087:敵を欺く為に
11:00に俺たち第一中隊のメンバーは第二作戦会議室に集まった。
マクラーゲン中佐は腕時計で時刻を確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「……公国軍参謀本部より入電がありました。読み上げます……屍人の部隊がこの前線地帯に出没している事を確認。帝国軍のカラソフ基地で行われていると目される死者を蘇らせる実験と深く関りがあると判断。独自の調査により、帝国に干渉し我が公国に深刻な打撃を与えようとしている人物がいる模様。その人物は屍人の部隊と密接な関係であり、カラソフ基地にて現在は活動している情報を得た。アリア・マクラーゲン中佐率いる第08大隊は速やかに敵の作戦を阻止する為に行動されたし……以上です」
「……屍人というのは、例のゾンビ共ですか? 作戦の阻止と言いますが、そもそも何をするのかも把握できていないのに……」
「我々の作戦は既に決まっています。今からそれについて説明します。質問はその後にお願いします」
室内が暗くなり、中佐はゆっくりとスクリーンを広げた。
映像がプロジェクターから投射されて、簡易的な地図が映っていた。
「帝国軍のカラソフ基地は此処より北西に百三十キロ移動した場所にあります。最短距離で休むことも無く歩いて行けば一日ほどで到着しますが、辿り着くまでには前線に展開された監視網を突破した上で周辺を哨戒している敵にも注意しなければいけません。大隊は勿論、中隊規模での移動は不可能。装備品に関しても最低限のもの以外は持っていけません。少数精鋭で敵の懐ろに潜り込まなければいけません」
地図に表示されたマーカーが移動する。
しかし、どの地点から侵入しようとしても。
必ず、前線周辺に設置された監視塔を抜けなければいけなかった。
発見されずに侵入することはほぼ不可能で。
俺はどうやって敵の基地まで行けばいいのかと疑問に思っていた。
「敵の厳重な監視体制をどう潜り抜けるか……上層部より支給されたこの機体を使います」
画面が切り替わって、メリウスが表示された。
そこには帝国軍の量産機であるイーグルに酷似した機体が写されていた。
違いがあるとすれば、センサーが単眼では無く双眼になっていて……後ろのランドセル型のブースターも少し大きいか?
俺はこの機体は何だろうと思いながら眺めていた。
すると、中佐は少しだけ眉を顰めながら説明を続ける。
「型式番号SMU―018SN。リーガル・ジェミニと呼ばれています……皆さんが考えている通り、この機体は帝国軍のイーグルに似せて作ってあります。鹵獲したイーグルを研究し、潜入並びにかく乱を目的として少数ロットで生産された機体です」
「……ちゅ、中佐。まさか、これに?」
「……はい。これに一名が乗り込み前線を突破します。敵の識別コードも入手済みです。一度きりにはなりますが、敗走する敵に紛れれば前線の監視網も突破できるでしょう。カラソフ基地に潜入する部隊は、このジェミニに取り付けた偽装薬莢型の降下ポッドに搭乗してもらいます……尚、この作戦は敵にジェミニの存在を気づかれることを前提として立てています。敵との交戦中に薬莢を排莢するように見せかけて仲間を安全に降下させるのがパイロットの任務です」
「ま、待ってください中佐。偽装薬莢ですか? それじゃ弾が入ってないじゃないですか。交戦する前提なら」
「……えぇ、先に言っておきますが。このジェミニには武装はついていません。敵との交戦を前提に考えている作戦ですが、攻撃する手段を持ち込むことも、敵を攻撃する事も許可できません……この見た目で帝国領に侵入し攻撃を仕掛ければ、些か問題があります。このジェミニが少数ロットでしか生産されていない事で大体の想像はつくと思いますが……ポイントαにてポッドを降下させて、ポイントβまでジェミニが敵を引き連れます。リミットは二分。βにて交戦し敵の意識を逸らし、αに降下した潜入部隊は速やかに敵基地まで移動をしてください。ジェミニは二分間敵の攻撃を耐え凌いだ後に、前線まで帰還してください……この作戦においてジェミニに搭乗する人間は、単身で前線まで帰還する事が可能な技量を持つ者でなければなりません」
全員が息を飲むのが分かった。
攻撃手段を持たないハリボテに乗って、前線まで帰って来るのだ。
逃走を目的にしているのなら、機動力は確保されているだろう。
しかし、誰がどう見ても危険な任務だ。
確かにこんな見た目の機体で敵を攻撃したと知られれば、後が厄介だろう。
潜入目的としているだけで、公国としてはだまし討ち何て真似はしなくない筈だ。
その気持ちを汲み取りながら、敵の目を惹きつけるだけの仮初の攻撃を仕掛けなければいけないのか……。
下手をしたら基地への潜入よりも大変な目に遭うのは目に見えている。
俺なら出来る、そう自信満々に言える人間はそうはいない。
だが、俺には分かっていた。
こいつに乗って仲間たちを敵地へと運ぶ役割。
それを誰が担うのか、俺には分かっていた。
俺は真っすぐに中佐を見ていた。
すると、彼女はチラリと俺に視線を向けてくる。
「……ジェミニに搭乗する人間は決まっています……マサムネ上等兵。出来ますね」
「――待ってください中佐。幾らなんでもこいつにそれは」
「……いえ、出来ます」
いきなりの大役に、ガードナー軍曹は異議を唱えようとした。
しかし、俺はそれを遮って出来ると宣言した。
それを受けてガードナー軍曹は俺に視線を向けてくる。
ジッと俺の目を見つめて――大きく息を吐いた。
「……すみません。今の言葉は聞かなかった事に」
ガードナー軍曹はポリポリと頭を掻きながら座る。
中佐はゆっくりと頷きながら、説明を続けた。
「潜入に向かう人間はイサビリ中尉。そして、ウラカワ伍長とジェスラ曹長に任せます。最低限の水と食料を持ち、武器は現地にて調達するように。隠密行動を心がけ、なるべく、殺傷行為は控えてください……質問がある者は?」
中佐は周りに目を向ける。
すると、イサビリ中尉が手を上げた。
「発言を許可します」
「ハッ……敵基地への潜入を完了させた後。我々はどのような方法で帰還を?」
「……我々の想定では、敵の陣地への侵入を果たしてポッドを投下後。基地への潜入を果たし前線まで戻る流れは、四十八時間で完了すると考えています。敵陣地内での通信は推奨されるものではありません。よって、四十八時間後きっかりに我々が敵への攻撃を仕掛けます。イサビリ中尉以下二名は、この交戦時の混乱に乗じて帰還してもらいます」
「……了解しました」
イサビリ中尉からの質問に簡潔に答えた中佐。
もう誰も質問をする者はいなかった。
中佐はゆっくりと咳ばらいをしてから、最後の言葉を言った。
「残りの人間は基地内で待機。敵への攻撃を仕掛ける時は……派手にいきます。残弾を気にすることなく、戦ってください……敵からの攻撃が開始され撤退を始めた時が本作戦の開始になります。マサムネ上等兵はジェミニのシステムチェックを。イサビリ中尉以下二名は、基地への侵入ルートの確認を……以上です。解散」
中佐は敬礼をして去っていく。
俺たちは椅子から立ち上がって去っていく中佐に敬礼する。
残された俺たちはゆっくりと荷物を持って自分の機体のチェックに向かった。
俺も格納庫にあるジェミニとやらを見に行かなければならない。
果たして、ジェミニとやらを俺は上手く操縦できるのか。
分からないけど、危険な任務になるのは確かだろう。
俺は少しだけ不安を感じながらも、格納庫を目指して足を動かした。
格納庫へとついてケージに入れられている機体を見上げる。
見かけはイーグルに似ているものの、装甲がやや鎧のように見えてしまう。
整備スタッフといたゴウリキマルさんに声を掛けて、俺はジェミニについて色々と聞いた。
公国と帝国では機体を作る上でのコンセプトが違うらしい。
公国は基本的にバランスは考えて作るものの、装甲を減らして機動力の確保を目指す傾向が強い。
一方で、帝国では装甲に厚みを持たせつつ、それなりの機動力を確保をする為にランドセル型の大型の推進ユニットを装備するのが基本の様だ。
その為、公国軍と帝国軍の主力機ではそもそも機体の大きさや重量部分で大きな違いがあるとゴウリキマルさんは説明してくれた。
「いいか? 帝国軍の主力機はイーグルだ。全長は17.3メートルで機体重量は18.7tもある。一方で公国軍の主力機のグラードは全長14.5メートルで機体重量は11.3tまで落としているんだ。帝国の奴らは一昔前の重火力重装甲思想がまだ残っているんだよなぁ。その点、公国の奴らは新しい流れにも順応しているぜ。お互いに第五世代のメリウスが主力でも、設計思想はバラバラだ。このリーガル・ジェミニを作る時も開発技術部の奴らは苦労したらしいぜ。何せ、グラードのスラスターを組み込もうとしても馬力が足りないんだ。アレほどの大型のランドセルだからなぁ。燃費は悪いと思ったけど、その分、推進力があったんだろうな……勿体ねぇよな。折角、アレだけのブースターが作れるのに、何で無駄な装甲をつけっかなぁ。ゴテゴテして邪魔だと思うんだけど。お前はどう思う?」
「……そうですね。俺がこの前戦ったリック・ハイゼンという帝国軍人。アレが乗っていた高機動型にチューニングしたイーグルは速かったですよ。雷切にも追いつけるくらい」
「……そいつは聞き捨てならねぇな。雷切は世界一速い機体だ。追いつける奴なんていねぇよ……そうだな。そろそろシステムを再調整するか」
「再調整ですか? アレよりも上があるんですか?」
「あぁ当たり前だろ。殺しても良いなら何倍でも速くできる……いや、殺さねぇけど。今までの戦闘データからざっくりと計算してシステムを設定してたんだ。何せ、お前を乗せてテスト飛行する時間も無かったからな。今ならそれなりにデータも集めれたし、もっと速く出来るように調整も出来るだろうさ。色々な……あぁ話が逸れたな。兎に角、このジェミニは帝国の設計に近づけようとしつつ、あくまで機動力を重視した設計になっているんだ」
ゴウリキマルさんはスパナをくるくる回しながら説明する。
鎧のように取ってつけたような装甲をしているのは、これがパージを前提に作られた物だからで。
帝国の兵士たちの目を欺き指揮系統を混乱させて。
敵に正体がバレた時に、一早く戦線を離脱できるように偽装の為だけに付けた装甲はすぐに捨てるらしい。
そうして、帝国のイーグルを真似て作ったランドセルの中にはメインブースターの他に三つのブースターが装備されている。
可変式のランドセルであり、装甲をパージした後に自動で展開されて戦線を緊急離脱する。
俺は思った。
こんなにも機動力を重視しているのは何故かと。
暫く説明を聞きながら考えて、ポンと手を叩く。
「回収されたくないからか」
「……そりゃそうだろぉ? こんな明らかに反感を買うような見た目だぞぉ? 敵に回収されてプロパガンダに利用されたら目も当てられねぇぜ。世界中から指さされて笑われちまうよ……さっき聞いた話によると。こいつは公国内の正式な記録には載ってないってよ。載せたくないなら作るなって私は言いたいけどな」
「ま、まぁいいじゃないですか。逃げるだけで良いのなら楽ですよ。ははは」
乾いた笑みを零しながら、俺はジェミニを見上げる。
この鎧武者は信頼に足るのか。
敵の前線を突破し、攻撃をするフリをして敵の目を集めて。
そうして、頃合いを見て逃走する……本当に上手くいくのか?
一株の不安を覚えつつ、俺は久しぶりの第五世代型の操縦に手を慣らしておこう考えた。
カツカツと音を鳴らしながら、ジェミニへと近づく。
昔を懐かしむようにソルジャーの事を思い出して、俺は小さく笑った。




