終章
「あの強化装甲の戦士ですが、その正体が男爵と言われているのは本当なのでしょうか!」
「だからぁ、違うって言っているだろ! 俺の《アルゴ=アバス》が大破したのはあんたらにも公開したはずだぜ」
「しかし、あの時、謎の戦士の手には男爵愛用の神槍があったとの目撃情報もあります!」
「あれはどさくさ紛れに勝手に俺の槍を使いやがったんだ! まったく、腹が立つぜ!」
多くの記者たちに囲まれながら、渦中の人物となったマークルフは答えた。
世界を震撼させた“機神”の暴走は、黄金の鎧を纏った謎の戦士によって倒されることで終わった。
人々は突如として出現し、世界を救った謎の戦士が誰なのかについて噂しあった。
その正体としてまず挙げられたのが、マークルフ=ユールヴィング男爵だった。
“機神”を倒した伝説の英雄を祖父に持ち、古代の強化鎧《アルゴ=アバス》を受け継ぐ彼以外に“機神”に対抗できる者はいないと思われたからだ。
実際、その鎧を纏って“機神”と交戦した姿が目撃され、後に出現した謎の戦士の鎧も《アルゴ=アバス》と同じ姿であることが判明しているのだ。
しかし、当の男爵はそれを否定した。
《アルゴ=アバス》は戦いで大破したことを伝え、破壊された古代鎧を自ら傭兵ギルドの記者たちに公開したのだ。
しかし、それでも男爵説は消えなかった。
他に該当する者がいないこともあるが、人々は肌で感じていた。
家宝の鎧を破壊されてもなお、傭兵達の間での威光は衰えず、彼自身も消えない噂を糧にさらなる覇気を放っているようであった。
そんな人物が否定したところで、人々は納得できないものだ。
男爵もそんな噂が人々の活気となることを楽しんでいるかのようであり、連日の取材攻勢を表向きには煙たがりつつも、拒否することは一切なかったのだ。
“機神”暴走によって被害を受けた王都の再建について、王宮では紛糾が絶えなかった。
多くの住人たちが避難先から戻らず、都市としての機能は麻痺状態に近かった。活動停止したとはいえ、“機神”が残されている王都に戻りたいとは誰も思わなかったからだ。
現在は王都を別に移す案が決まり、遷都の計画や財源の確保などが進んでいる。
財源についてはフィルディング一族が援助を申し出ていた。
今回の事件に関わっていたと噂される彼らの力を借りることは、さすがに反発が大きかったが、急な遷都の計画を進めるには彼らの富や人脈が不可欠なのも事実であった。
国王ナルダーク三世は反フィルディング派の不満を受けながらも、援助の申し出を最終的に受け入れた。国の再建のためにはやむを得ない決断だったが、フィルディング一族に連なる王妃の存在もあり、今後も難しい舵取りを求められることになった。
一方のフィルディング側も今回の事件でヒュールフォン=フィルディングが犠牲になったことを公表した。
噂される“機神”の暴走との関係は否定し、混乱のなかで自分たちを陥れるようとする事実無根の風評と強調した。同時に今回の事件で被災した者たちへの救済活動にも取り組んだ。
それによって自分たちへの追及をかわす狙いがあったが、ただ、これだけは彼らの思惑通りに事は運ばなかった。
「マークルフ=ユールヴィングの首級、このカートラッズがもらうぞ!」
「やってみやがれ、ゴルゴン卿――もとい、アルゴス卿!」
マークルフと因縁の相手カートラッズの戦いは二十日間に渡って続いていた。原因はとある避難区域における救済基準を巡っての対立だった。
救済活動を行うフィルディング派は救済基準を厳密なものにする予定だった。そうしなければ膨大な数が対象となり、フィルディング派にとってもその負担は大きくなるからだ。
だが、そうなれば基準から外れる者も多くなり、彼らの不満は暴動にまで発展することになった。
国王はマークルフ=ユールヴィング男爵にその解決を命じた。現在の王国のなかでは、最も民衆の支持を集めているからだ。
しかし、それでも不満は消えることはない。そうなると現れるのが、マークルフに並々ならぬ敵愾心を持つ傭兵隊長カートラッズだった。
「今日こそ決着をつけてくれる!」
カートラッズは幾つにも分けて束ねた長い髪を振り乱しながら大見得を切った。髪の束のそれぞれには水晶の甲殻が飾りとして巻き付いていた。それは先の“機神”の暴走の際、その一部と戦って手に入れた戦利品であり(本人談)、それが無数の眼に見えることからその異名も伝説の百眼巨人にちなんだものに変えたのだ。
「賛成だ! てめえのしつこさにはうんざりしていたところだ! まったく、“機神”の方が可愛く見えるぜ!」
マークルフも《戦乙女の槍》を構えながら不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、まるで“機神”と戦ったことがあるような口ぶりではないか!」
カートラッズが思わせぶりにほくそ笑む。
「言葉の綾だ! ありもしない詮索なんぞ悪趣味だぜ。まあ、てめえには似合いの趣味だが、それもここで終わらせてやる!」
マークルフは苦い表情をするが、すぐに気を取り直して、穂先を相手に向けた。
カートラッズとその部下の傭兵たちはさらなる救済を求める暴動者たちの尖兵として雇われていた。しかも、現在のカートラッズは反体制派側の脚光を集める活躍をしていた。マークルフら体制側の裏をかいて救助物資などの奪取を行うなど、その読みは神がかり的とまで言われ、“機神”が眼力を授けて宿敵ユールヴィング家に復讐しているとの逸話まで生まれていた(単に警備情報が横流しされているとの噂もあったが)。
「さあ、てめえのツキも今日限りだぜ!」
だが今回、カートラッズらの動きはマークルフに把握されており、男爵麾下の傭兵部隊《オニキス=ブラッド》の待ち伏せに遭っていたのだ。
「フハハッ! 甘いな! 俺の目には貴様が尻尾を巻いて逃げる姿が見えているぞ!」
カートラッズは強気の態度を崩さず、手下の傭兵たちに抗戦の指示を出した。
「いくぞ! てめえらッ!」
マークルフも先頭に立って部下に迎撃の命令を下した。
体制側と反体制側、双方を代理とする傭兵戦いの火蓋が切って落とされた――かに見えたが、そこに予想外の乱入者が現れた。
「で、出たぞ! “エンシアの亡霊“だ!」
「まずい、 こっちに来るぞ(棒読み)」
「やっと来――いや、こんなの誰が予想できるか、逃げろ!」
“エンシアの亡霊”――それは最近になって出没するようになった、全身に酷い損傷を受けた鉄機兵の異名だ。
巨人は各地に現れては暴れ回り、やがていつの間にか消えていく神出鬼没の行動を繰り返し、その姿と相まって“亡霊”の名が付けられた。特に傭兵たちの戦いの場に現れることが多く、彼らの戦いに少なからぬ影響を与えていた(一部でエンシア王家に仕える伝説の鉄機兵との関係が噂されたが、伝説に造詣の深い大公バルネスによって関連性を否定されている)。
どこからともなく現れた巨人は両腕を上げて威嚇の構えを取ると、片足を踏みしめる。
地面が揺れ、周囲に亀裂が走った。
その大地を揺るがす脅威には歴戦の傭兵たちもさすがに敵立ち向かう者はおらず、双方とも総崩れになる。
「仕方ない! 撤退するぞ!」
奇しくもアルゴス卿の予言通り、マークルフは部隊を撤退させた。人的被害を出さないための速やかな決断だったが、この後、鉄機兵は姿を消し、食料庫などはカートラッズ側に落ちることになったのだった。
「なに、部隊を撤退するというのか!?」
「撤退とはあまり聞こえが良くないな。契約完了のために引き上げると言ったのだ」
カートラッズは雇い主である反体制派の貴族に告げた。
彼は国の補償が自分の領地の被害に比べて少ないことを不満に持ち、同じ不満を持つ者を集め、今回の暴動という形で抗議行動を起こしたのだ。
「分かっているのか! あの《オニキス=ブラッド》もまだ態勢を立て直していない! いまが押し切る絶好の好機なのだぞ!」
「救援物資などは調達できただろう。そちらで抱える難民たちに支給するぐらいは稼げたはずだ。失礼する」
「ま、待ってくれ! 追加の報酬なら出す! それなら文句はないだろう!」
貴族も必死だった。ここでどれだけ食い込めるかが、今後の大きな交渉材料になるのだ。
「あ、あのすみません!」
話に割って入ったのはメモを手にした眼鏡の少女だった。
「何だ、小娘! 邪魔だ、消え――」
少しおどおどした少女を突き飛ばそうとした貴族の腕を、カートラッズは手で掴んだ。
「申し訳ないが、契約期間は俺一人で勝手に決められることではない。それに取材の約束もいれてあるのでな。これにてお暇をいただく」
カートラッズの号令により、勝ち戦だった傭兵たちはあっさりと帰り支度を始めた。彼らにとっては傭兵隊長の言葉こそが従うべき絶対の命令なのだ。
「アルゴス卿! 今回もユールヴィング男爵を出し抜きましたが――」
「ユルピンクでいいぞ、小娘。それが気に入ったから、俺はおまえを専属に選んでやったのだ」
「は、はい! それで、今後は――」
カートラッズの特集記事が人気を集め、その功績によって正式に記者となった少女。
彼女は悠々と歩き去る傭兵隊長に付き従いながら、さらに質問を続けるのだった。
手持ちの戦力を欠き、傭兵部隊に頼りきった反体制派もまた、撤退を余儀なくされた。
傭兵たちに振り回され、膠着状態(ぐだぐたとも言う)の騒乱は、やがて、フィルディング派が新たな救済措置を申し出たことで、何もかもがうやむやのままに終息した。フィルディング派にとっては、この騒乱状態が長引くことで自分たちが被る損失の方が深刻だと判断したらしい。
“聖域”の権力を一身に集めるフィルディング一族にとって最大の誤算――それは“機神”の暴走によって自ら、天敵を育ててしまったことであった。
それはユールヴィングだけではなかった。
この動乱で住む場所を失い、多くの者が“傭兵”を生業に選んだのだ。
権力を裏で動かしてきたフィルディング一族の支配も、次第に数を増していく彼らを前に少しずつだが綻びが見えようとしていたのだった。
やがて月日が経ち、人々も生活も一応の落ち着きを取り戻し始めていた。
忘れられない災厄からの復興のなか、忘れられつつあるものもあった。
しかし、辺境のユールヴィング男爵領にある街の片隅で、その小さな女の子は忘れることなく、今日もその帰りを待ち続けていた。
「あら、フィーちゃん、今日もそこで待ってるのかな?」
男爵の居城に続く道を見渡す丘にいたフィーに、最近になって顔見知りになった女性が声をかけた。
彼女はマリエルという名の、美人のお姉さんだった。
「うん、もうすぐかえってくるって、だんしゃくがいってたの」
フィーは答えた。
「そうみたいね。きっと男爵も姫様の帰りを首を長くして待っているんじゃないかしら」
マリエルは最近、男爵領に引っ越してきて“けんきゅうじょ(かせつ)”を開いたえらい人らしく、祖母の営む酒場《戦乙女の狼犬》亭にも顔を出すようになっていた。祖母も『最近、あの人目当ての男性客が増えた』と笑っていた。
なにをしている人かはよく分からないが、前に酒場に来た時はなかまの男の人たちをぶんなぐっていた。
きっとつよいからえらい人なのだろう。
「マリエルおねえちゃんも、おねえちゃんのおねえちゃんがくるのをまってるんでしょ?」
マリエルは苦笑した。
「うちの姉さんはしばらく来ないかもね。仮設研究所のこけら落としには出ろって言ったんだけど、大公閣下のお手伝いの方が気に入っているんでしょう……まったく、あの姉さんには敵わないわね」
マリエルおねえちゃんがかなわないというのだから、おねえちゃんのおねえちゃんはもっとつよいのだろう。
「ま、いつか来たら酒場に連れてきてもいいかしら? 姉さんは酒好きだから、きっとフィーちゃんのお店も気に入るでしょうね。でも、ちょっと酒癖が悪いのが問題かな」
会ったことのない謎のおねえちゃんの店で暴れる姿が、フィーの脳裏に浮かぶ。
「……そんなにわるいの?」
「そうねえ、すぐに脱ぎ出す癖があってね。後、いろいろ(物を)ばらしたりとか――」
謎(略)さんが背中の刺青を披露し、客の(略)をばらす姿が浮かんだフィーは脱兎のごとくその場から逃げ出した。
「だけどでも意外と子供好きだからフィーちゃんのことも……あれ?」
フィーが出入り禁止客の情報を祖母に伝えにいったことを、マリエルには知るよしもなかった。
ついでに目を離している間に一台の馬車が通っていく姿も――
タニアもユールヴィング領に戻ってからはいつもの生活に戻っていた。
一つ、変わったとすれば、お気に入りの髪飾りが増えたことだろう。
副長ログからもらったそれはタニアの宝物となっていた。
タニアは料理を運ぶワゴン車を押しながら、館の廊下を歩く。
トレーの上には焼いたばかりのクッキーが並んでいた。
その隅には《戦乙女の狼犬》亭の女将から譲り受けた、ユールヴィング家に仇なす麺棒が置かれていた。
(ううん、呪いなんていったら可哀想ね)
タニアは麺棒を手にすると、まるで愛児を抱えるように目を閉じる。
クッキーはこの麺棒でこねた生地で作ったのだ。たとえユールヴィングに仇なす呪いがあっても、愛情を込めて使ってやれば、こんなに美味しい(自己評価)クッキーを焼けるのだ。
「――ちょっと、お借りしますわ」
声がして気がつくと、いつの間にか手から麺棒がなくなっていた。
その先を歩いていたのは――
「――姫様!?」
「……ふーん、“北の剣匠”ナイズルが現役を退くか……まあ、五十肩で剣が上がらないって話だったからな。この辺が潮時だろうな」
マークルフの一日は、傭兵ギルドの発行する情報誌に目を通すことから始まる。
書斎の机の上に詰まれた冊子に漏れなく目を通し、傭兵たちの現在の事情を知る。そして、それを基に新たな筋書きを考える――それがマークルフの午前の過ごし方だ。
「……“龍聖”セイルナック、東方域での遠征を延長……か。どうやら、師匠とまだ揉めてるみたいだな」
まあ、戻ってきてから上手くやれるかが問題だ。“聖域”外の戦場を渡り歩いたという名目で“格上げ”を狙う傭兵は多いが、その好機をものにできた傭兵は決して多くはない。諸刃の剣である。
「……《四つ首の番犬》、カーツ砦を放棄して撤退か……籠城戦だけは絶対に負けを認めなかったところなんだがな。やっぱ台所事情が苦しいって噂、本当か」
こっちも今のうちに絡んでおくか――マークルフは考えながら、皿の上の紅茶がなくなっているのに気づく。
その時、背後でドアが開く音がした。
「おッ、丁度良いや、お茶のおかわりを――ゴヘッ!?」
マークルフの後頭部に固い何かが命中した。思わずうずくまる彼の足元を木皿が転がる。
「……な、なんだ?」
振り返ったマークルフの目に飛び込んだのは、修道服に身を包んだ少女の姿だった。
「リーナ!?」
マークルフは立ち上がった。
リーナは大公の手で王都の教会に預けられていた。それは周囲から存在を隠し、様々な疑惑から守るためであったが、ようやく下火になったので、マークルフが預かることにしたのだ。手紙のやり取りはしていたものの、彼女とは実に半年ぶりの再会だった。
マークルフが喜んで両腕を広げて迎えようする。だが、今度はその眉間に固い棒が命中し、男爵は顔を押さえて悶絶する。
「……な、何すんだ!?」
「聞きたいのはこっちです! これはどういうことですか!」
リーナは手にしていた冊子をめくると、マークルフの眼前に突きつけた。
それは奇しくもマークルフがいま読んでいる物と同じものだった。
「『暴走巨人、各地で被害拡大!』って……何ですか、これは!?」
「いや、それは……」
マークルフは視線を逸らしてあいまいに笑うが、リーナは追及を止めない。
「私が留守の間、修理してもらうために《グノムス》をマークルフ様に預けたんですよ。ちゃんと言うことは聞くように命令していたはずです!」
「いやあ、まあ、エルマたちに診せてはみたんだが、研究設備はかなりダメになってて、グーの字自体もかなりの遺失技術が使われていて、修理は無理みたいだったんだ。まあ、いろいろ試してみたら一応、一通りの機能は使えるみたいでして……いや、さすが姫君の守護者、たいした信頼性だとみんな感心していたよ」
「はぐらかさないでください! 暴走巨人なんて役をやらせてどういうおつもりなんですか!」
「いやぁ、傭兵の筋書きで一番もめるのは勝敗を決めることなんだが……戦いに巨人が乱入して痛み分けにしてみれば双方の名に傷が付かなくて済むんで皆さん方に大好評でして……ほどよく壊れてて説得力があったし……」
説明する度に挙動不審になっていくマークルフに、リーナの怒りの眼差しはどんどん鋭さを増した。
「説得力なんて意味不明なこと言わないでください! グーちゃん、すっかり悪い子ちゃんじゃないですか!」
「グ、グーちゃん?」
「いけませんか!」
「い、いえ、滅相もございません」
目を泳がせながらマークルフは答える。
「とにかく、きちんとしてください!」
「わ、分かった。分かったからせめて、あと一回グーの字……グノムス……グーちゃんを使わせて下さい」
リーナが不審を露わにした目で睨み付ける。
「……理由は?」
「さすがにやり過ぎた感があるので、そろそろ終わりにしようかなぁって――」
「それで?」
「だから最後に派手にグーちゃんを退治して終わりにしようかと……あ、本当にぶっ壊すわけじゃないから、ちょっとだけ、ちょっと先っちょ刺すぐらいだからだから――」
リーナが無言で麺棒を構えた。その姿にマークルフは本能的な危険を感じた。
「あなたという人はぁッ!!」
リーナの叫びが部屋中に響き渡る。
「どこまでいいかげんでッ、お調子者のッ、すっとこどっこいなんですか!! あなたから先に壊してさしあげましょうか!! マークルフ様ぁッ!!」
「い、イヤァああああああぁーーーー!?」
マークルフの断末魔にも似た叫びが部屋に響き渡った。
(もう、あの巨人は使えそうにないな)
廊下に立ち、扉を挟んで室内のやり取りを聞いていたログは、そっとその場を後にする。
「あ、ログさん。いまの悲鳴は!?」
廊下の向こうからタニアがワゴン車を押してやって来る。
「姫様――じゃなくて、男爵の方が……なんか……いままでに聞いたことのない悲鳴が……」
部屋から聞こえる悲鳴が惨状を如実に伝え、タニアの声も自然と乾いたものになる。
「気にするな。それよりおやつはしばらく必要はない。二人きりにさせておこう」
「はぁ……で、でも、いいんですか」
室内からは何か生肉を叩く音が響きはじめていた。
「問題ない。よくある痴話喧嘩だ」
「はあ……じゃ、じゃあ、ログさん、一緒にお茶でもしませんか。あたし、これから休憩に入るところなんです。ログさんの好きなクッキーもありますよ!」
「……そうだな、一杯いただこうか」
「はい! じゃあ、行きましょうか」
喜色満面のタニアは男爵のことなど忘れ、ログと一緒にその場をあとにする。
後に残されたのは部屋からは主の助けを求める声と、降参を知らせる床を叩く音が響いていた。
後世に“傭兵王”の名を遺すことになる若き英雄の、これが始まりの物語であった。
(完)
続編『サンクチュアリ・ファンタジア2―墜ちる竜と二人の天才と双子の王子と最後の騎士―』に続きます。




