72 2つのフォークダンス
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「ここからは、フォークダンスです。各自、自由に参加して、踊ってください」
文化部等の発表を見たあと、広い体育館内に、ゆったりめのクラシック的な曲が流れ始める。
それに続いて、ゆっくりではあるものの数組の男女が、スポットライトで照らされた体育館中央に集まり始めた。
「夜梨は誰かと踊るのか?」
「ははは、死にたいのか、と言いたいとこだけど今回は違う、なんか死ぬ気で聞いたらOKしてくれたんだ。それじゃあ」
簡潔に話して、ほくほく顔で人混みの奥に消えていく夜梨。
「いた!優。私と踊りなさいよ」
「やだよ、めんどくさい」
消えた夜梨と入れ替わりで、由乃が俺の方に来て、フォークダンスに誘ってきた。
「それにお前こういうのする派じゃないだろ」
そもそも、なんで俺なんだ。由乃ぐらいの顔なら、選びたい放題だろうに。
「別にいいじゃない、どうせあんたなんて踊る人、1人か2人しか居ないんだろうし……」
「それは、十分じゃないか?」
言ったら悪いけど、踊る人0人の人もいるんだし1人2人入れば十分だろ。
「とりあえずいいでしょ、それに私少し文化祭で食べ過ぎちゃって……」
「ああ、ふt」
「なに?」
「いえなんでも」
由乃にとっての禁句である太ったを言おうとしたら、怒り混じりな言葉と共に握った拳をこっちに向けられた。
「それじゃあいいわね、行くわよ」
「俺、踊れないけど」
「別にいいのよ、適当に揺れるだけでも」
それってカロリー消費の運動にならなくないか?と思うけど、聞いたら聞いたで殴られそうだし、これはそっと飲み込んでおこう。
「あ、そうだ。ちょっと待て由乃」
「なによ、なにか約束でもしてたの?」
「そういう訳じゃないんだけど、やりたいことが」
こういうフォークダンスをやる機会なんて、人生でそうそうないだろうし、1つだけやっておこう。
「僕と一緒に踊りませんか、お嬢さん」
由乃の前に膝を着いてひざまつき、由乃に向かって手を出してフォークダンスに誘う。
「っ……」
言葉が無駄にキザっぽいのは、こういう場面で何を言えばいいかわからなかったからという理由だ。
「しょ、しょうがないわね。やってあげるわよ」
「まあ、誘ったのはお前からだけどな」
「う、うるさい!」
軽く俺の夢を叶えてから、由乃の手を取ってフォークダンスをしている体育館中央に入った。
「それじゃあ、お願いします」
由乃の前で一礼して、手を繋ぎ周りと同じように動き始める。
にしても、顔が近いな。
「カップル多いな」
あまり迷惑にならない程度の、小さい声で由乃に話しかける。
「え?あ、そうね……」
ここ全員がカップルとは一概に言えないけれど、踊る人達の雰囲気的に、色恋的な雰囲気を感じるのは確かだ。
「ちょっと、足踏まないでよ」
足元を見ずに、由乃の顔だけ見て踊っているのもあって、簡単なステップミスで由乃の足を踏んだ。
「しょうがないだろ、やったことないんだし。逆に俺に、あのペアみたいな技術をお求めで?」
「そこまでじゃないけど……」
さっきから、フォークダンス会場の真ん中で異様なまでに上手いフォークダンスを披露する、ペアがいる。
そこに注目の目が集まってるおかけで、俺を含めたその他多数の人達は、あまり人目を気にせず踊ることができている。
「まあ、これからは足は踏まないよう頑張るよ」
「普通はあんたが引っ張るものだけど」
「それは俺にとって無理がある」
そもそもフォークダンスなんて、中学の体育でもやんなかったぞ。
「終わったな」
俺達がフォークダンスに参加した時流れていた曲が終わった。
フォークダンスは、ほんとにただ揺れてるだけで、運動以前の話だったと思う。
「じゃあ戻るか」
「そ、そうね」
「あの、由乃さん?手を……」
「あ、ごめん」
曲が終わったことだし、俺はもといた光の当たらない人混みに戻ろうとしたけれど、由乃が手を離さずそのまま固まっていた。
「で、運動になったか?」
「ま、まあそこそこ」
「そりゃようござんしたね」
「なによ、適当ね」
こう見て思うけど、意外とみんなそのまま残って踊るんだな。夜梨は、楽しそうに会話をしてるし。
「由乃は、このまま体育館に残るのか?」
「それ以外あるの?」
「いや、体育館から出ていいみたいだから」
「ほんとだ」
体育館の入口の方に目をやると、何名かの生徒が体育館からこっそりと出て言っている。
「てか、あれ勝手に出ていいの?」
「まあ、扉空いてるってことはいいんじゃね。換気かもしれないけど」
「それダメなやつじゃない?」
バレた時はバレた時だし、俺はこのまま出ていこう。
「で、由乃はどうする?」
「私は残る。怒られても面倒だし、友達のとこに行くし」
「そうか、それじゃあ。そうそう、ダンスそこそこ楽しかったぞ」
フォークダンスは、ただ揺れてるだけだったけど、未体験なことというのもあってか、悪い時間じゃなかった。
♦
廊下のそこかしこにカップルが居る、たまに1人の生徒がいるけど、カップルの割合が多い。
「優くんじゃないですか」
「おお、刈谷さん」
先生にもバレなそうなとこを探して、口内をほっつき歩いていると、ココアの缶を持った刈谷さんに会った。
「刈谷さんって意外とルール守らないよね」
「そうですかね?」
授業中に俺にセクハラしてきたり、今みたいに脱走したり、刈谷さんは意外にちょい不良なのかも。
「でも今回は、少し失礼ですけど田中さんが少ししつこくて、ここに逃げてきた感じなんですけどね」
困った感じに笑う刈谷さんは、本当は思ってること口では言わず隠してる気がする。
ていうか田中1回振られてるのにまだ来るとは、あいつ精神が結構強いな。
「なんでそんな、私にくるんでしょうか。もしかして私嫌われてるんでしょうかね」
そういう刈谷さんは、田中の本意にマジで気づいてないのか、少し悲しそうな顔だ。
なんで自分の恋愛感情にさ気づいてるのに、相手の恋愛感情に気づかないのかは、不明だけど。
「まあ、あいつにもいろいろあるんでしょ」
「田中さんで思い出したんでけど、優くん踊ってましよね、由乃さんと」
「おっと」
刈谷さんが逃げてきたのは、俺が由乃と踊ってからの話だったみたいだ。さっき断っといて、踊ってるのは変だよな。
「さっき私のこと断ったのに、酷いですね」
実際に思ったことに関して、さっきまでの悲しい顔は消え、皮肉を言うような笑顔で言葉の剣を俺に刺してきた。
「いや、あれは半強制だったから」
「でも優くん楽しそうでしたよね」
「それは……」
たしかに楽しかった。
「私はそれに関して、どうだっていいんですけどね」
良かった刈谷さんが、黒嶺さんみたいに殺すとか言い始めなくて。
「それはそうとして、改めて私と踊りませんか?」
「これから?」
「はい、どこでもいいですよ。ここでも」
「ここかぁ」
俺たちがいるこの場所は、遠くから体育館からの曲の音が聞こえるから踊れなくはないけど。
「まあ、いいよ。踊ろうか揺れるだけだけになるけど」
「別にいいですよ、踊るのが大事なんですから」
「そうですか。それじゃ、僕と踊ってください」
由乃と同じように、膝まづいて刈谷さんに手を差し伸べる。
「はい、よろこんで」
刈谷さんが笑顔で手を取って立ち上がった。ガラス窓からさす月の光を明かりにして、刈谷さんと踊ることとなった。
「なんだかロマンチックですね。こんな暗い中で、月の光で踊るなんて」
「ロマンチックと言われればそうだね」
ここら辺には誰も居ないし、完全に俺と刈谷さん2人だけの空間。見方によっては、どこかの国のお姫様と農民の恋愛に見えなくは無い。
「優くんは文化祭楽しめましたか?」
「それなりに、楽しかったけどそれと同じくらい疲れたよ」
収穫としては、優來が外に出てきてくれたっていうとこだろうか。黒嶺さんには、殺されかけたし。青空さんは、いつも通りベタベタ。
初愛佳さんは、いつも通り恐れられてたし。佐藤さんは恥じらいのない甘々。石橋さんは、薬を盛ろうとして、今回は進化して媚薬持ってきたし。
忍さんは、3日もストーカーするとかいう忍耐力えげつないし。水無口さんは、いつも通りコミュ障だけど行動が可愛らしい。
由乃は……まあ、いつも通り毒を吐くけど、なんだか今日は上の空だったかも。刈谷さんは、まだ上手く掴めないな。
「そうですか、私も楽しかったですよ。特に今とか、青春ですね」
「青春ってもうちょい、賑やかな感じたと思うけど」
今は静かに文化祭を振り返ってるだけで、変わってる点と言えば刈谷さんと踊ってるくらい。
「青春じゃないとしても、これはいい思い出になると思いますけど」
「それはそうかも、そもそもフォークダンス自体結構レア度高そうだし」
前に何かしらで調べたけど、後夜祭でフォークダンスは結構稀みたいだ。さすがにキャンプファイヤーは無かったけど。
「おい!そこ!誰かいるのか!」
「まず、刈谷さん一旦こっち」
刈谷さんと踊っていると、俺が歩いてきた体育館が側の道から、怒り混じりの生徒指導よ声が響いてきた。
先生から逃げるため、曲の途中でダンスを中断して、すぐ近くにあった教室に刈谷さんの手を引いて入る。運良く教室の鍵が空いていて、教卓の下に隠れることが出来た。
「今いたよな……」
急いで入った割には、案外怪しまれていないのか先生は気のせいかみたいな反応になっている。
「にしたってどいつもこいつも、こうも勝手に出てくかね。最低でも許可はとってけよな」
先生の言い方的に、ここに来るまで数人検挙してるっぽいな。
「ん?ドアが空いてる。誰かいるのか」
閉め忘れてたドアに気づいた先生が、教室内に入ってきて持ってるライトで教室中を照らす。
「おーい、誰かいるのかー。先生幽霊苦手だから、いるなら出てきて欲しいんだけど」
これは、先生を気遣って出るべきか、このまま隠れるか迷うな。
というか、先生そこそこいい体格の割に、幽霊苦手なんだ。
「おーい誰かいるか?」
先生の声が教卓の方へ近づいてくる。
「優くん」
「何?」
「近いですね、いろいろと」
「なんで今言うの!」
確かに教卓に2人は、完全にすしずめ状態になるから身体といい、顔といい距離が近い。て言っても、夜這いしてる時と同じような距離感だから、そこまで見慣れない訳では無いけど。
「おい!そこ、誰かいるのか」
俺らのヒソヒソ話が先生の耳にまで入ったのか、ライトをこっちに向けしっかりと方向を定めてこっちに近づいてくる。
「いるなら、早く出てこい」
ほんとに幽霊かもと思ってるのか、先生の声は少し震えている。
「ダメだ、戻ろう。一応言うけど、いるなら早く体育館に戻れよ」
先生は教卓前まできて、恐怖に負けたのか教室から出ていってくれた。
「危なかったね」
「そうですね」
「まあそれはそれとして、なんで抱きついてるの」
教卓の中は、ギリ2人体育座りで隠れられるのに刈谷さんは俺に抱きついて、さっきから話していた。
「こっちの方が窮屈じゃないですし」
「ここに来て、合理性出てくるんだ」
まあ、確かに超丸まった体育座りより、こっちの方が心の持ち方的にも楽ではある。
「とりあえず体育館戻ろうか。先生にも言われたし」
「そうですね。戻りましょうか」
「…………離れてよ」
刈谷さんが離れてくれないと、外に出れないから早く離れて欲しい。
「しょうがないですね」
「だから、なんで刈谷さんが譲歩した側なの」
教卓から出て、制服に着いたホコリをおとしてから、刈谷さんとゆっくりバレないように体育館へ戻る。
体育館に着いたタイミングでフォークダンスは終わり。それとともに、俺の学校の文化祭は幕を閉じた。




