今の状況を説明するなら絶体絶命である。

 島から程近い洋上にて、エクスレイ少佐率いる戦闘機部隊に背後を付かれ、真上にはフォルクス率いるバンデット隊――戦闘翼肢(バトルウィング)部隊がタイミングを覗う。

 そんな両者にロックオンされ、セルシオンに乗って必死に逃げるカルディナは半泣きだった。


『ほれほれ〜、早く逃げないと捕まえちゃうよ〜!』 


 耳元のインカムより、誂うエクスレイ少佐の声が響く。

 今現在、デュアリオンの稼働試験の真っ最中である――が、カルディナ以外の士官等は完全に鬼ごっこ気分である。


『こちらベスパル!少佐!次、行きます!』


 その宣言と同時に一機が進路を変えて、立ちはだかるようにセルシオンの前を横切る。

 それに驚いて翼を撃ったセルシオンの背に、容赦無くペイント弾が御見舞された。

 今回の試験内容はデュアリオンの各種機能の確認と襲撃時退避の実践演習である。

 演習方法としては制限時間内に敵役の戦闘機部隊とバンデット隊を撒いて基地に戻ればカルディナの勝ち。逆に五発以上のペイント弾を当てられたら負けである。

 しかしながら大人の本気とは恐ろしい。

 特に軍人の本気はえげつない。

 皆、目が本気である。

 ―――というのも。


『全員、あと二発だ!バー・アディ貸し切り奢り酒が目の前まで来てるぞ!』


 そんな発言に猛者共のボルテージが更に上がる。

 只酒目当てに本気を出す、大人気無さ過ぎる士官達にカルディナは俄に剥れた。


『こちらハインブリッツ〜。カルディナ〜、頑張って振り切って〜』


 インカム越しのヴォクシスの笑い半分な応援に更に剥れる。

 これはイジメでは無かろうかと思うくらいだ。


『…カルディナ、殲滅攻撃しちゃ駄目?』


「駄目、皆死んじゃう」


 耳元に響くセルシオンの声を宥めつつ、飛び交うペイント弾を避けながら作戦を練る。

 段々とデュアリオンの身体に慣れてきたセルシオンであるが、これまでのボディよりも格段に大きな躯体を持て余している点が否めない。

 鼠より象の方が俊敏さに欠けるように身体が大きくなった分、動作に鈍さがあり、先程から急転回時にペイント弾を食らっている。

 生憎、本日は晴天。

 体勢を建て直すに雲に隠れようにも逃げ場がない。

 あるとすれば海しかない―――。


「…そうだ、セル!()()やってみよう!」


 閃いてからの行動は早かった。

 カルディナの考えを察したセルシオンは太陽へと急上昇。

 過去に音速突破の体当たりを食らっているバンデット隊は途端に蜘蛛の子を散らし、案の定、カルディナ達はくるんと身体を翻して急降下。

 そのまま海へと水柱を立ててダイブした。


「おっと?海の中に隠れたのかな?」

「時間無いぞー?」


 戦闘機部隊から送られてくる映像を見ていた陸軍本部の将校等は笑いながら様子を窺う。

 巷では既に天才と謳われる彼女の作戦に皆、興味津々である。

 次第に海面に円を描くようにポコポコと気泡が浮かび上がる。

 皆、その中心から繰り出されるであろう一撃に身構えた。

 ―――が。


「………、ん?来ない?」

「あれ?」

「えっ?シャンティス大佐?」


 泡が消え始めても来ない一撃に皆、首を傾げる。


『……あの、溺れてるとか無いよね?』


 そんなエクスレイ少佐の呟きに皆で沈黙―――。

 次の瞬間、悪い予想に不安を煽られた全士官は慌てふためいた。


『か、海軍に連絡!』

『全員、セルシオンの影探せ!』

『レーダーは!?レーダーは!?』


 途端に大混乱に陥った彼等は、上空を右往左往。

 その刹那だった。

 演習の様子を見守っていた浜辺の島民達の目の前に大きな音を立てて水柱が上がる。

 キラキラと飛沫を散らして舞い上がった巨躯は春の日差しを全身に浴びるように翼を大きく広げ、天高く舞い上がった。


『おっ先〜!』


 してやったりとばかりに声を張り上げ、彼等の背後を取ったカルディナを乗せたセルシオンは、身体を翻してゴールの飛行場へと一直線。

 島民達の歓声が轟く中、時間ギリギリで滑走路に滑り込んだ。


「ハハハッ!カルディナの方が一枚上手だったね!」


 悔しがる戦闘機部隊の隊員を前にヴォクシスは大笑い。

 気泡の輪で、さもそこから現れるであろうと見せ掛けた心理作戦に、まんまと引っ掛かった彼等にカルディナはにっこり。

 ついでに水中でもデュアリオンは問題なく稼働出来ることも分かった。


「やられたよ。見せ掛けのバブルネットで撒いて来るとはな…」


 島民特製レモネードを差し入れつつ、フォルクスは完敗だとカルディナを讃えた。

 彼の背後では、島民達と共にレモネードを配り歩く元第一皇妃キャスティナの姿があった。

 他の妃達と異なり祖国を失っている彼女は今後、亡命先のルノレトに行く予定であるが、帝国の襲撃により王城が混乱状態にある為あちらに残して来る訳にも行かず、バカンスを兼ねてフォルクス達と共に来て貰った次第である。


「この島ザトウクジラが遊びに来るから真似してみたの。水圧試験も兼ねてね」


 カルディナのそんな何気ない一言に、フォルクスは目を剥き、近くで聞いていたバンデット隊の全員も何処となく目を輝かせた。


「ここ、クジラが見れるのかっ?」


「偶にね。イルカならよく見れるよ?何だか人馴れしてて、戦闘機のエンジン音にもあんまり驚かないんだよね。またやってる〜くらいの反応というか…」


「マジか!もしかして触れるっ?」


 少年のようにやけに食いつくフォルクスに、カルディナはきょとんとしながら首を傾げた。


「…イルカ好きなの?」


「あ、いや…えっと…、アルデンシアは海のない国だったから…、海に憧れてたって言うか…。殿下にも見せて差し上げたくて…」


 我に返ったのか、恥ずかしげに答えながらフォルクスは目を泳がせる。

 そんな彼に吊られて、バンデット隊の連中も視線を反らした。

 どうやら皆さん、興味がお有りらしい―――。


「陸地出身でイルカ見たい人〜!」


 試しに大きく手を振りながら皆に呼び掛ける。

 すると、彼等のみならず王国の士官達も挙って手を挙げた。




 島の南側から程近い沖合にて総勢十数人を乗せた軍用ボートに、近海を泳いでいたイルカの群れは興味津々で近寄ってきた。

 エンジン音を鳴らしては生き物達が驚くだろうと、沖まではセルシオンに引っ張ってもらったのだが、セルシオンも初めて見るイルカ達に興味津々で、お互いに観察し合う様は可愛らしさに溢れていた。


「まあ!この可愛らしい声がイルカの声!?」


 耳を澄ませ、聞こえてくる甲高い鳴き声と潮騒にキャスティナは感激の様子。

 同行したバンデット隊や士官等もすぐ目の前を泳いでは気ままにジャンプするイルカ達に歓声を上げている。


「…こりゃ凄い。良い観光資源だ。カルディナ、良いこと思いついたね」


 ボートの欄干に手を掛けつつ、同行したヴォクシスは手頃な岩礁の上で羽を休めるセルシオンとカルディナに笑い掛けた。

 何かと事件や騒ぎ続きで落ち着かなかった彼等にとっては最高のイベントである。

 イルカウォッチングに参加しなかった士官等も島民達の計らいで畑の収穫や果樹の手入れに参加したり、島観光の自由時間となった。

 美しい海と自然豊かな島故、どちらとも良い息抜きである。


「こんなに喜んで貰えるとは、寧ろ有り難いです。島民の私達にしてみれば日常の光景なので…、ルーク王子も気晴らしになったようですね」


 そう言って彼女は、ボートの片隅で士官達と一緒になって年相応にはしゃぐ王子に目を向けた。

 ボートの手配に少し時間を貰ったので、その間に声を掛けてみた所、乗り気だったので連れて来た次第である。

 父君のコルベル王太子は未だ意識が戻らず明らかに塞ぎ込んでいる様子だったので、少しでも気晴らしになればと思ったのだが、かなり効果的だったらしい。

 すっかり元気一杯である。


「そう言えば、ルーク王子達の処遇ってどうなりました?」


「嗚呼…、(ここ)でコルベル殿の回復を待ってから王都に同行願う予定。ご乱心の王女様に関してはキャスティナ殿下が仲裁役を買って出てくれてね。アルデンシア大公家とアヴァルト王家は縁戚関係にあるから我々が表立つより穏便に済むよう取り計らってくれるみたい」


 淡々と答えつつヴォクシスは徐ろに、キャスティナの隣でイルカに喜ぶフォルクスに視線を向けて不敵に微笑んだ。


「それにまあ、フォルクス君が一緒ならね…」


 何とも意味深な言葉に、カルディナは首を傾げた。

 隣国の外交問題に対して、彼が何だというのだろうか―――。


「あれ?知らない?フォルクス君はキャスティナ殿下の従弟で、彼のお祖母様は元々アヴァルトの王族なんだよ。どちらも中々情熱的な方だったみたいでね…」


「へえっ!?」


 衝撃的な初耳話にカルディナは吃驚仰天。

 聞けば、フォルクスの母君はキャスティナの父であった大公の妹で、父方の祖母はアヴァルト現国王の姉という由緒正し過ぎる血筋であった。

 しかも、そのお祖母様はかなり情熱的な方だったらしく―――。


「当時はかなり騒がれたらしいよ?《冠を投げ捨てた王女》ってロマンス小説にもなったくらいだから」


 つまりは王位を蹴って駆け落ちしたらしい。

 何とドラマチックな御仁だろうか。


「…ちなみにその小説、何処にあります?」


 カルディナはそっと小声で訊ねた。

 その目は悪戯心に溢れている。


「多分、僕の家にもあると思う。(ティアナ)が好きでね…。王都に戻ったら探しておくね」


「お願いします」


 キラリと目を光らせながら微笑み、ちらりとフォルクスを一瞥。

 これまで襲撃やら色々とあって、現在は傭兵としてカローラス王国に寝返った彼であるが、過去の因縁が完全に払拭された訳では無い。

 特に、デビュタントに際して誂われたことは少々根に持っており、その仕返しに良い策はないかと考えていた次第。

 ―――まずは相手を知ることから。

 ケケケと悪い顔を浮かべる彼女に対し、セルシオンは主人の良くない癖だと言いたげに冷めた視線を向けていた。

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