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21話 山積みの課題は何の為?



 さあ直ぐにでも出立だ、と意気込んだけれど、現実はそうもいかなかった。

 冬の間ずっと寝込んでいた協会長が、たった一日の外出でまたしても寝所に逆戻りしてしまったからだ。

 

「仕方がない。体力の回復には時間がかかるものだ」

 

 ルイに不満を訴えてはみたものの、この秘書官は協会長の不調に慣れているらしく、あっさりとそう言っていつも通りに協会長の世話を始める。

 

「……でも、わたしの半分を探さなきゃいけないのに。消えてしまうかも知れないのでしょう?」

 

 ブレスはそう言っていた。

 片割れの精霊の存在は不安定で、探し出してやらなければ消えてしまうか、災害に変わってしまうだろう、と。


「焦る気持ちは解る。だが、旅の目的が失せ物探しである以上、手がかりも無しに出かけられると思うか」

「それは……、でも、わたしの半分なのだったら、その子が呼んでくれるかも知れない」

「十五年も気づかなかったのに、か?」

 

 ルビーは項垂れた。痛いところを突かれてしまった。それはそうだ。

 だいたいルビーは、己が欠けた存在である事にさえ気づいてはいなかったのだ。片割れの精霊だって同じかもしれない。

 落ち込むルビーを見下ろして、ルイはひとつため息を落とした。ティーポットへ湯を注ぎ、カバーを被せてハーブを蒸らしながら、彼はふと耳飾りに触れる。

 

 魔術師は男も女も関係なく、腕輪や耳飾り等を身につける。そういった装飾品には魔術の印が刻まれており、滅多なことでは外さない。

 着飾るための装飾品ではないのだ。これらは魔術具である。

 ルイが触れている耳飾りの石をじっと観察すると、爪ほどの大きさのターコイズには〈耳〉の印が描かれていた。

 

〈耳〉の印は音を拾うために使用される。用途は主に盗聴、しかしルビーは他の使い道も知っている。離れた相手と会話する手段として、〈耳〉の印は用いられる。

 ルイは石に触れて沈黙した後、ルビーに向き直って述べた。


「主人は情報収集をしている。動けるようになり次第すぐにでも出立できるよう、使役を放ち各地の怪異の在り処を探っているのだ。この時間は決して無駄などでは無い」

「怪異……」

「怪奇現象のことだ。不完全な精霊がこの世界に解き放たれているのならば、その行先には何かしら不自然な事象が発生する可能性が高い。お前が精霊とはぐれて十五年も経過している以上、そうして地道に探すほか道はない。今のところは」


 あの強いくせに虚弱な協会長は、寝ていてもやることはやっていた、ということだ。ただ悶々と過ごしていただけのルビーとは違っていた。


「わたしの……わたしの半分は、本当にまだこの世に存在しているのでしょうか」


 自身が不甲斐なくて堪らなくなり、ルビーは込み上げてくる不安を吐き出した。探しに出かけ何年も旅をして、もし半身が見つからなければどうしたらいいのだろう。

 ルイは沈黙し、再び耳飾りに触れ「待っていろ」と言い残して茶器を二階へ運んで行った。


 ──あの〈耳〉の石。ルイは二階の主、ブレス協会長とやり取りをしているに違いない。


 〈耳〉はエルシオンで、エチカやウォルフたちも多用していた。

 あまりにも〈耳〉同士が離れていると音は届かないし、音が通るのは同じ魔力で描かれた〈耳〉の間だけだが、任務の際の通信手段として便利なのである。


(協会長は、秘書官に何を話していたのだろう……)


 待てと下された命令に従順に従いつつ、ルビーは二階の魔王について考える。

 魔王の如きオーラを纏う「温和」で「お人好し」なブレス協会長は、本日も冬の神様と部屋に篭って出て来ない。

 しばらくすると、ルイが彼の朝食の食器を持って戻ってきた。彼はその場から一歩たりとも動かずに待っていたルビーを呆れ気味に眺めたのちに、伝言を述べた。


「カナン様が旅に同行するのだから無駄な旅にはならないはずだ、と主人は言っている」

「……んぇ?」


 ──死神が。ルビーの旅に、同行する。


「な、なにゆえですか!? そんな旅は嫌だ!!」

「そんなとは何だ! 口を慎まないか!」


 二階に当のカナンが居ることも忘れ、ルビーは涙目で叫んだ。旅となれば何ヶ月も、長ければ何年も行動を共にするのだ。

 ここで意見を譲るわけにはいかない。

 しかしながら更に拒絶の言葉を叫ぼうとした口を、ルイは力ずくで塞いでしまった。当然の成り行きとしてルビーは暴れる。

 断固拒否の意を、なにがなんでも押し通さねばならない。


「うぐぅ! むぐぅ!」

「やめろ、黙れ、何も話すな!」


 ルビーとルイで必死の形相を突き合わせていると、二階からブレス協会長の笑い転げる声が聞こえてきた。

 口を塞がれたまま、ルビーは恨めしい思いで二階を見上げる。

 ──うちの魔王はひとでなしだ。一生寝込んでいればいいのに。


 

 

 その日のうちに、ルビーはルイによって魔術師協会へと連行された。

 屋敷に居るとなにかとまずい発言をし問題を起こすということで、隔離措置を取られたのである。

 

「ヴェスター、申し訳ありませんが」

「ほう。協会の管理を私に丸投げておきながら、さらに子供の面倒までみろと」


 協会長室にやってきたルビーを見、冬の協会長ことシルヴェストリは片眼鏡の奥の赤い目を不機嫌に細める。

 睨まれて竦み、ルイの後ろに隠れようとしたところを肩を押さえられて阻まれ、ルビーは少々物申したい気分で彼の青い目を見上げる。

 ルイは全てを黙殺し、言葉を続ける。

 

「いえ、エディールが見ます。私は協会と屋敷を往復しますから、主人が回復するまでは、どうか」

「回復するまでだと? 何ヶ月先の話だ、それは」

「カナン様が滞在されておりますので、そう長くはかからないでしょう」

「……ならば、良い。水鏡の魔術師が対価を支払うのならば許そう」


 シルヴェストリの口角が不穏に釣り上がるのを見、ルイは諦め顔で苦笑した。彼はいったい、何を支払わされるのだろうか。

 

「ひ、秘書官、あの……」

「エディールを呼んでこい。お前は書庫で待機だ」

「……はい、わかりました」

 

 ルイに迷惑をかけてしまったかもしれない。落ち込みつつ、ルビーは退室前に振り向いてルイの立ち姿を見つめる。

 ──どうか次に見た時に、秘書官の指や目玉が減っていませんように。

 そんなことを考えながら、ぱたん、とドアを閉めた。




 エディールはルビーの姿を見て「またお前か」と呆れ顔をした。しかしながら、彼もまた人間ができている。

 ルビーが悲壮感たっぷりの表情をうかべていることに気づくなり、途端に心配そうに眉を寄せた。

 

「どうしたんだ。まさか、ブレス協会長の身に悪いことが? やっぱり病気だったのか、あのひと」

「いえ、魔王は元気です。奴はそう滅多なことではくたばりません。そうじゃなくて、秘書官が……ルイ秘書官が第三の魔王の餌食になってしまうかもしれなくて」

「……ごめん、何言ってんのかさっぱり解らないんだけど。お前の妄想の世界には魔王が三人もいるの」

 

 妄想ではない。

 話しても無駄だと見切りをつけ、ルビーは肩を落としたままエディールへ用件を伝えた。

 

「先にそっちを言え!」

 

 秘書官と冬の協会長に呼ばれていると知ったエディールは、大慌てで駆けていく。

 はあ、と虚しい思いでため息を吐きながら、ルビーはとぼとぼと書庫へ向かう。

 まもなくエディールは戻ってきた。やや疲れた顔で書庫へやって来た彼は、手にした紙と書棚を見比べながら次々と本を選んで机に積み上げていく。

 

「エディール、何してるの」

「お前の課題図書を集めているんだよ」

 

 課題図書。宿題だろうか? ルビーは積み上げられた本の背表紙を眺めてみる。

 神話、古い精霊の物語、魔女と魔人についての文献、夜の生き物と闇の生き物の解説、竜の生態について。そこまで読み取ったところで、ルビーは首をかしげる。

 

「……なんで竜?」

 

 神々や精霊については、エルシオンでもよく学んだ。魔術は精霊の力を借りて発動させるものなので、力の根源を知ることは重要である。

 そして精霊の誕生は、大抵神話と結びついているものだ。故にこのふたつは理解できる。

 

 魔女や魔人について学ぶ理由は、おそらく旅の行き先で鉢合わせた時のための予防策と自戒のためだろう。

 夜の生き物と闇の生き物について知ることは単純なこと、魔術師として知っておいて損は無い基礎知識だから。

 だが、竜となるとよくわからない。

 

(そんな希少な生き物、そこらにいるわけも無いし)

 

 腕を組み、眉間を寄せ、首を捻る。背表紙を睨みながら唸っていると、エディールが最後の一冊を積んでリストの項目のチェックを始めた。最後の一冊は魔術の印の図鑑だった。これは納得できる選択だ。

 印は精霊に要求を伝える手段なのだから、新しい印を覚えなければ使える魔術は限られてしまう。覚えなければいけないのは当然のことである。

 

「うん、全部揃った。しかしまあ、これは協会長も本気だな」


 リストを確認し終えたエディールが、呆れた調子でそんなことを言った。

 

「本気って?」

「本気でお前を育てようとしているってこと。正直羨ましいよ。ブレス協会長って、弟子を取らない人だからさ」

「どうして?」

「さあ。それは知らないけど。でも、この協会長にはブレス協会長に弟子入りしたかった連中が大勢いる」

 

 ふと顔を背けたエディールの横顔に、羨望と落胆がよぎった。

 エディールはブレスを慕っている。彼もまた、ブレスに師事したかったのだろうか。

 

(羨ましい、か)

 

 ルビーは積まれた本を見つめながら唇を結んだ。それほど弟子入りしたかった人々がこの協会にはいたのに、ルビーはエチカの一声で簡単に彼らを飛び越して弟子になってしまった。

 しかしこの協会の職員は、ルビーに嫌味の一言も言わない。


 理由は明らかだった。そんなことをすれば、ブレスが困ると知っているからだ。

 黙り込んだルビーに何を思ったのか、エディールはわざとらしい明るい調子でコンと本の表紙を叩く。

 

「これは出立の支度が整うまでに読まなければいけない課題図書だ。遅くてもいちにち一冊は読みきること。出来る限り内容を暗記しておくこと。ブレス協会長のお言付けだ。秘書官経由で、だけど」

「暗記って、十冊もあるのに?」

「覚えるのは出来るぶんだけでいいそうだ。とりあえずひと通り読んだら、実用的な知識から覚えていけばいいんじゃないか? そうだな、印は覚え始めたらキリがないから……」

 

 リストを眺めながら、エディールは本の並び順を変えていく。


「私だったらこの順番で覚えるかな。しかし竜か。うーん」

「エディールも引っかかるよね。他の本はわかるけど、竜なんて珍しいものについて勉強している余裕は、今のわたしには無いと思うの」

「や、逆だろ。当たり前の科目の中にひとつだけ異質なものが混じっていたんだから、これが一番重要なんだよ。少なくとも今回の旅では」

 

 ──ああ、なるほど。そういう考え方もあるのか。

 ほう、と感嘆のため息をついてどこにでもいそうな魔術師の顔を見上げると、エディールはちょっと照れ臭そうに咳払いをして言葉を続ける。

 

「読んだり覚えたりすることも大切だが、なぜこうなのかって考えることも同じくらい大切だ。私が言ってやれるのはそれだけ。下手に口を出して、協会長の邪魔になってしまってはいけないし」

 

 知ること、覚えること、考えること。こうした順序を経て、ようやく「判断」に至る、ということ。

 ひとつひとつ手順を数えながら、ルビーはじっと彼の顔を見つめる。

 

「わたし、どうして今まで失敗してばかりだったのかわかった。ろくに考えずに決めてたから駄目だったんだ。エディールのおかげでわかった」

「……なんだ、その。せっかく弟子にしてもらえたんだから、ルビーには成功してもらわないと、私たちも納得できないからな」

「う、ん?」

 

 ルビーにはまだその理屈は解らなかった。

 首を傾げて見上げても、エディールは目を逸らして上を向くばかりで説明をしてはくれなかった。

 ルビーは不思議に思いつつも、その日ひとつの柱を心に据えることにした。協会の職員たちに総じて慕われているあのブレス協会長の人柄を、信じてみようと決めたのである。

 

 彼を疑うことはエディールの信頼を疑うことと同じだ。ルビーにはブレス協会長のことはこれっぽちも理解できないが、エディールのことは信じられる。

 ブレスは魔王の如きオーラを纏う生物だ。正直恐ろしくて近づきたくない。しかし、これからはきちんと敬意を払い、師として接することにしよう。

 

「わたし、頑張る」

 

 決意も新たにそう宣言すると、エディールはそうかと苦笑してクシャクシャとルビーの頭を撫でた。

 

 


 ルビーのルール


 9、師匠を信じる。


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