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第22幕

 夕刻。

 リヨネッタ母子を乗せた馬車は、ミューキプン城の門前に差しかかった。

 堀の端には整然と篝火かがりびが立ち並び、上衣をまとった衛兵たちが誇らしげな面持ちで賓客ひんきゃくの馬車を出迎えていた。

「その誇りが何の上に成り立っているか、知りもしないのでしょうね」

 リヨネッタは衛兵のなかに知った顔を探した。だが若い衛兵ばかりで、記憶にある人物はいなかった。

 このときばかりは、十年の歳月を実感せざるを得ない。

「母様、そろそろ……母様?」

 シンシアが心配そうに顔を覗き込んできた。

「……判っています」

 リヨネッタが、次いでシンシアとデイジアが馬車を降りると、たちまち周囲から感嘆の声が上がった。

「なんと美しい」

「どこの国のご婦人かしら」

「まるで王妃と姫のようだ」

 いかにも気が多そうな貴族の子弟などが、さっそく彼女らに色目を送ってくる。

「汚らわしい連中。反吐が出るわ」

 シンシアが本当に唾を吐きかねないほど、露骨に顔をしかめた。

「まあ、お姉様ったら。そんな顔をしてたら、せっかくのおめかしが台無しですわよー」

 デイジアが姉を冷やかしつつ、上品ぶった貴族のお坊っちゃんにウィンクしてみせる。こちらは男の視線にも手慣れたものだ。

「二人とも、くれぐれも目立つ行動は控えるように。判っていますね」

「もちろんです、母様」

「あたしらのことを覚えてる人なんて、もうほとんどいないだろうけどね」

 デイジアがこの城を後にしたのは、彼女が八歳の頃だ。あの頃とは身も心も見違えている。当時は、いつも母の陰に隠れているような引っ込み思案な子だった。

 十二歳だったシンシアも同様だ。当時の面影こそあるが、余程のことがない限り気付かれる心配はないだろう。

 だがリヨネッタはそうもいかない。十年経って多少はしわも増えたが、先王をとりこにしたという美貌びぼうは健在である。だから、

「おや、あなたはどこかで……」

 招待状を確認にきた衛兵は、やや年嵩の男だった。リヨネッタの顔を見て、少しだけ考え込む。

「少し宜しいでしょうか」

「ん?」

 リヨネッタが衛兵の目を覗き込んだ。

「え……」

 その瞳が一瞬、妖しく輝く。衛兵の視線が吸い寄せられる。

「…………」

 心まで吸い寄せられるのに、たいして時間はかからなかった。

 衛兵は虚ろな顔で、リヨネッタに一礼した。

「どうか…心ゆくまで……お楽しみ下さいませ」

「ありがとう」

 衛兵に見送られ、リヨネッタたちは悠々と城へ向かって歩きだした。

「さすが母様ですわ」

「魔術って、ほんと便利だよねー」

 二人の娘が尊敬の眼差しを送る。

「感心してないで気を引き締めなさい。ここから先は、余計な魔力は使いたくありません。あなたたちの力にかかっているのですよ」

「はい。心得てます」

「あーあ、あたしもそっちが良かったな。お姉ちゃん、やっぱり替わんない?」

「今更、何を言ってるのよ」

「だぁって、そっちは美味しそうなご馳走がたくさんあるじゃん」

「またそんなことを……」

 緊張感がまるで感じられないデイジアの発言に、シンシアは心底呆れて溜め息を吐く。

 そのやりとりを傍らで聞きながら、リヨネッタはついと顔を上げた。

 十年前と何も変わらない、城郭じょうかくの佇まい。時を告げる鐘楼しょうろう。それらを見ていると、自然と自嘲気味の笑みが浮かんでくる。

 だが、それに気付いた者は誰一人いなかった。

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