43.真魔族の脅威
今回から、ミラク視点のお話に戻ります。
サレドニアの王都アレスポにある宿屋『翡翠庵』に逗留すること数日。
エリーザ王女の命令で、ヒルメス殿下一派の摘発にやっきになっている近衛騎士団の目をかいくぐりながら、私たちは王都を巡って情報を集めていた。
けれど、王都を歩き回ったところで、分かるのは庶民の不安や不満だけ。王宮の中のことまでは分からない。精々、噂話を耳にするぐらいだ。
『翡翠庵』の女主人アルマさんも、ヒルメス殿下の協力者で追われる身となった騎士達も、不安と怒りがない交ぜになったような顔をしている。
「空気が重い」
肩なんて凝ったことないのに、なんだか重いものが伸し掛かっているような暗い気持ちになる。
「まあ、そう言わないでください。彼らは、ずっとこの状況で苦しんでいるのですから」
フレイユはそう言いながら、アルマさんに淹れてもらったお茶を啜っている。
アルマさんは、ヒルメス殿下に協力している平民出身騎士の姉で、弟は別の場所に潜伏して王宮の情報収集に当たっているそうだ。でも、やっぱり王宮の外からでは、大したことは分からないんだって。
一体、私たちは何をしにサレドニアまでやってきたんだろう。こうしている間にも、リムルラントでは港の封鎖が解かれているかも知れないのに。
でも、一度協力するとヒルメス殿下に約束した以上、何の情報も掴めないままリムルラントへ戻るわけにはいかない。
それに、もしリムルラントの商人ソルバーンのように、サレドニア王宮にも魔族が誰かに成り変わってこの事態を操っているのだとしたら、放っておくわけにはいかない。
きっと、フレイユもそう思っているんだろう。先に進みたい気持ちはフレイユの方が強いはずなのに、何一つ不満も愚痴も言わない。
「いやあ、驚いたよ」
最近、めっきり減ったという一般の宿泊客が額の汗を手拭いで拭いながら、宿泊手続きをしている。応対しているアルマさんに何やら興奮気味に語っているのが、受付カウンターの後ろにあるアルマさんの部屋にまで聞こえてきた。
「やっぱり、サブリアナ大陸から魔物が入ってきているんだね。王都の少し南の街道で、出たんだってさ」
「へ~えぇ。魔物がですかぁ?」
営業用の口調なのか、アルマさんはおっとりとした愛想のいい口調で応じている。
「そう。何でも、鎧を着た骸骨が、口から毒を吐きながら凄い速さで走ってきたんだと。旅の魔法使いが偶然居合わせて見事に退治したらしいんだが、魔物の毒にやられてしまったんだとか」
……旅の魔法使い?
私は、寛いでいたアルマさんの部屋から飛び出し、受付カウンターから身を乗り出した。
「あのっ、その魔法使いって、ひょっとして背の高い黒髪の……」
びっくりして仰け反った旅人だったけれど、私の必死の形相を見て目を瞬かせ、思い出すように顎に手を当てた。
「さあ。どんな人だったかは聞いていないな。でも、女性の魔法使いだったらしいね」
「女性……」
クロスじゃなかったのか……。
がっくりと肩を落とす私に、旅人は不思議そうに首を捻る。
「すみません。この子は私の遠縁になる子で、行方不明になった育ての親を探しているんです」
アルマさんがここでの設定を説明すると、旅人は気づかわしげな表情になった。
「そうかい。こんなに可愛い子を残していなくなるなんて。早く見つかるといいな」
……可愛い子?
これまでの経験上、この言葉をどう受け止めたらいいのかな。ちゃんと女の子として褒めてくれていると判断していいのかな。
はっきりしないうちは喜ばない方がいい、と私は受け止めることにした。
そんな心の葛藤が顔に出ていたのか、旅人は何か訝しげに首を傾げながら、アルマさんから部屋の鍵を受け取っていた。
アルマさんの部屋に戻ると、お茶を飲んでいたフレイユの表情が厳しくなっていた。
「骸骨兵士が出たんですか」
呟いた声は小さくて、丸テーブルを挟んで反対側にいる私でさえ、身を乗り出さないと聞こえないくらいだった。
「そうみたいだね。初めて聞いた、骸骨兵士なんて」
「サブリアナ大陸でも珍しい魔物ですね。ロンバルディア大陸には、主にガードンなど魔獣王配下が潜入していましたから、この大陸で遭遇するのは獣系の魔物がほとんどだったのですが」
「でも、クロスを襲ってた魔族もソルバーンも、ガードンとはちょっと違う感じだったよ」
ソルバーンも、どちらかと言えば、トカゲの王様に近い感じだった。
「ミラクから聞いた話から推測すると、クロス殿を襲った魔族もソルバーンも、元神蛇族だったのではないでしょうか」
「元神蛇族? 神蛇族って?」
「神龍族から派生した神族です。神龍族ほど身体は大きくはありませんが、頭脳派で、変化術に優れているようですね」
「変化術って、別の者に変身することだよね? ソルバーンが人間に成りすましていたのも、その変化術を使ったってこと?」
「おそらく、そうだと思います」
頷いたフレイユは、美しい形の眉をひそめた。
「ですが、骸骨兵士は真魔族の眷属のはずです。真魔族まで、ロンバルディア大陸に渡ってきているというのは、ただ単に神獣族の秘宝目当てではないような気がします」
「え、なんで?」
首を傾げる私に、クロスは少し熱のこもった声で答えた。
「魔獣王ブロンザスは、元神獣族の王子です。彼は、本来なら自分が受け継ぐべき宝珠を手に入れようとやっきになっています。ですが、元神獣族以外の魔族にとって、宝珠がそれほど重要なものだとは思われません」
「でも、ソルバーンは明らかに宝珠を狙っていたよ? それに、宝珠が目的じゃない魔族や魔物がいるとして、その本当の目的って……?」
そう言いかけて、私は背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
私が何を察したのか分かっているのか、フレイユは小さく頷いた。
「……以前、私たちが神獣族の里から旅に出る前のことです。サブリアナ大陸の中央にあるファビリア帝国で、乱心した皇帝が恐怖政治を行い、数多の国民が犠牲になったという話を聞きました。その皇帝の正体が、魔族だったというのです」
私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「幸い、早期に正体を暴かれ、退治されたようですが。けれど、それと同じようなことが、ここサレドニアで起ころうとしているのではないでしょうか」
「真魔族って、どんな奴なの?」
もし戦うことになるのなら、少しでもどんな奴なのか知っておきたい。
この間なんて、いきなりソルバーンの腕が伸びたのには驚かされたもん。
「神族の中でも最も人間に近い容姿をした、全てにおいて能力の高い者たちです。所謂『神族』というのは、主に彼らのことを指します。その神族が二つに割れて戦い、神獣族や神龍族、神蛇族などが巻き込まれていったのが神族大戦なのです。そして、地底を統べる、所謂『魔王』と呼ばれる存在も、元神族である真魔族なのです」
「え、ちょっと待って。それって、とんでもなく強いってことだよね?」
大丈夫かなぁ。いくら封邪の剣があるからっていっても、そんな強い魔族相手に勝てるんだろうか。
「そうですね。けれど、やはり神族にしても魔族にしても、その一族だから強い弱いとは一概には言えないですね。有牙種と耳長種のように、得手不得手もありますし」
なるほど。じゃあ、戦ってみないと分からないってことか。
……何だろう。不安だからとはちょっと違う。初めて魔物に遭遇した時と同じような感じだ。胸がドキドキして、居ても立っても居られないような感覚。
まさか、私、魔族と戦うのを楽しみだと思っている……?




