自給自足 63
二本の釣りざおを渡されたリーナは一本を近くに岩に立てかけて、もう一本の釣りざおの手持ち部分に刺さっている針を外す。手持ち部分には布が巻かれており、移動中も針が暴れないようになっていた。
「えっと、この針を川に入れればいいんだよね?」
魔界の川では魔獣が多数生息しており、釣りをするという文化自体がなかった。そのため、知識でしか知っていないリーナはうろ覚えながらも、釣りを始めた。
「確か、あの浮きが沈んだら竿を上げる…」
リーナは浮きが沈むのをひたすら待つことにした。
日が沈み始め、海の家で食べた料理もすっかり胃から無くなったころに、リーナの元にアムリテは帰ってきた。
「どう?何引き釣れた?」
「ごめん!一匹も釣れてないの!」
リーナはアムリテに頭を下げて謝罪する。初めての釣りだから、逃げられたのではなく浮きが沈むこと自体がなかった。
アムリテは手に持った山菜を近くに置くと、リーナの横まで歩いてきた。
「リーナ、一回竿を上げてみて」
リーナはアムリテの指示に従い、浮きの沈んでいない竿を上げた。そこにはやはり、魚はいなかった。
「やっぱり。あんた、エサが外れてるじゃない。それじゃ、釣れる方が不思議よ」
「……あ!エサ!」
リーナの大きな声にアムリテは肩をびくりと震わせた。そして、リーナの反応からあることを察した。
「…まさかとは思うけどエサは外れたんじゃなくて、そもそも付けてなかったの?」
「あはは…。初めての釣りで…。浮きが沈んだら、上げるって言うのは知ってたんだけどね」
「一匹二匹釣れてたらいいなって程度だったから、そこまで期待してたわけじゃないけど…」
アムリテは岩に立てかけていたもう一本の竿を手にする。もう日が沈みかけているのに、これから始めるつもりだ。
「リーナ、エサにはこれを使って」
そう言ってアムリテがポケットから取り出したのは、大量のミミズだ。その光景にリーナは引いてしまった。
「よく、そんなに取れたね…」
「釣りのエサにはこれが一番なのよ。針を通すときに殺さないようにね」
アムリテは慣れた手つきで針にミミズを通して、川に竿を投げ込む。すると、リーナが待てど暮らせど沈まなかった浮きがすぐに沈んだ。
「ほい!」
アムリテは慌てる様子もなく、竿を上げるとその先には食べ応えのあるサイズの魚がついていた。
「すごい!入れた瞬間に釣れるなんて!」
「慣れてるってのもあるけど、時間がないから魔法である程度流れを作ってるの。今晩のご飯をさっさと釣っちゃいましょ!」
リーナもアムリテが付けていたように針にミミズを通して竿を投げ込む。すると、先ほどと同じく、浮きはすぐに沈んだ。
「ふん!」
リーナは力いっぱいに竿を振り上げる。そして、魚がついているであろう先を見ると、そこには何も付いていなかった。
「あれ、確かに沈んだのに…」
「沈んでから、ちょっと待った方がいいわよ。魚がかかったら竿ごと、ぐぐん!って感じに引っ張られるから。あと、力を入れ過ぎよ」
リーナはもう一度、ミミズに針を通して川に投げる。今度は少ししてから、浮きが沈んだ。
「焦らない。引っ張られる感覚があるからね」
はやる気持ちを抑えリーナは竿に神経を集中させる。幾たびかの細かな振動の後に、強烈な引きが手に伝わる。
「今!」
アムリテの声とほぼ同時にリーナは竿を振り上げる。すると、先ほどはなかった重みがあり、その重みが自分の後ろ飛んで行くのが分かった。
その重みの正体に近づき、糸を手繰り寄せるとそこには魚がかかっていた。
「やった!やったよ!」
「おめでとう!いいサイズだし、じゃんじゃん釣り上げるわよ!」
二人はその後も魚を釣り上げ、計六匹の釣果になった時点で釣りをやめた。
二人は川で山菜を洗い、釣り場所から少し離れたところにある焚火ができる場所まで移動した。アムリテは魚に串を刺して、焚火で魚を焼き始めた。
「釣りをしたことがないってことは、こんな食べ方もしたことないんじゃないの?」
「うん。子供の頃は、魚なんて滅多に食べなかったし、食べる時も煮ているのがほとんどだった」
「ふーん。珍しい家もあるのね。ま、あたしも人の事言えないかもだけど」
そんな話をしているうちに魚の表面に焼き目が付き、食べごろを教えてくれる。
「はい。串も熱いから、注意しなさいよ」
「ありがとう」
リーナはアムリテから、魚の刺さった串を受け取り風を吹きかけて温度を冷ます。
「あ、お腹の部分は食べちゃだめよ。食べるのは背中の部分」
「どうして?」
「内臓を抜いてないからよ。別に毒って訳じゃないけど、苦いわよ」
リーナはアムリテの忠告通り、魚の背中にかぶりついた。その身は思っていたよりも断然柔らかく、口の中でほどける。皮に塩が振られているのか、魚の旨みがよく引き締まっていた。
「おいしい!こんな簡単に作れるのに、今まで食べた魚の中で一番かも!」
「そりゃあ、新鮮だしあたしが焼いたからね。でも、リーナ自身が釣ったって言うのが一番のおいしさの秘密よ」
リーナはこれまでメイドであるゼペット、あるいはほかの誰かが作った物しか食べてこなかった。もちろん、食材を自分で調達することも無かった。
これが、人生初の自分で獲った食材という認識を持つと、なおさらおいしく感じられた。
「アムリテ、ありがとね!」
「な、急に何よ」
「アムリテが付いてきてくれなかったら私、きっとこの味は知らなかったと思うから!」
アムリテは顔を赤らめて、自分の魚を口にする。そ光景も嬉しくなり、リーナは自分たちで獲った魚と山菜を完食した。




