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第19幕

 その行為が何をもたらすのか。

 小国といえど、その国主を弑逆しいぎゃくするのだ。

 国が乱れることは必至。下手すると内紛や、隣国の侵略を招く恐れもあった。

「いったいなぜ、そんなことを……」

 シンシアもデイジアも、口を閉ざしたままだった。だが動揺しているのではない。むしろ、その目は爛々(らんらん)と輝いていた。

 レラは確信する。国王暗殺は決まっていたことなのだと。養母はずっと、実行に移す機会を窺っていたのだと。

「私だけが何も知らなかった。知らされてなかった……」

 すでに店仕舞いを始めた市場のなかを、レラはぼんやりと歩いていた。

「やっ。どうしたのさ、ぼーっとして」

 メイガスが姿を見せた。暢気のんきにリンゴなど頬張っている。

「私は母様の役に立ってない?」

 開口一番に重い質問をぶつけられて、メイガスの顔が引きつった。

「次のゴミ掃除の内容は、あなたも知ってるのよね」

「うん、まあね。色々お願いされてるし」

「止めなくていいの? 一応あなたも、この国の民でしょ?」

「一応って……おいらは、ただの情報屋だよ。それにおいらが説得したところで、リヨネッタさんが心変わりすると思うかい?」

「ないわね」

 レラは即答する。

 メイガスは苦笑い。

「そういうレラこそ、止めなくていいの?」

「私は……自分がこの国の人間かどうかさえ知らないもの」

「でも相手が相手だし、今までとは比べものにならないくらい大変だよ。もし失敗して捕まったら、ただじゃ済まないし」

 当然、極刑は免れないだろう。相手は国王なのだ。

 だがリヨネッタも、そして義姉たちも、刺し違えてでも目的を果たすに違いない。それほどの覚悟と決意を漂わせている。

「なんで母様は……」

 もしかしたら、今までのゴミ掃除はただの練習だったのかもしれない。今回の仕上げのための。

「私は、母様たちのことを何も知らない」

 レラは懐から二枚の手配書を取りだした。

「!?」

 珍しくメイガスが目を見開いた。

「やっぱり何か知ってるのね」

 そこに描かれているのは、リヨネッタともう一人の女。

「これをどこで……」

 レラが入手した経緯を話すと、メイガスは深い溜め息を吐いて項垂れた。

「まさか君が手に入れちゃうなんて……偶然というか皮肉というか」

「ねえ、なんで母様の手配書があるの? それに、この人は誰なの?」

「…………」

「メイガス!」

「……聞いたら、もう後戻りできなくなるよ」

「かまわない。このままずっと、もやもやしたものを抱えていくよりマシよ」

「判った」

 メイガスは渋々承諾すると、指を二本立ててみせた。

「二つ約束してほしい」

「なに?」

「ひとつ目は、おいらからこの話を聞いたってことを黙ってること。ふたつ目は、その手配書をリヨネッタさんとシンシアとデイジアに、決して見せないこと」

「それは……」

「もしバレたら、今度こそ君の心は永久に壊されてしまうから」

「どういう意味?」

「約束してくれ」

「…………」

 有無を言わさぬ口調だった。こんなに真剣な目をした彼は初めてだ。

「約束する。母様に隠しごとは難しいかもしれないけど」

「煮え切らないなあ」

「あなたさえ良ければ、力ずくでも吐かせてもいいのよ」

「……ですよね」

 軽く苦笑すると、メイガスは諦めたように語りだした。

「リヨネッタさんは、先代の王の愛妾あいしょうだったのさ」

 言葉の意味を理解するまで、しばらく時間を要した。

「はあ!?」

「わー、君がそんなに驚くとこ初めて見た」

「ちょっと待って、メイガス。今何て言ったの?」

「だから、リヨネッタさんは先王のおめかけさんで……」

「待って。待って。ちょっと頭のなかを整理するから」

 あまりに突拍子もない話に、レラの思考回路は麻痺まひ寸前だった。

「リンゴ食べる?」

 メイガスが差しだしたリンゴに、躊躇ちゅうちょなくかぶりつく。爽やかな甘味と酸味のおかげで、頭のなかが少しさっぱりした。

「……いいわ。続きを聞かせて」

「じゃあ話すよ」

 そしてメイガスは、かく語るのである。

 リヨネッタが先王の愛妾になったのは、二十数年前。そして先王との間に、二人の姫を設けた。

「その二人って、もしかして……」

「シンシアとデイジアだよ」

 レラは天を仰いで嘆息した。

「ところが、先王が急な病で身まかってしまった。そうなると困るのが跡取りだ。何しろ先王には息子がいなかったからね」

 唯一の血を継ぐ子が、愛妾との間にできた姫たち。しかし妾や私生児の存在は、公になっていなかった。

「で、そこで色々あって弟が王位を継ぎ、現在に至るって訳さ」

「色々って……何があったの?」

「さてね。色々ってのは言葉のあやさ。実際に何があったかは当事者しか判らないよ」

「そうなの……」

「今おいらが言えるのは、王が代替わりした十年前に、ある一家が人目を忍ぶようにこの下町で暮らし始めたっていうことと」

 同じ時期に、この手配書が密かに出回ったということ。

「でも結局、リヨネッタさんはいまだに捕まっていない。まあ本物の魔女だし。そんなヘマしないよね」

「そんなことが……」

 レラはまだ信じられないのか、目を閉じて今の話を頭のなかで整理した。

 十年前。私が引き取られる直前の出来事ということか。

 当時、城で何が起きたのか。

「……ちょっと待って」

 レラは、もう一枚のことを思いだした。もう一枚の手配書に描かれた女。

「この人は誰なの?」

「彼女は、リヨネッタさんのお姉さんだよ」

「母様の姉……」

「実は姉妹で、先王の妾になってたんだ。なんつーか……先王もたいがいの人だよね」

 もちろん彼女の存在も公には秘されていた。

「この人はどうなったの?」

「判らない」

「え……」

「彼女こそ行方不明なんだ」

「そう……」

「さすがに、リヨネッタさんに訊く訳にもいかないしさ。おいらがみんなの正体を知ってるってバレたら、ただじゃ済まないだろうしね」

 ただし、捕らえられたという情報は聞いていないらしい。

「サンドラ」

 ぽつりと、レラがその名を呟いた。

「手配書には、そう書かれてるね」

 だがメイガスは探るようにレラを見た。彼女は本当に、手配書に記された名を読み上げただけなのか。

「うっ……」

 不意にレラが頭を抱えた。

「どうしたの?」

「頭が……」

「レラ、ちょっと、レラ!」

 メイガスが心配そうに声を掛けてくる。

『レラ……レラ……』

 違う。メイガスじゃない。

 女の声。包み込んでくれるような、慈愛に満ちた優しい声。

「レラ!」

「!」

 強く名を呼ばれて、レラは我に返った。

 メイガスが心配そうに、彼女の顔を覗き込んでいる。

「顔が真っ青だよ。具合でも悪いの?」

「今のは……」

 びっしりと脂汗をかいている。

 手配書が手のなかで握り潰されていた。

「帰るわ」

 レラは立ち上がると、ややフラつく足取りで歩きだした。

「ほんとに平気?」

「ええ……話してくれてありがとう、メイガス」

 その言葉にメイガスは面食らった。そんなふうに素直に礼を言われたのは、存外初めてかもしれない。

「どういたしまして」

 メイガスは嬉しい反面、

「ごめんね、レラ」

 去りゆく彼女の背を見つめながら、小さな声で謝罪した。当時のレラ自身の境遇について、あえて何も話さなかったことに。

「たぶん、おいらが告げるべきじゃないと思うんだ」

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