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第10話『プロ野球ゲームを作ろう』




「あなた、ここの仕事の面接、受けてみなさいよ」

「わかったわかった、今度受けとくよ!」

 まだ言いたげな母親の声を遮り、男は扉をピシャリと閉めて、自室に引きこもる。

 椅子に座って一息、苛立ちを抑え込んだ。

「仕事仕事、うるせえな……くそ」

 ネガティブ・パーソンズ1とエンドに呼ばれていた男は、自身の状況を鑑みて疲れた息だけがこぼれる。



 パーソンズ1は二十七歳の男性である。

 学校では小中高大と夢も何もなく、大した努力もせず、ただゲームをやって適当に生きて来た。

 そのゲームもゲーマーに自慢できるほど得意というほどでもない。あくまで趣味程度である。



 就活中も特に喋る事もない、そんな何もない人生を面接で思い知らされる。

 そもそも何のために働くのかがわからない。

「いやわかってるよ、生きるためだってのは」

 今は親に食べさせてもらっているが、それだっていつまで金が持つかわからない。

 だから働かなければならない、というのは男はわかっている。

「生きる為だけに、働くか……」

 それだけの理由で働かせてくれる仕事など、そうそうない事も男は分かっている。

 それだけの理由で頑張って働けるほど、自分に気力が湧くはずもないという事も男は分かっていた。



 だらけて居るとコンピューターから音声が鳴った。

 見ればメールが届いていた。

「うえ、来たか」

 そしてメールにはゲームソフトが付属していた。



 男はあるプログラマーから、ゲームのテストプレイヤーとして雇われていた。

 対価として与えられるのは、ゲームが完成して販売された場合の売り上げの1%。

 将来と金について悩んでいた男性は、怪しみながらも契約した。


 だが今は後悔していた。

 ゲームは不愉快にさせる物が続き、男はげんなりしていた。

 さらに他のテストプレイヤーからメールで、給与が貰えるかどうか怪しいとの意見も出ている。

 付き合っても時間の無駄だろうと言葉を貰った。


 男は止めるべきだとは理解している。

 だが止めた所で、現実に出来る事はゲームぐらいであり、テストプレイをしている時と何ら変わりないのが男の日常だった。

 さらに言えば、お金が貰えないというのも確実ではない。もしかしたら金銭を受け取れる可能性はいまだにゼロではないのだ。

 そして何より、男は何もなく終わる事を恐れていた。

「今までだって、全部中途半端で終わってたんだ。これぐらいやり遂げたいな」

 明らかに不味いと思ったら、契約を解除しようと男は決めていた。



「野球ゲームねえ」

 付随している説明には『野球選手を育て、プロ野球選手にし、球団を優勝に導くのが目的』だと書かれている。

 これは、前回のホラーゲームがあまりにも説明不足だったので、これからは内容を記述するようにと皆で訴えたからである。

 説明だけ見れば、今までのような不穏な物はなさそうであると男は考える。

「まあ、やらなきゃわからないんだけどな」


 男はベッドに横になり、アグリゲーションを被り、ゲームを起動した。






 三日後。八度目の集会がエンドの作った仮想空間で行われた。今までと違い、育成シミュレーション要素もあるので日を置いたのである。

 雲が浮かぶ青空。そこに浮く床と丸机の空間。

 その机を囲むように立つ、容姿不明の人間の影たち。

 ネガティブ・パーソンズ達と、この空間の主であるエンドがその丸机の周りに立っていた。


「皆さん、おひさしぶりです! さて、今回のゲームはどうでしたか?」

 エンドは毎回のごとく、自信満々に言った。


 しかし押し黙るネガティブ・パーソンズ達。

 周りに自分が喋っていいかと目配せし、パーソンズ1が一歩前に出た。

「うん、まあ色々と言いたい事があるが、最初に言いたいのが」


「これ野球ゲーというより、運ゲーだわ。いやゲーム性がないから、普通につまらん」




 今回のゲーム内容は育成を中心に据えていた。

 赤ん坊が生まれた時からスタートである。

 赤子がまだ小さい間はどうでも良い、日をスキップして行くだけで進む。

 リセットするたびに、ハイハイやタッチ、言葉を話すタイミングがランダムであるという妙なリアリティもあるが、それも問題ではない。

 だが会話が出来るようになってくる三歳ぐらいになると、問題が出てくる。


「お母さん、僕サッカー選手になりたい」→『ゲームオーバー』

「お父さん、僕パイロットになりたい」→『ゲームオーバー』

「おじいちゃん、僕絵描きになりたい」→『ゲームオーバー』

「おばあちゃん、僕ケーキ屋さんになりたい」→『ゲームオーバー』

「僕、野球の審判になりたい」→『ゲームオーバー』


 『野球選手』になる以外の夢への発言は即ゲームオーバー。

 そのためにどうにかして野球選手への興味を上げて行かなければならない。そのため野球のトレーニングの様な事、かけっこ等を子供にさせる。

 しかしあまり強く勧めると反抗し、やっぱりゲームオーバーになる。

 このゲームオーバーはプロ野球選手になるまで、毎日ランダムで起こる可能性がある。


 こうしてゲームオーバーを避けて、子供を成長させていくと小学校で子供スポーツクラブに入れる。というか入らないとゲームオーバー。セーブロードを繰り返せば、乗り越えられる。

 ここからプロ野球選手になるまで一敗たりともしてはいけない、負けるとゲームオーバー。

 毎日のトレーニングでのステータスの伸びはランダム。プレイヤーがトレーニング内容を決められるが、伸びがランダムなので期待できない。だがセーブロードを繰り返せば強い選手に育てられる。

 相手選手も、仲間選手も一試合ごとにステータスはランダム。チームメイトが絶対に強いという甘えもないが、極端に強かったりもするし相手が極端に弱かったりもする。そのためセーブロードを繰り返せばいつか勝てる。


 さらにケガや病気が発生して試合に出られない可能性もある。これで負けてもゲームオーバー。

 一応セーブとロードを毎日繰り返す事で、何度もやり直せるのでイベントが起きないのを待てる。


 高校に入れば甲子園を目指す。

 甲子園で優勝して、球団にドラフトで選ばれる事でプロになれる。

 海外を目指したり、大学から野球でプロを目指したり、プロテストでプロを目指す事は出来ない。

 それはそれでわかりやすくていいのだが、練習試合すら一敗たりとも許されない。

 プロになっても一敗たりとも許されない。


 そしてここまで野球選手以外の夢を持った瞬間にゲームオーバーになるのは継続される。



 ステータスもそうだが、イベントが起こるかどうかがほぼランダムなので、セーブ&ロードゲームとなる。

 そしてこのゲームは毎月とか毎週単位ではなく、毎日である。


 一日でクリアできるゲームではなく、とにかく長い。そして全てが圧倒的に運で左右されるゲーム。

 そしてセーブロードさえ繰り返せば、いつかは勝てる。




「いや、ロード繰り返せばいつかはクリアできるだろうが、完全に運ゲーなのはどうかと思うぞ。ロードが早いのは良いんだが……」

 初日は二時間ほどプレイして、面倒くさくなったパーソンズ1は淡々と答えた。

 今までの精神的に来るゲームではなく、ひたすらの作業ゲーム。プレイできるのは漠然とした行為のみで、野球の試合そのものは観戦に徹する。早送りで試合を一瞬で終わらせることも可能。

 介入できるのが、ほとんどセーブロードであり、それさえ繰り返せばステータスにより確率が上下するものの、いつか勝利できる。

 

 一応は別のゲームで良い乱数が引けるまで、ロードし直した事があるパーソンズ1はこの内容に強い不愉快を感じたのではなかった。

 ただ面倒なだけだった。



「人は偶然にも幸運を引けるのに、幸福を得るのでは?」

 ギャンブルというものがあり、それに嵌る人間がいるのを知ったエンドは、今回はそれを全面的に押し出してみたのである。

 本当に面倒くさそうな顔で、パーソンズ1は答える。

「そりゃあ、レアアイテムが取れたり良いステータスが引けたら嬉しいが、それ以外の要素があるからこそだろ。ほぼ99%が運に左右するゲームとか、テンポが悪いだけだろ」

「野球を体験できる部分もありますよ?」


 オプションで主人公の視野を自分の視野として見る事が出来る。しかしプレイできるわけではない。

 そして何より現実的な野球は凄く時間がかかる。そのため試合はパーソンズ達は早送りで一瞬で見ていた。


「ただの野球体験ゲームだろ。あと、いきなりゲームオーバーをやめろ」



 パーソンズ1は歯切れが悪かった。というより今回は皆、答えが面倒だった。

 突然のゲームオーバーや、ランダム要素の多さ。しかしロードを繰り返せばいつかはクリアできる内容。

 いつぞやのレースゲームよりは体験できる程度の野球要素。

 ほとんど試合結果だけを見る、眺めているだけの展開。


 地味に面倒、地味につまらない、地味にクソゲー。


 今までのゲームは悪い部分がはっきりしていたが、今回はどうにもインパクトが薄かった。不愉快なゲームが続いていたので、この程度なら不愉快だと思えない耐性がプレイヤー達についてしまっていたのであった。



「あと一つ、聞きたいんだけどぉ」

 パーソンズ5が手を挙げて、質問する。

「主人公は何者なの?」


 赤子には両親が別にいた。第三の視点で赤子の成長を見続ける。

 野球中はプレイヤーが操作するが、それ以外は外側から見守る。


「主人公はあくまでプレイヤーです。実体のある存在ではありません、概念の様なものです」

「つまり第四の壁の向こう側? 妖精とか、神様みたいなもの?」

 エンドは少し止まった後に、頷く。

「そういうゲームは確かに普通にあったわねぇ。あれ? 今までとのゲームとの繋がりは?」

「主人公はストーカーに捕まった後に、概念となりました」

「……死んだのね」

 パーソンズ5も歯に物が挟まったような口調になる。普通につまらなかったので、逆に意見がし辛かった。




 しかしテストプレイヤーとして、その役目は果たさないとならないと、全員意見を渋々と言う。


 パーソンズ1の意見。

「俺はあまり言う事ないけど、赤子から始まる理由がわからん、そのうえ回避不能のゲームオーバーは止めろ。負けた所でゲームオーバーもおかしい、なんでそんな完璧主義なんだ? せめて小学生から、いや甲子園がメインの一つなら中学生から始めさせろ。初期値ぐらいは決めさせろ。ステータスの伸びにはランダムでもいいから鍛錬に合わせた最低値はつけろ。甲子園も三年間あるから、その全てに負けたらゲームオーバーにしろ。ケガや病気は再起不能のものは止めろ。プロに入ってから優勝を目指すのも八年ぐらい期間を設けろ。ともかく負け=ゲームオーバーは不愉快だ」


 パーソンズ2の意見。

「そこまでスポーツに興味があるわけではないので簡単に言うが、俺としてはポジションが確定していないのは別に構わない、しかしピッチャー以外だとピッチャーの能力が低いだけで負けが確定するのが気にくわない。ステータスには平均値をつけ、そこから外れ過ぎないようにするべきだ。あるいは難易度を設け、簡単なら敵の能力は低め、難しいなら高めという要素が欲しい。出来れば主人公以外のランダム要素は止め、味方のステータスは固定にし、さらに相手も弱小・強豪に分けて、足が速いチームや、ピッチャーが強いチームなど特色を設けるべき。特に完全ランダムなせいで、甲子園に出てから、決勝戦の相手が弱いとかなり気分が萎える。プロもランダム性を止め、キャラクターに能力による個性をつけるべき」


 パーソンズ3の意見。

「私は野球とかやらないからよくわからないけれど、せめて主人公の球種や展開、監督になってどう動くかの作戦を決めるぐらいは出来た方が良いと思う。ただランダム要素を眺めるだけだとつまらない。体験できなくてもいいから、選手をコントロールできる方が絶対に面白い。それと試合をスキップして一瞬で終わらせるぐらいなら、練習試合はなくして必要な試合だけプレイさせてくれればいい。プロになっても50回もやらずに、十回だけプレイしてそれで全部勝てたら優勝とか、時間がかかるなら省いたほうがいいよ?」


 パーソンズ4の意見。

「私も野球なんて小学生の頃にやったぐらいだからね、息子もバスケ部だから関わり合いが無いからいう事は少ないんだけど……。私がプレイヤーとしてバットを振るった方が絶対に楽しいし、やっぱりVRゲームの醍醐味は素人でもスポーツが出来る事だと思うのよ。だからいっそ試合を減らして、選手として体験させてくれた方がいいんじゃない? もちろんただのプレイヤーが練習している人にリアルで勝てるわけないから、適当にバットを振っても適当に投げても行けるような、もしくは先にどんな行動をコマンド式に決めて、それを体験できるとか、ああ、それはさっきの子が言ったか。ともかく体験できるなら、選択もさせてほしいわ」


 パーソンズ5の意見。

「そうねぇ、私から言えるのはスポーツには得意不得意があって、相手の得意を潰して自分の得意を活かし、相手の不得意を突いて自分の不得意を隠す事が大切だと思うのよ。あとランダム性を増やしてギャンブル的にしてるけど、ゲームだとマイナス要素になりやすいのよ。お金や物を賭けると、当たった時の快感やそれに至るまでの興奮とかあるけど、ゲームだと別に賭けてるわけでもないし、むしろ現実的な数値をどこまで争うかという方が楽しいのよ。もちろんランダム性で自分に運が向いたり、不運でピンチになってそれを何とかするのも楽しいけどぉ。あと私はギャンブルなんてしないわよ、本当よ?」


 パーソンズ6の意見。

「僕が言いたい事は皆が言ってるから言うことないな。まあ皆が言うようにゲーム性が無いのが最大の問題だね。眺めるだけなんて、ただただ不愉快だった。野球ゲームなら、VRでプレイした方が良いかな? だったらプロ野球か甲子園かどっちか片方で良くない。コマンド選択式なVRでやる必要性もないし、半端なゲームより一点特化の方が良いよ。ゲームってのはね、どこを試されているか、どこで競うかがわからないとダメなんだよ。格闘ゲームなら、キャラ同士の距離や次の攻撃に対する行動、それらを事前に把握し反応速度で戦う、いうなれば何をどうすればいいかを即座に決める勝負だね。逆にキャラがよくわからないとつまらないんだよね。ターン性なら時間をかけてもいいから次の行動を予測し、最善と思える行動を選択する。あるいは、その状況を作り出せるまでいかに育てるか。チェスとかに例えるとわかるかな? 手持ちの駒で相手の駒に勝つにはどう動かせばいいのか、それを考えるのが楽しいんだよ。もしくは想像力で、ストーリーを自身で体験して別の自分に思いをはせるという楽しみ方もあるけど、僕にはちょっとわからないかな」


 パーソンズ7の意見。

「ゲーム性が無い。何がしたいのかわからん。こんなゲーム作って本当に恥ずかしくないのか? ヤル気あるのか、ああ? 親でもないのに赤ん坊を眺めて何が楽しい。よくわからないランダムに振り回されて何が楽しい。野球をするしないとかを決めさせて、何が楽しい。試合をスキップして何が楽しい。セーブしてロードで能力が変わって何が楽しい。セーブしてロードで、弱い敵に勝って何が楽しい。負けたらゲームオーバーをロードでひたすら回避して何が楽しい。それで目的を果たして何が楽しい。お前はこれを面白いと本当に思っているのか?」




「なんか皆さん、たくさん言ってますね……」

 全員がやる気のない顔で多弁なため、エンドが引いた。

 今回のゲームだけでなく、皆エンドに対してため込んでいた物があり、それを吐き出していた。




 ダイブ時間が過ぎて、全員が現実に戻る時間が来た。

(今回のゲームは時間を無駄にするゲームだったな。まあ俺の時間はいつも時間の無駄だが)

 パーソンズ1はゲームに対して、考えていた。

(何がつまらないって、目的のための努力が無駄なんだよな。結局ゲームオーバーになるのもランダムで、勝利するのもランダム。やっぱり面白いゲームは具体的な目的とそれに向かう具体的な努力だよな)

 それに思い至り、パーソンズ1は自身を顧みる。

(具体的な目的と、それに対する具体的な努力。それがあれば俺も人生楽しくなるんだろうな。ああ、俺もセーブ&ロードしてえ)

 肩を落としながら、パーソンズ1は意識を取り戻していった。




 パーソンズ6は考えていた。

 ゲームではなく、ある言葉が引っかかっていた。


”主人公はあくまでプレイヤーです。実体のある存在ではありません、概念の様なものです”

”つまり第四の壁の向こう側? 妖精とか、神様みたいなもの?”


(実体の存在でない? ん? なんだろ、何かひっかかる?)

 パーソンズ6は何が引っかかったのかわからず、ただいつもの病室で意識を戻していく。







 今回のゲーム『野球ゲーム(β)』。

 例の会社が出した無料ゲームに、今度はどんなものかと多数のプレイヤーが挑戦。

 そしてそのゲーム性の無さ、つまらなさに唖然とする。

 「せっかくのVRなんだから、野球をプレイさせろよ!」という意見が続出。汚い罵詈雑言がレビューに並んだ。


 レビュー評価は圧倒的なマイナス評価。とにかく面倒、とにかく不快だと意見多し。








「反省会だ」




「人間は自分で操作したい、これはレースゲームの時も理解していた」



「だが人間の反応速度では、コンピューターの速度に勝てるはずがない」



「さて、どうする?」


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