13話 ヤンデレじゃないです
近所の河川敷を歩きながら、楽しく会話を交わす。
「ま、私たちの家系って、どうにも無茶無謀が好きみたいだからさ。もちろん、弟も含めてね!」
「そうかな? 僕ってお姉ちゃん達みたいに、あんまり無茶している覚えはないんだけど……」
「ふふっ、我が家で一番無茶なのは、確実に弟だよ。そんな刺激的な弟のおかげで、私はいつも退屈しなくて済んでるんだよ」
「もう、いっつもテキトーばっかり言ってさ。絶対そんなことないのに。僕なんて大したことないよ。自分の稀有な才能をまるっきり捨てて、お笑い芸人を目指したお母さんやお姉ちゃんの方が、絶対無茶苦茶な人だって」
「ま、あーしはそうは思わないってだけ。この話は平行線だね」
姉はオーバーに肩をすくめる。
そんな姉に向かって、僕は抗議の意味を込めて、ジトッとした目を向けた。
「いやんいやん♡ やめてよもう、濡れるじゃん」
ただ、姉は腰をくねらせるばかり。
ほんと、この人は……いや、いいや。こういう時の姉とまともに取り合うと、損しかしない。
「ほんと、弟はめちゃくちゃあーしのこと好きだねー。男の子でヤンデレって、ファンタジーの世界だけだと思ってたよ。弟からの愛が重くて、お姉ちゃん困っちゃう」
何故さっきまでの会話から、そんなところに着地するのか、理解不能だ。
「……ヤンデレじゃないですー。ただ、好きな人は地の果てまで追いかけたいってだけですー。実際にやってないんだから、ギリギリセーフでーす」
そう、僕はヤンデレではない。ちょっとだけヤンデレ体質があるってだけだ。
ここ、僕的に大事なポイントね。断言されては困るから。
だって、男のヤンデレってほら、なんかこう、カッコ悪いじゃん。
「あーしも弟のこと大好きだから、さっさと結婚しよ? ね?」
姉が僕の頭をわしわしと撫でた。
大好きな姉にそうされて口角が上がりそうになるが、悔しいので気合で真顔を貫く。
「……でも、お姉ちゃんは男なら誰だっていいんでしょ? 性欲が満たせれば男なんて誰だって同じって、前に言ってたじゃん」
姉は男遊びが激しい人だ。
この世界にも風俗のようなものが一応あるが、前世と比べると質も悪ければ、値段もまあ高い。最低でも二桁万円はかかるのが相場らしい。
そんな高いのに、姉は給料の大半を性欲を満たすことに使う。なんなら、昔は借金までして風俗通いをしていた。
一時の快楽を満たすためだけにそんなお金を使うなんて、僕には一生理解できなさそうだ。
「ふふふ、そうだけど、そうじゃないんだよ。女心は単純なようで、複雑怪奇なの。あーしは弟としか結婚しないよーん。だーかーらー。弟が毎日相手をしてくれれば、節約できるんだけどなあ~、ちらっ、ちらっ」
「……バカ。家族と恋仲になるの、ほんのちょびりっと抵抗があるって言ってるでしょ?」
「あーしだっていつも言ってるでしょ? 弟は今の燃えるような初恋が実って、ある程度熱い気持ちが収まったら、絶対に母も私も妹も、まとめて結婚することになるって」
姉が見透かすような瞳で僕を覗き込む。
その未来が来ることは100パーセントだとでも言うような余裕っぷりだ。
……いつもそうなんだよね。こういう話題になると、何故か僕の家族はみんな自信満々だ。
この世界の女性って、男に対して余裕がないのがデフォルトだ。いつだって「男……男ぉ!」と、まるで生者を見つけたゾンビのように、男を求めている。
それでも家族だけが余裕綽々な理由――まあうん、なんか、僕のせいらしいよ。
僕の今までの「家族にだけ甘々な態度」が、家族に自信をつけさせてしまったらしい。
わりと普段から、そういう気持ちは隠してるつもりなんだけどなあ。
「だから、さっさと初恋を実らせてね! あんまり待たせると、強引に襲っちゃうから」
強引に襲うという部分は聞こえないフリをして、普通に返答する。
「わがままかもだけど、僕だって初恋くらいはもうちょっと頑張ってみたいんだ。もう少し待ってね」
そう言いながら、初恋の人の顔を思い浮かべる。
そばかすちゃん。僕の幼馴染で、僕が小学生の頃からずっと好きな人。
僕の猛烈なアプローチで、ここ最近で、一応付き合い、同棲するところまでは行った。
ただ、未だに僕に対して「好き」という言葉を引き出せていない。
そばかすちゃん、極度の意地っ張りだからなあ……顔を真っ赤にしても、決して言葉には出してくれないんだよね。
はあー。ホントは全力でそばかすちゃんの芸人生活をサポートしたいんだけど、「私はあなたの力を借りずに成功したい! 絶対に表で私のこと応援しないで!」って聞かないから……
「弟がクールぶってるときからずっと好きなんだから、長いよねえ。あの時の弟も可愛かったなあ……」
「うぐっ、僕の黒歴史を掘り起こさないでくれる?」
それこそ、僕が人前で笑うのをためらうようになったのは、小学生時代のせいだ。
無駄にクールぶり、常日頃クールを心がけていたせいで、ある変な癖がついてしまった。
それが今も大きく僕を悩ませている。
「弟のまぬけな鳥みたいな笑い方も、うさぎのうんちみたいな笑い方も、個性的でいいと思うんだけどなあ……」
姉に気にしていることを呟かれ、僕の目の色はみるみる色をなくしていく――
以前僕が『心から笑いたくない理由は、実はもう一つある。これはとても個人的かつ、かなりしょうもない理由』と言ったのを覚えているだろうか?
そう、僕は「笑い声が変すぎて恥ずかしい」から、人前で笑いたくないのだ。
しょうもない理由ってのは自分でも分かってるよ。
でもさ、僕の中ではこの問題は、すっごく根深いんだよね。
「――ねえ、ねえってば! ううう、ごめんって、ねえ許して。靴下舐めるからさあ」
おっと、遠い目をしていたら、しばらく姉を無視してしまっていたようだ。
一言「ごめんね」と謝ってから、返事をする。
「それを言うなら靴を舐めるでしょ。それじゃあ、足フェチのお姉ちゃんが、ただ性欲を満たそうとしているだけだよね?」
「……てへ♡」
うん、もちろん可愛いから許す。
続けて姉は僕の耳元に口を近づけた。ふわりと姉の甘い香りが鼻をくすぐる。
「ほんとにもう……」
それから、囁くようにこう言った。
「悠久はあーしのこと、大好きだなあ」
やめてよそれ、恥ずかしいから。
「はむはむはむ」
「ねえ、ついでに耳たぶを噛まないで」
「はむはむはむ」
「……聞いてないし」
まあ、許すけども。
何度も言うが、姉は年中思春期なので。
「これからも悠久はあーしのこと、ずっと養ってね♡」
「いや、それとこれとは話が別。これからも身を粉にして働いてね」
突然のマジレス、失礼します。
「なんですとっ!? ねえ! 悠久はあーしのこと大好きだよね!? ねえ!?」
芸人としての姉も、僕は大好きなのでね。
僕は、そっと目をそらした。




