10話 あんまり僕を引き合いに出さないでよ
――人の悪口は言わない方が良い。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、悪口だって、コミュニケーションの一つだ。もちろん悪口ばかり言うのはダメだが、日常の中で1パーセントくらいスパイスがあったっていいじゃないか。
僕は出汁の効いた健康的な和食だけじゃなくて、スパイスの効いた料理も好きだ。多少身体に悪くたって、たまには刺激的なのも食べたくなるのが人というものだろう。
それに、芸人さんにかかれば、悪口だって笑いになる。
そのことを、僕は姉達の漫才から知った――
「ふふっ、それにしても、今日の弓なりの漫才は面白かったなあ」
よし、幸いなことに、予定まで少し時間がある。
ようつべの公式チャンネルにあげるように撮った二人の漫才を、もう一度見て時間をつぶそうかな。
『はいはーい。どうもどうもー』
にぱっとした笑顔で、元気いっぱいに登場したのが、僕の姉だ。
栗色のショートカットを揺らしながら、飛び跳ねるようにマイクにやってきた。
見た目は、まさにギャル。
頬の上あたりに散りばめるように貼っているフェイスシールと、いつものへそ出しファッションが、よりギャルみを加速させている。
ちなみに、ツッコミ担当。けど、その割には普段からよくボケることを、僕はよく知っている。
『昨日の夜、田んぼのあぜ道で“ニホンヌキ”を見ました!』
まだ挨拶もしていないのに、突然こう切り出した姉の隣に立つ女性。
このぼさっとした長髪をだらりと垂らし、いかにも暗そうな人が相方さんだ。
ちなみに、ボケ担当。
『ほんと……こいつ、いじらしいでしょ? 先にたを抜いてくれたみたいです。弓なりです、お願いしまーす』
「ふふっ」
ちょっとしたツカミだが、少しにやけた。
姉は大げさな身振り手振り、豊かな表情を交えて漫才をするので、笑いを誘うのだ。
ちなみに、漫才の本題が始まる前に行われるちょっとした一ボケ。こういうのを「ツカミ」と言うらしいよ。
姉たちのコンビ、弓なりは、自らを「地下芸人」と名乗る、若手芸人だ。
まあ、地下というには僕の影響でいささか知名度があり過ぎるが、このアングラな世界観が人気の秘訣でもあるので、姉達は一生地下芸人を名乗るらしい。
芸人の世界は不思議なもので、芸歴が10年くらいあっても、まだ若手扱いされる。
十年も真面目に働けば、サラリーマンなら管理職にまで昇進していることだってあるのに、ほんと、おかしな世界だ。
そんなことを考えながら、続きを見る。
『家にいつ買ったかも分からないフライドオニオン、フライドガーリック、唐辛子が出てきたからさ、料理してみようと思ったのよ』
『お前、料理なんてできねえじゃん』
『大丈夫大丈夫、味にはこだわりがない方だからさ。火さえ通せば飯ってなんでも食えるでしょ?』
『間違いないね』
『とはいえ美味しいものを作ろうと考えた結果、油がいるって思ったんだ。でも、油なんてもちろん家にない。困ったぞ』
『やべえじゃん。どうしたの?』
『そこで閃いたわけよ。風呂場へ行こうと』
『ん?』
『我が家のシャンプーはさ“椿油配合”って書いてるのよ』
『おまえ……』
『そこで鍋にシャンプーをドン!』
『うっは、食べられないラー油じゃん』
『ここで隠し味!ほんのちょっと鰹節を入れる! 絶対に美味しくなるはずだと思ってさ』
『焼け石に水って言葉、知ってる?』
『ロウリュウのこと?』
『ほんとお前は……愛くるしいなあ! このこの!!』
「ふふふっ」
いやあ……くだらないなあ。
自然と僕の表情はにやけていた。
こう、家で自分一人の時だと、ごく普通に、そして素直に笑えるんだけどなあ……
二人の掛け合いは、いかにも悪友といったテンションで交わされる。
女子高生が教室でじゃれあっている一シーンを切り取ったような掛け合いは、まったく緻密さが感じられない。
ただ、そのテキトーさが、逆に癖になる。
癖になるんだけど……
『で、何の話だっけ? あーしの弟の一物がビックサイズって話だったっけ?』
『ごくり……一旦ゆっくりその話題について話し合おうか。私のイメージだと小指程度だったんだけど……ふぅ、いっ、いい一旦、一旦落ちついてもろて』
『あっは、お前がな』
悪ノリ癖。
これが、姉の悪い癖だ。
相方さんも姉の悪ノリを止めないので、どんどん悪い方向に加速していくんだよね。
基本的に下ネタ、毒舌、偏見、タブーなどの話へそれていくが、今回は下ネタ系の方向へ、どんどん過激になっていった。
……まあ、女性二人で勝手に盛り上がる分には良いんだけどさ。あんまり僕を引き合いに出さないでよ。
『はあーあ。結局さあ、男の価値ってち◯ち◯にしかないよな』
『は? 男って弟以外、総じて存在価値皆無のゴミじゃん。何言ってんの?』
『……そうだった。こいつ、ブラコン過激派だったんだ』
『悠久ー! 愛してるぜ!!! 弟以外の男は、もうちょい悠久を見習えよー!!』
『無茶言うなよ……』
今日はこんな風に下ネタからの、この世界でタブーとされる「男ディス」の話題で、会場を盛り上げていた。
こういう毒舌が笑えるのは、姉なりのテクニックがあるから。
姉が言うには、「悪口を言う時は、とにかく主語を大きくして、なおかつ振り切ってしまう。こうすると、笑える冗談になる」らしい。
こうしたやり取りがしばらく続き、時間が来たので弓なりは唐突にネタに戻った。
『できたものをご飯にかけ、ションベンくせえ男のち◯ち◯二竿を箸にしてかっこむ。これは世界一美味いはず』
『ういー、ぐうシコじゃん。ありゃしたー』
……うん、ね。そりゃあ、地下芸人なんて名乗るのが普通か。
最終的に今日の漫才の終わり、これだもん。
劇場では人気だが、テレビではほとんど見ない若手芸人。ただ、僕の影響で知名度はやたらとある。
それが今の姉達の立ち位置である。
そんな漫才師である姉を、僕は自宅で待っているのだが……




