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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第1章 ローザラント王国編
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9.迷いの結界

 ドン!

 という、叩き付けられるような衝撃は、予想よりも随分早かった。

 というより、宙を舞ったと思った次の瞬間には、筏は水面に着地していた。

 冷たい水しぶきが降り注ぎ、筏が激しく揺れる。けれど、間もなくそれらは収まり、私は恐る恐る顔を上げた。

「……助かった?」

 呟きながら周囲を見回すと、私の背の高さほどの滝が後方にあって、轟々と音を立てながら流れ落ちている。

 どうやら、私たちが落ちてきた滝は、思っていたほど高さがなかったみたいだ。

「よかった……」

 マーナは半分泣きそうになりながら、尻尾を振っているパトリックに抱きついている。

 滝から落ちた筏が浮かんでいるのは、広い湖のようになった場所だった。

 湖の周囲は鬱蒼とした森に囲まれていて、岸のすぐ近くまで木々が迫っている。湖の部分だけ木々に遮られずに届いている陽の光で、水面がキラキラと黄金色に輝いていてとても綺麗だ。

 と、フレイユが湖面に掌を当てると、小さく何かを呟いた。すると、ほんの一瞬だけ、筏の周囲の水面が青白い光を放った。

「何をしたの?」

 訊ねると、フレイユはニッコリと笑った。

「水の精霊に頼んで、この筏をあちらの岸へ寄せてくれるように祈ったのです」

 その言葉通り、筏はゆっくりとだけれど、筏に乗った時とは対岸に当たる岸辺へと近づいていく。

「あの、……じゃあ、筏が川に流され始めた時に、岸辺に寄せて止めることもできたんじゃ……」

 マーナが恨みがましい視線をフレイユに送る。

「いいえ。川の流れのような大きな力に逆らうほどの祈りの力は、今の私にはありません。ここは流れがほとんどないからこそ、できるのですよ」

「でも、このまま海まで流れていくっていう選択肢もありますけど」

「この先、さっきよりも高い滝や、筏で下るには危険な渓流がないとも限りません。ここが、岸に上がる最後のチャンスかもしれないんですよ」

 どうしてもククロの森に入りたくないらしいマーナと、森に入りたいフレイユの攻防が目の前で繰り広げられる。

「でも、森の中の方が危険だと思いますよ。第一、森の奥へ続く方の岸へ上がろうとするなんて、おかしいでしょう?」

「マーナ」

 フレイユの顔から表情が消えていき、瞳に冷たい光が浮かぶのを見て、私はさすがにこれはまずいと割って入った。

「ここまで来たら、もう仕方ないじゃない。ね? どうしても魔物に遭遇するのが嫌だって言うんなら、この岸辺で待っていて。私達だけで魔物を倒して、安全になってから迎えに来るから」

「そんなの、できる訳ないじゃない」

 スッパリと出来ないなんて言われて、さすがに私もムッとした。

「やってみなきゃ分からないよ。それに、最悪私たちが戻らなければ、マーナだけでもこの筏に乗って海まで出ればいいんだから」

「なんですって?」

 マーナは声を上げると、いきなり私の胸ぐらを掴んだ。

「うげっ、何……」

「あんたね、私があんたをククロの森に行かせておいて、自分だけ待ってるなんてできる訳ないじゃない」

 ゴン!

 という衝撃で、私たちは二人とももつれるように筏の上に倒れ込んだ。どうやら、筏が岸に着いたらしい。

「いたた……。大丈夫? マー……」

「クロスさんに頼まれたの。あんたを頼むって。だから、私があんただけ森へ行かせるなんて有り得ないの!」

 折角起き上がりかけたのに、再び胸元を掴まれて引き寄せられる。

 これまでに見たこともないほど強い意志が、マーナの茶色い瞳に宿っていた。

 そこでようやく私はマーナの言葉の意味を理解した。

 マーナが出来ないと言ったのは、私が魔物を倒して戻って来られないという意味じゃなく、自分一人だけ安全なところで待っていることなど出来ないという意味だったことを。

「分かった。ごめんね」

 そう言う、とマーナはそのまま私の首に腕を回して抱きしめた。


 ククロの森の岸辺に上がった私達は、筏の係留用の蔦を近くの木にしっかりと結び付けた。

 もし、どうしても森を出られない時の為の、最後の脱出手段になる筏だ。何かの拍子に流されてしまうことのないよう、厳重に係留する。

 それが終わると、マーナは筏の上でも濡れないように大切に抱えていた鞄を開き、中から包みを取り出した。

「はい、これ」

 渡された包みを開くと、中には薄く切ったパンの間に野菜や卵焼き、焼いた肉などを挟んだサンドウィッチがギッシリと入っていた。

 そのあまりの衝撃と幸福感に、私は一瞬、魂を飛ばした。

「……マーナ、これって」

 フレイユにも私のより少し小振りの包みを渡したマーナは、ほんの少し拗ねたように頬を膨らませた。

「本当は、ククロの森の手前であなた達に追いついて、一緒にどこかでピクニックでもして家に帰ろうと思って用意してきたのよ。あ、急いで作ったから手抜きだけど、勘弁してね」

 手抜きなんてとんでもない。パンにはちゃんとバターが塗ってあるし、中に挟んでいる具はちゃんと彩りが計算されている。

「本当にごめんね、私の我儘で巻き込んじゃって」

 包みを抱えて座ったまま、俯いてぽつりと謝ると、マーナは水筒を差し出してきた。

「今更、何を言っているの。さ、日が暮れるまえに森を出られるように、さっさと食べて出発しましょう」

 その笑顔に救われるような気持ちがして、私はサンドウィッチに勢いよく齧り付いた。


 その岸辺は、ククロの森の中心部に程近い場所なのだと思う。

 街道からはかなり離れた場所であることは間違いないし、森の中は日の光が繁る枝葉に遮られて薄暗い。

 おまけに、歩いていると薄らと霧が出てきた。しかも、何か異様な雰囲気に包まれていて、何だかこっちの感覚までおかしくなりそうだ。

「あれ? さっき、この木見たような……」

 私は一本の木の幹を撫でた。

 ちょうど私の腰の辺りで奇妙に捻じれた枝を持つその特徴的な木の傍を、しばらく前に通った記憶がある。

「まさか、私達、同じところをグルグル回ってる?」

 マーナが顔色を青くして立ち止まった。どうやら私だけじゃなく、他の二人も同じことを考えていたみたいだ。

 パトリックが困ったように、悲しげに鼻を鳴らした。

「どうやら、この一帯には結界が張られているようですね」

 フレイユの宝石のように赤い瞳が、霧の向こうを見透かすように強い光を放った。

「侵入者を惑わし、迷わせて、森の深部へ近づかせないようにする力を感じます」

「そんな。じゃあ、私達、このまま死ぬまで迷い続けるってこと?」

 悲鳴のようなマーナの声に、フレイユも苦い表情になる。

「その結界って、魔物が張ったの? だったら、魔物を倒したらこの結界も解けるってことじゃない?」

 私は努めて明るくそう言ったけれど、フレイユは首を横に振った。

「この結界は、一魔物風情が張れるようなレベルのものではありません。恐らく……」

 そう言いかけて、フレイユは言葉を噤んだ。

「恐らく、何?」

 続きを促そうとしたけれど、フレイユは黙って首を横に振った。

「何か知っていることがあるのなら、教えて」

 フレイユは、何か知っていて、私たちに隠していることがある。それが例え神獣族に関することで、私達人間に知られたくないことだとしても、今は私達だって命が掛かっているんだ。

 その時、少し離れた場所にある茂みがザワザワと揺れ始めた。

 マーナの傍にいたパトリックが、身構えて牙を剥きだし、低く唸り始める。

 ハッと息を飲んだマーナが、鞄から細身の杖を取り出した。青い魔石の付いた魔法使い用の杖だ。

「みんな、気を付けて」

 マーナの声が終わるか終らないかのうちに、黒い塊が茂みから私達目がけて飛びかかってきた。


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