どこ行きましょう、お嬢様
駐車場は地下にあった。明蘭の向かう先に、艶やかな白色のボテッとしたセダンが一台鎮座していた。
それの黒い窓にタツの姿が映る。
「うける」
彼は己の格好を見て苦笑いした。
二十五にもなる成人男性が、何にもない日の真っ昼間から燕尾のスーツでお出掛け……。もういっそ、今から帰ってくるまで自分のことを他人だと思うことにした。
「ねぇ、開けてよ」
「あぁ、悪い」
リモートキーに反応して、ハザードランプが点滅する。だが明蘭は立ったままだ。
「乗らないのかよ」
「乗りたいからドアを開けてよ」
「何っ」
ここで彼は理解した、色々と。
苦い顔をして渋々助手席側を開けた。閉めた後、ため息を尽きながら自分も乗り込む。
白い革張りのシートに座りカギを回すと、V型八気筒エンジンの力強くも優しいサウンドがタツを包んだ。
「で、どこ行きてぇんだ」
「執事はそんな言い方しないよ」
「何だと、俺はあんたの子守なんか……」
強く言い返そうとしたタツだが、明蘭の捨てられた子猫のような表情に思わず言葉を詰まらせた。
彼の脳裏に師匠と李が浮かぶ。
「……クソッ、揃って俺をこけにしやがって」
明蘭に聞こえない大きさでボヤきながらアクセルを踏んだ。
景色は地下から街の中へ。
心なしか、広い道路も狭く感じる。
「えーと、どこへ向かいましょうかねぇ。明蘭さん」
「違う、メイの事はお嬢様って呼んで」
木と革張りのハンドルを握るタツの手が震える。
「わかりました、お・じょ・う・さ・ま」
彼が少し手を離すと、艶やかな木製部分がうっすらと凹んでいた。
静まり返る車内。結局目的地も無いまま窓の景色は流れていく。
早く解放されたい。とタツは願うばかりだ。