72.忘れ物を届けに
「あの子も大概、可哀想な子なんだぜ。この近くの漁村から出てきた子なんだが、双子らしくてな。その村では双子は十五歳を過ぎると、片方が別の土地に出て行く決まりなんだとさ。あの年で、ナーシャは占いをして自分で僅かな金を稼いで暮らしている」
「随分と詳しいのね」
マーナが少し笑いを含んだ声でそう言うと、サイファは皮肉めいた笑みを口元に浮かべた。
「そりゃ、俺だって綺麗な子には興味があるさ」
「さっき、ナーシャが言ってた海賊上がりっていうのは?」
「このニケアの警備隊は、代表者が雇った私兵の集団だ。俺は昔、海賊をやってたことがある。他にもそういう奴は多い。だから、そう言われるのは慣れている」
そう言いながらも、サイファは少し悲しそうな表情を垣間見せた。
けれど、すぐに元の不敵な笑みを浮かべた表情に戻ると、遠くから聞こえてくる足音に手を振る。すると、サイファと同じような格好をした男達が数人、走ってきた。
「やっぱりあんたの言う通りだったな、サイファ。港で喧嘩なんかなかったってよ」
「だろうな。こっちへ俺らを近づけたくないハリスのでっちあげだ」
駆け付けた男達にそう言うと、サイファは私達の方を振り返った。
「こいつらは俺達が引き受ける。あんたらは何の関わりもない。もし、ハリスに後で何だかんだ因縁をつけられたとしても、関係ないって堂々としていればいい」
「あ、はい。ありがとうございます」
本当は、往来で喧嘩をした罪で逮捕されても仕方がないところを、サイファは見逃してくれると言ってくれた。
「礼を言われるようなことじゃない。本当なら、俺がやる仕事だった」
そう言ってニッと笑うと、サイファは早く行け、と手振りで示した。
「じゃあ、失礼します」
そう言って立ち去ろうとした私達だったけれど、十歩ほど歩いたところでサイファに呼び止められた。
「おい、ちょっとすまんが」
「はい? 何でしょう」
「これを、ナーシャに届けてくれないか? この一つ向こうの通りの『海の幸』って店で、あの子は夜も働いているんだが」
目を瞬かせる私の掌に、サイファは掌に丁度乗るくらいの布に包まれたものを乗せた。大きさの割に、けっこうずっしりと重い。
「自分の商売道具を忘れていっても気付かないなんて、よほど腹が立ったんだろうな」
そう苦笑しつつ、サイファは私達の返事も待たずに仲間達の所へ戻って行ってしまった。
「そりゃあさ、別にこれからどこかで夕食をとるつもりだったから、別にいいんだけど」
私達は、あれからサイファに言われた通り、『海の幸』という食堂の前に立っていた。
名前通り、ここは近くの漁村で採れた新鮮な魚介類を使った料理が自慢の食堂らしい。ニケアの観光パンフレットにも、そう紹介されていた。
確かに、サイファに頼まれなくても、私達はこの店を選んでいたかも知れない。でも、有無を言わさず用事を押し付けられたのが、なんだか癪に障るんだよね。
店内に入ると、「っらっしゃい!」と威勢のいい声が飛んでくる。
丁度、奥から顔を覗かせた店員が、私達を出迎えようとして、あっ、と声を上げた。
「あなた達は、さっきの……」
「あ、どうも」
それは、さっきまで一つ向こうの通りにいたはずのナーシャだった。
さっきまで着ていた袖の長い占い師らしい格好から着替えて、今は動きやすそうな下町女性の服装にエプロンという服装になっている。
「先程はどうもありがとうございました。助けていただいたのに、お礼も言わずに行ってしまって、申し訳ありません」
「ううん、そんなの気にしなくていいよ。あ、これ。あのサイファって人に頼まれて届けに来たんだ」
私が布に包まれたものを渡すと、ナーシャの顔色がサッと変わった。
「……これ、私、忘れてました?」
「そうみたいだね。商売道具を忘れていくなんて、よっぽど怒ってたんだなってあの人も言ってたよ」
そう言うと、ナーシャは今にも泣き出しそうな、情けない表情になった。
「頭に血が上って、こんな大切なものを忘れていることに気付かないなんて」
落ち込んだ様子のナーシャは、すぐにハッと顔を上げて笑顔を作った。
「今晩はお礼にご馳走します。どうぞ、こちらに座ってください」
そう言うと、近くの四人掛けの席を勧めてくれた。
「えっ、いいよ。勿論、ここで夕食はとるけど、奢るなんてそんなことしなくていいからね」
さっき、サイファからナーシャが苦労していることを聞いたばかりだ。そんな人に、平気で奢られるほど私達は図太くない。
「えっ、でも、それじゃあ私の気持ちが……」
「その気持ちだけでいいのよ。あなたは被害者なんだから、そんなに気に病むようなことはないわ」
「そうですよ。お気になさらず」
マーナもフレイユも笑顔でナーシャを宥め、ようやく彼女は引き下がった。
けれど、やっぱり私達のことが気に掛かるのか、それからも注文の時にはお薦めのメニューやお得メニューを教えてくれたり、料理や飲み物を運んでくるのは全て彼女だったり、ととても丁寧に接客してくれた。
店内は満席とまではいかなくてもそこそこの客入りで、これがサレドニアの港の封鎖も解けて本格的に交易が復活したら、もっと繁盛するんだろうな、と思わせる雰囲気だった。
料理は、新鮮な魚の姿焼きだったり、大振りな二枚貝のバター焼きだったり、魚介のエキスがたっぷり染み込んだパエリアだったりと、どれもすごく美味しくて大満足だった。
私達はパエリアと白身魚のフライをお持ち帰り用に注文した。勿論、宿屋で呑気に待っているオークルの分だ。
私達が食事を終えると、ナーシャは一度店の奥に入り、それからエプロンを取ってこちらに駆け寄ってきた。
「あの、こちらで少しお話させてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
二人掛けの長椅子に一人で座っていたマーナが奥に詰めると、ナーシャはそこに腰掛けた。
「今、店長の許可を貰って仕事を抜けさせて貰いました」
「大変ね。昼間は路地で占い師、夜はこの店で給仕の仕事だなんて」
マーナが労わるように言うと、ナーシャは首を左右に振った。
「もう慣れました。それに、私はこの店の二階に下宿させて貰っているんです。だから、この仕事は家賃を納める替わりみたいなものなんですよ。それに、賄い付きですからね」
「へえ、いいなぁ。こんなに美味しいものが毎日食べらるなんて」
「でしょう? だから、私の身の上を知って同情してくれる人は多いんですけど、結構いいこともあるんですよ」
そう言って微笑むナーシャは健気で、おまけに儚い系の美人なものだから、女の私でも思わず胸がキュンとしてしまう。
こりゃあ、ハリス坊ちゃんやサイファが惚れてしまうはずだ。
「あの、もし良かったら、私の話を聞いてくれますか? 勿論、お急ぎならそう断っていただいて結構です」
「それは、大丈夫だよ。ねえ?」
まだお持ち帰り用に注文した品が出来ていないし、まだ外はようやく薄暗くなってきたくらいだ。心配なのはオークルの腹具合だけだけど、宿に残ると決めたのはあいつの勝手なんだから、ちょっとぐらい我慢すればいいんだ。
マーナもフレイユも頷いたのを確認して、ナーシャはホッと安堵の溜息を吐いた。
「実は、私はこの港の隣にある、トスカナっていう小さな漁村の出身なんです。私には、ラーラという双子の妹がいるのですが……」
話の入り方からして、どうやらこの話は長くなりそうだった。




