086:この世に作られた贋作(side:リック・ハイゼン)
冷たい空間に、機械の駆動音が響く。
白衣を着た人間たちが動き回り、椅子に座らされた人間が無数にいる。
計器から出る情報を見ながら、科学者たちは目を輝かせていた。
コンクリートの壁を見ていれば冷たい印象を抱き、無数の機械が置かれた部屋には温もりは存在しない。
首の端子に接続されたコネクターから情報が流れ込んでくる。
敵の行動パターン、自らの操縦の癖、戦場の気象データ。
ありとあらゆる情報を流し込まれていく。
まるで、脳みその中に棒を突っ込まれてかき混ぜられるような不快感。
同じ部隊の人間の中には、白目を剥いて失神する者や吐しゃ物をまき散らす奴もいた。
同じ帝国軍人。にも拘わらず、正規兵との扱いの差。
それには理由があり、奴らが俺たちに向けてくる視線の理由も納得できた。
俺たちを見る科学者の目には人間が映っていない。
そこにいるのは実験に使うモルモットだけで。
”戦死した”俺たちには、最早、人権と呼べるものは存在しなかった。
祖国に身を捧げて、華々しく散ったと思った。
全ての弾を使い果たして、強者との戦闘により退路を断たれて。
公国の名も無き兵士と相打ちとなって、俺は土に還ったのだと思った。
しかし、俺には天国にも地獄にも行く資格など無かった。
死亡して目が覚めれば、俺は培養液の中に入れられていた。
何が起きたのかも理解できぬまま、培養液から出されて。
そのまま手術台に運ばれて、壮絶な痛みに耐えて体の一部を機械化された。
首に取り付けられた端子にコネクターを差されて、強制的に何が起きたのかを分からされる。
ぐちゃぐちゃにされた脳内で、俺は叫び声を上げながらこの世に戻ってきたと知った。
生き返った、復活した、黄泉の国から舞い戻った……全て違う。
リック・ハイゼンと呼ばれて、敵から”鉄槌”の名で恐れられた帝国軍人。
灰色のメリウスに乗り込み、獣のように敵を蹂躙していたかつての自分。
そんな人間が再び戦場に現れて、公国の兵士たちを恐怖で震わせている。
何故、生きているのか。何故、戦っているのか。何故、何故、何故――
噂になっている事は知っていた。
俺と同じように蘇った屍たちが、同じ部隊で戦っているのだ。
公国の人間は、俺たちをゾンビだと噂していたようだ。
英雄が蘇って再び帝国に勝利を齎そうとしている――俺は、ただの贋作だ。
死者を蘇らせる事なんて出来ない。
死んだ人間は、土に還ってお終いだ。
ならば、何故、俺たちは生きているのか……答えは簡単だ。
生きていた頃のリック・ハイゼン。並びに、戦場で活躍していた英雄たち。
帝国の総合科学技術部は密かに、俺たちの生体データを抽出していた。
方法は幾らでもある。
検診という名目で行われた採血に唾液の採取により遺伝子情報の解析。
眠っている間に皮膚をサンプルを回収して、それを培養する。
ありとあらゆる生体情報を無断で回収されて、俺たちが死亡した時に備えていた。
クローン技術……俺たちの正体はそれだ。
同一個体複製技術とも呼ばれるそれによって、俺たちは作り出された。
リック・ハイゼンという名前を憶えている。
何処で戦って何を成したかも覚えている。
好きな食べ物も、好きになった人間の名前も、故郷の名前も全部覚えている。
しかし、それは生前の記録から抽出されたデータを俺たちにインプットしているだけだった。
英雄だったリック・ハイゼンは既に死亡している。
今、この基地で調整を受けさせられているのは所詮は贋作だ。
他の人間がどう思っているのかは知らないし興味も無い。
俺は兵士として使命を果たし、与えられた任務を熟すだけだ。
余命いくばくかも無い消耗品だ。
どんなに無茶な戦闘をしようとも、どんなに体を傷つけようとも再調整される。
死んだとしても、俺というパーツは新たに製造される。
使い捨てられるくらいの存在であったしても……俺は戦う事しか出来ない。
短い機械音が鳴り響いた。
それと同時に、首の接続端子に刺さったコネクターが抜ける。
カシュッという空気の抜ける音と共に、体の自由が戻った。
俺は首を回してから、腕の感触を確かめた。
先の雷との戦闘で、かなり無茶な操縦をしてしまった。
しかし、あれくらいの無茶をしなければ奴に追いつくことは出来ない。
目を細めながら、自らの手の平を眺めていた。
すると、パチパチと手を叩きながら近づいてくる男がいた。
ゆっくりと視線を向ければ、スキンヘッドに丸眼鏡を掛けた青い瞳の男が立っている。
帝国軍の上層部から手厚いもてなしを受けていた男の名はハイド。
奴が所属しているゴースト・ラインと呼ばれている組織が、今の俺たちを作り出した。
クローン技術も疑似記憶のインプットも”意思伝達ユニット”に接続するための手術も、この男が手配したと聞く。
この男はその組織の中でも力を持った人間で、俺たちは歯向かう事も許されない存在だった。
そんな男は笑みを浮かべながら俺を見ている。
俺は男の瞳を見つめながら、何も言わず黙っていた。
「いやぁ、雷との戦闘は見事でした。流石はリック・ハイゼン大尉だ。鉄槌の名は伊達ではありませんねぇ。他の失敗作とはまるで違う」
「……そのような賛辞は不要です。それと、大尉は”オリジナル”の方です。屍人である私には階級はありません」
「ん? そうでしたか? 私が他の人に貴方の事を尋ねれば、皆口を揃えて貴方の事を大尉と呼んでいましたよ?」
「……他に呼ぶ名がないだけでしょう」
俺はただの生きる屍だ。
大尉と呼ばれるような人間ではない。
その証拠に、俺たちの部隊の人間には外を自由に歩く権利も無かった。
食事を取るのも、睡眠を取るのも、俺たちは許可を貰わなければいけない。
気まぐれで科学者たちの実験に付き合わされて、汚れ仕事をやらされる。
オリジナルが持っていた祖国への愛国心は、俺の中にはほとんど存在しない。
あるのは目的の為に植え付けられた敵への憎悪だけで。
今は公国の英雄と呼ばれている雷を抹殺する様に、新たな感情を入れられていた。
心では理解している。
この感情は俺自身のものではないと。
しかし、戦う為に生み出された時点で、この身に魂など宿っていない。
俺たちは死ぬまで……いや、死んでも戦わされるだけだ。
仲間が死んでも新たなクローンが運ばれてくる。
俺自身が死んでも、新しい俺が戦場で戦う。
死んで生き返るのではない。死んだら製造される。
失敗を次の糧にして、俺たちは無数の死体の上を歩いていく。
ハイドはニヤリと笑う。そうして、ゆっくりと質問をしてきた。
「貴方は本心では戦いたくないのですか? 無理やり地獄から連れ戻されて、自由を奪われた今。貴方は誰よりも、外の世界を恋しく感じている。好きな物を食べ、好きなように生きて、好きな人間と愛し合って……いいですよ。貴方が望むのであれば、何時でも、自由を与えましょう。代わりはいくらでもいますから」
ハイドは態と不快な誘いをしてきた。
俺を苛立たせて反応を楽しむつもりか。
それとも、本心で自由を俺に与えようとしているのか……どちらでも構わない。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がる。
そうして、ニコニコと笑う男を見ながらゆっくりと言葉を発した。
「兵士が生きるのは戦場です。私の死に場所は決まっています」
「……ふーん。そうですか……ま、いいですけど……一つだけ教えてください。貴方は何故、戦うんですか?」
ハイドは純粋な疑問を投げかけてくる。
その質問に皮肉で返すことも出来た。
しかし、此処で奴の機嫌を損ねても良い事は無い。
俺はゆっくりと考えてから、ハッキリと言った。
「次の自分を作らせない為に」
「……なるほど。理解しました……では、どうぞ」
納得したハイドは大げさな仕草で道を譲る。
俺は彼に敬礼をしてから、調整室を後にした。
コツコツと靴の音が響く冷たい廊下を歩きながら、俺はゆっくりと息を吐く。
雷は強い。奴には仲間がいた。
お互いを信頼し合って背中を預けられる仲間……懐かしいな。
オリジナルのリック・ハイゼンにも相棒がいただろう。
朧げな記憶の中に、笑みを浮かべる男たちがいた。
リック・ハイゼンの名を呼びながら、男たちは戦場を翔けて――いたんだ。そこに。
仲間たちが死に、自分だけが此処に存在している。
ハイドには次の自分を作らせない為に戦うと言った。
しかし、それは少しだけ違う。
確かに次の自分を作らせたくないから戦っているのだろう。
だが、俺が戦場へ行くのは……仲間の幻影を追いかけているからだ。
記憶の中に存在する仲間たちが、俺の中ではまだ戦場にいる事になっている。
奴らは死んでいない。今も何処かで戦っている。
それはあり得ない事なのに、俺は仲間の影を幻視していた。
ゆっくりと足を止める。
そうして、壁に向かって拳を叩きつけた。
ズキズキと拳が痛み、俺は舌を鳴らした。
仲間の顔がチラつく度に、雷たちへの憎悪が溢れ出てくる。
仲間を殺したのは奴ではない。それなのに、俺は形容できない恨みを奴に抱いていた。
俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、ギュッと服越しに心臓を押さえる。
呼吸が荒くなり、記憶にノイズが走る。
嘘、真実、嘘、真実、嘘真実嘘嘘嘘真実嘘嘘嘘嘘嘘嘘――頭を壁に叩きつける。
鈍い音が響いて、額からたらりと血が流れた。
痛みを感じている間は、全てを忘れられる。
俺はもう何も考えたくない。
冷たい壁に手を付きながら、俺はぼそりと呟いた。
「全部、俺が、殺してやる」
渦巻く偽りの怨念を抱きながら、俺は決意を固めた。




