52.一難去って……
目が覚めると、豪華な天蓋付きのベッドに寝かされていた。
マリエルの豪邸で使っていた客間も凄かったけど、ここにはもっと重厚で歴史を感じさせるような造りの調度品が並んでいる。
起き上ろうとすると、女官たちがにこやかに、けれど絶対に許さないといった空気を発しながら、私をベッドへ押さえつけた。
「医師の許可が出るまでは、決して無理をさせぬようにと陛下からのご命令でございます」
「別に、無理なんてするつもりはないよ。ただ、フレイユはどこかなぁって」
「お会いになりたいのでしたら、呼んでまいります。ですから、どうぞこのまま横になっていてください」
はあ。まあ、呼んできてくれるのなら、言う通りにしていようかな。
と、頭に手をやれば、包帯がグルグル巻かれている。その手を顔の前に持ってくると、両腕も包帯でグルグル巻きにされている。
そんな大げさな。
掛布団を捲って寝間着を捲り上げると、胸からお腹にも包帯が巻かれている。
おいおい、私はどこぞの埋葬された王族か。
更にその下を確認しようとしていると、女官たちが飛びかかるようにやってきて動きを阻止された。
「ですから、無理をしないでくださいと申しておりますでしょう!」
無理って……。つまり、動くなってこと?
お腹が空いてたまらないと訴えたら、まるで病人食みたいなお粥が出てきた。
文句なんて言えないので、仕方なく食べる。でも、全然物足りない。
「お替りしていい?」
三回ほどそれを繰り返したところで、フレイユがやっと来てくれた。
「元気そうで何よりです」
ニコニコ笑いながら近づいてくるフレイユは、庭師の格好をしていた時と同じように頭を布で覆っていた。
でも、顔の泥汚れは落としているし、顔全体が露わになっているけど大丈夫? 女官の皆さんが顔を赤くして溜息なんか吐いているけど。
「フレイユこそ大丈夫? 怪我は?」
「もうほとんど治っていますよ。それより、私はまた、ミラクに無茶をさせてしまいました。すみません」
ベッドの傍らに膝を着いたフレイユは、私の手を取ると、自分の手で包み込むように握る。
「そんなこと、気にしないでいいって。それより、あの後どうなったの?」
ビリジアンを倒した後、すぐに気を失った私は、今何がどうなっているのか全く分かっていない。
フレイユは後ろを振り向くと、女官たちに向き直った。
「すみませんが、ミラクと二人にさせてくれませんか」
そう言われた女官たちが全員部屋から出ていったのを確認すると、フレイユは近くにあった椅子を持ってきてベッドの傍に置き、それに腰を下ろした。
「カルロス王はご無事です。ただ、エリーザ王女はまだ危険な状態を脱してはいません」
私たちがまだベッドの陰に隠れていた時、何かが倒れるような音がした。あれは、エリーザ王女がカルロス王に近づこうとするミリアブルを阻止しようとしたものの、逆にふり払われて殴られ、床に倒れ込んだ音だったらしい。
カルロス王も『隠密』たちも瘴気を吸い込んだものの、比較的短時間で部屋を脱出したため、フレイユが封邪の剣に触れさせて瘴気を払い、完全に回復している。
けれど、噴き出した瘴気を一番間近で吸い込んだエリーザ王女は、ミリアブルに化けた魔族ビリジアンに長い間術をかけられて操られていたダメージが蓄積しているせいもあるのか、意識を失ったまま今も目覚めない。
そして、カルロス王に説明を求められたフレイユは、自分が神獣族であることを伏せた上で、ミリアブルが魔族ビリジアンであったこと、自分たちはその魔族を倒すために王宮へ来たと説明したんだそうだ。
因みに、フレイユは、自分は魔法使いだということにしているらしい。
「なるほどね……」
ビリジアンが、カルロス王や『隠密』達の前で正体を現した以上、魔族の存在を伏せることはできない。
それに、人間は知っておくべきなんだ。自分たちが、魔族による侵略の脅威に晒されているという事実を。
「じゃあ、リムルラントに戻ったら、マリエルさんにもソルバーンが魔族だったって言わないとね」
「そうですね。でも、あの人は頭のいい人間ですから、何かしら察していたと思いますよ。でなければ、何の縁もない異国人の私たちをヒルメス殿下の護衛として雇ったり、サレドニアへ行かせたりはしなかったでしょう」
「ええっ、そうなの?」
そう言えば、ソルバーンを倒した後、港で姿を目撃されていた私たちに対するマリエルの追及が、心配していたより緩かったな、と思ったんだった。あれは、そういうことだったんだ。
「そういうことなら、もっと謝礼を弾んでもらわないとね。例えば、サブリアナ大陸のマリエル商会系列の店で、何かしらサービスしてもらえるとか」
「そうですね。ヒルメス殿下もリムルラントから戻ってくるそうですし、きっとその時にはマリエルも一緒について来るでしょうから、請求してみてはどうですか?」
フレイユはそう言ってクスッと笑った。
「それから、一足先に、『翡翠亭』からジュリア王女が王宮へ戻ってきました。ミラクに会いたがっていましたが、先にカルロス王に捕まってしまったようです」
「え? 捕まったって……?」
「それが、カルロス王は、ジュリア王女が魔物に襲われて亡くなったと思い込んでいたようですね」
「何で……?」
首を傾げながら、私は記憶を呼び起こす。
そう言えば、ジュリア王女が魔物に襲われたと説明した辺りで、カルロス王が突然叫んで起き上がったんで、話が途中になったままだったような……。
「カルロス王は泣いて喜んだものの、襲われた経緯を知って激怒したそうです」
「だろうね」
だって、護衛一人つけただけで王宮の外へ出るなんて、例え命を狙われている状況じゃなくったって、不用心にもほどがある。
「じゃあ、ジュリア王女はここへは来ないんだね」
私は、ホッと胸を撫で下ろした。
あの王女の不思議な雰囲気と強引な行動に振り回されるのは、本当に疲れる。元気な時ならまだ辛抱できるけど、今はまだ勘弁してほしい。
「ですが、気になることがいくつかあります」
「どんなこと?」
フレイユが真剣な表情になったので、私も思わず姿勢を正した。
「まず、ビリジアンが言った、ガザークスという名です。因縁に決着をつける、と言っていましたが、それもどういう意味なのかハッキリしたことは分かりません」
「そうだね。その因縁の決着の為に、この国を乗っ取ろうとしていたって言ってたし。気になるね」
「ええ。それに、私は当初、王宮にいる魔族は真魔族だと思っていました」
「そう言えば、前にそんなことを言ってたよね?」
「はい。ですが、ビリジアンは元蛇族でした。ということは、あの旅人が言っていた王都近くに現れたという骸骨兵士は、一体誰の命令でエルドーラの宰相を襲ったのでしょうか」
「ビリジアンじゃないの?」
単純にそう思った私に、フレイユは首を横に振った。
「通常、魔物は自分と同族の魔族に従います。ましてや、骸骨兵士が仕える真魔族は、元蛇族より地底での地位が高いのです。ビリジアンが骸骨兵士を従わせることができていたとは思えません」
「そういうもんなんだ……」
魔族ビリジアンを倒し、ようやくサレドニア王国に平和が戻ったと安堵したばかりなのに、何だか嫌な予感が払拭できない。
そして、これはその嫌な予感の正体なんだろうか。
突然、バーン、とドアが開き、ジュリア王女が部屋に飛び込んできた。
「聞いたか? ついにエルドーラ軍が、我が国に向けて進軍を開始したそうじゃ!!」
何てこったい……。




