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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
53/89

53.エルドーラ城にて

 ここから、再びマーナ視点でのお話になります。

「具合のほうはどうですか?」

「あ、はい。もう随分良くなりました。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 ようやく熱が下がり、ベッドから出られたのは、倒れてから五日後。このエルドーラ城の一室に運び込まれた二日後のことだった。

 あの日、骸骨兵士の瘴気に当てられて高熱を発し、気を失ってしまった私は、何と畏れ多くもエルドーラ宰相モルガナ様と、その従者サテラの乗る馬車に乗せられ、全速力でエルドーラへと運ばれた。

 途中の街で医師に診てもらい、薬の処方を受け、二人に手厚く看病されながら、僅か三日でエルドーラ城へと到着した。

 その後、モルガナ様の差配で城の一室に寝かされ、侍女達の手厚い看護のお蔭で、ようやく今日、城の医師からベッドを離れてもいいというお墨付きをいただくことができた。

 でも、私自身は、これまでは意識が朦朧としていて、たまに目を覚ましては、すみませんすみません、とモルガナ様たちにお断りの言葉を口にするぐらいしかできなかった。

 私がこれまでの詳しい経緯を把握できたのも、今、ベッドの上で大きな欠伸をしている猫、いいえ、神獣族のオークルが教えてくれたからだった。

「あの宰相はな、従者が途中の街でお前をどこかの宿に残していこうと何度提案しても、頑として首を縦に振らなかった。感謝するんだな」

 そう言われていたから、私はモルガナ様に頭が上がらない。いえ、元々頭を上げちゃいけない身分差があるのだけれど。

 でも、モルガナ様は身分を鼻に掛けることもなく、異国人の平民でしかない私に、命の恩人だと感謝してくださっている。

「迷惑だなんて、とんでもない。あなたがいなければ、私達はいずれあの魔物に追いつかれ、命を奪われていたでしょう。しかも、あなたは私達を救った代償として、あのような高熱に苦しめられることになってしまった。申し訳ないのはこちらのほうよ」

 そう言って、微笑しながら私の手を取るモルガナ様。

 ああ、素敵。

 モルガナ様は決して美人って訳じゃないけれど、穏やかで知的で、それでいて凛々しい。

 もし、モルガナ様が男性だったら、恋しちゃったかも知れない。

 背はあまり高くなくて、きっと私よりも少し高いくらい。その身体に合わせてあつらえた白い官服には、エルドーラ王国の国鳥、鷹が刺繍されている。

 その鷹の意匠を使用できるのは、王族の他は、宰相だけなんだとか。

 私も憧れたなぁ。仕事の出来る女性っていうのに。

 現実は、半月でローザラントの宮廷魔法使いを辞めちゃった私だけど。

 ああ、ダメダメ。思い出すと何だか気分が落ち込んでしまう。こんな華やかで現実離れした素敵な空間で、過去の嫌なことを思い出して滅入るなんて馬鹿みたいだわ。

 そんな心の内が、自然と顔に表れてしまったのか、モルガナ様は気づかわしげな表情になった。

「本当はもっとゆっくりもてなしたいところだけれど、今は色々立て込んでいて、なかなか時間が取れないの。ここにいる侍女達にも申し付けてはいるけれど、何か不足があったらサテラに伝えて頂戴ね」

「そんな、不足なんて……」

 慌てて否定する私の背後から、不遜な声が飛んできた。

「回復したんなら、こんなところさっさと出て行こうぜ」

 その声に、私はぎょっとして振り向いた。

 ……オークル、あんた、モルガナ様の前で何てことを!

 そして、ハッと気付く。

 そうだった。オークルの声は、私以外の人間には猫の鳴き声にしか聞こえないんだった。

「本当に可愛い猫ね」

 モルガナ様にそう褒められたけれど、さっきの失礼極まりない言葉が頭にきていた私は、生暖かい視線をオークルに送った。

「え~、そうでしょうかぁ~」

「なんだよ」

 オークルは察しがいいから、私の機嫌を損ねたことを悟ってくれたことだろう。

「でも、あの猫は、あなたが眠っている間、ずっと傍から離れなかったわ。この城へ運び込んだ時も、屋内に入れないよう女官に預からせておいたのに、いつの間にかこの部屋に入ってきて、あなたの枕元で丸くなっていたのだから」

「えっ、そうだったんですか。すみません。すぐにオークルを連れて出ていきます」

「ああ、勘違いしないで。その猫のように敏い動物なら、他者に迷惑さえかけなければ、城内にいてもらって構わないわ」

 モルガナ様にそう言ってもらえて、私はホッと胸を撫で下ろした。

 それにしても、オークルが私の傍にずっとついていてくれたなんて、ちょっと感動しちゃうじゃない。

 そう思いながら再びオークルを振り返ると、

「別に、言葉が通じる協力者と離れる訳にはいかなかったからな」

と可愛げのないことを言ってきたから、腹が立った私は、モルガナ様が帰られた後、撫でるふりをしてオークルの毛を摘まんでちょっと強めに引っ張ってやった。


 エルドーラは、ロンバルディア大陸の西にある大国だ。

 けれど、大国とはいっても、サブリアナ大陸との貿易港を持っていないからか、北の大国サレドニアや東のリムルラントとは違い、独特の文化が形成されている。

 けれど、同じく貿易港を持たないローザラントのように、長閑な田舎の国というわけでもない。

 常に、国境を接する北東の大国サレドニアに国土を脅かされてきたエルドーラは、富国強兵を合言葉にその脅威に立ち向かってきた。

 現国王エドガーはまだ十五歳という若さで即位し、その直後にサレドニアの侵攻を受け、国境地帯の肥沃な大地を奪われてしまった。その失態を挽回すべく、懸命にただひたすら真面目に政務に取り組み、今では臣下や国民に慕われる立派な王になっているという。

 その王の人柄が、この国全体に投影されているんだろうな、と思うほど、エルドーラの人々は真面目で誠実、そして働き者が多い。

 そして、エドガー王の御代を一番近くで支えているのが、宰相モルガナ様なのだった。

 モルガナ様は、勿論異国人である私に仕事の話なんかしない。でも、忙しい理由なら聞かなくても分かる。

 今、エルドーラは長年の宿敵であるサレドニアへ攻め込もうとしている。宰相であるモルガナ様のお仕事も、通常より随分増えていることだろう。

「お前、いつまでこの国にいるつもりだ?」

 オークルにそう言われたのは、数日間寝込んでいたため衰えていた足腰のリハビリを兼ねて、城内を散歩していた時だった。

 過去、サレドニアに侵攻されて戦火に晒されたこともあるというエルドーラの王城は、非常時には城塞の役割も果たすため、高い城壁に囲まれていて階段が多い。

 息を切らしながら階段を上る私の横を、オークルはまるで体重がないもののようにひらりひらりと飛んでいく。まるで、必死な私をあざ笑うかのように。

「いつまでって、言われても……」

 確かに、私にはエルドーラ王国にいる理由がない。

 もっと言えば、この国にいればいるほど、目的から遠ざかっていることになる。

 もし、仮にミラク達がまだロンバルディア大陸のどこかにいて、港の封鎖が解けるのを待っているとしたら、今ならまだこの大陸にいるうちに追いつけるかも知れない。

 でも、ミラク達はサレドニア王国かリムルラント国のどちらかにいるとしても、ここエルドーラ王国にいる可能性はない。だって、この国にはサブリアナ大陸に渡る客船はないのだから。

 ここで無駄に時間を浪費している間に、港の封鎖が解ければ、ミラク達はサブリアナ大陸に渡ってしまう。

「俺は、すぐにでもここから離れたい」

「……でしょうね。早く、フレイユたちを探さなきゃ」

「それもあるが、……臭うんだよ」

 階段の頂上に立ってこちらを見下ろしたオークルが、顔を顰めた。

「臭う?」

 思わず辺りの空気を嗅いでみるけど、特段何の臭いもしない。

 強いて言えば、エルドーラ特有のスパイシーな香辛料の香りがどこからか漂ってくるぐらいだった。

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