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使者の黙示録  作者: 左門正利
第二章 噛み合う歯車
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占い師

 シスター・マヤとメグが団司と出会ってから、一週間が過ぎた。


 この日もシスターたちは、マザー・アミコからお使いを頼まれる。

 いつものように決められたルートを歩き、郵便局での用事を済ませた少女たちは、寄り道することなくアーケードを通りながら修道院に帰ろうとしていた。


 屋根のない広場に出たときだった。右の方から少女たちを呼ぶ女性の声を、シスター・マヤの耳がとらえる。


「シスター」


 その声は、とても神秘的なひびきでシスター・マヤにとどいた。ボディーガードの男たちには、聞き覚えのある声だった。


 シスター・マヤは、自分を呼んだ女性の方をふり向く。同時に、ボディーガードたちも女性の方に目を移す。

 その視線の先には、赤いクロスをかけた四角のテーブルを前にして、ひとりの女性が座っていた。緩やかにウェーブした黒い髪が、ふわりとなびく。


 外国人かと思うほどに端正な顔立ちをした彼女は、カラフルなメキシコポンチョのような服をまとい、やわらかな微笑みをシスター・マヤに投げかけている。


「シスター、あなたを占いたいのだが」


 うっすらと日焼けしたような肌をした彼女は、まったく違和感のない日本語で、シスター・マヤにそういった。


 ──占い師さん?


 シスター・マヤに声をかけた女性は、占い師のようだ。民族衣装が見た目にふさわしく、よく似合う。

 二十代半ばのように思われる彼女は、外国人ではないかと感じる。だが、彼女が話す淀みのない日本語を聞くと、彼女が本当に外国人なのかわからなくなる。


 いきなり声をかけられ驚いたように立ちつくすシスター・マヤを、占い師の女性は自分の方へ招こうとする。


「なに、時間はとらせないよ。すぐに終わる」


 しかし、あまり見知らぬ人とは関わりたくないと思うシスター・マヤは、どうやって彼女に断り、この場を立ち去ろうかと考える。

 そのとき、メグが占い師の方へ、トコトコと近づいて行くのだった。


「シスター・メグ!」


 シスター・マヤは、慌ててメグを捕まえに行くが、結果的に占い師のすぐ前まできてしまうのだった。


「いらっしゃい、ようこそ」


 占い師はそういって、少女たちを笑顔で迎える。だが、シスター・マヤは困惑する想いを隠せない。


 ──どうしよう


 シスター・マヤが考えあぐねていると、ボディーガードたちがシスター・マヤに近寄ってきて、彼女の耳元でささやいた。


「シスター、大丈夫だ。彼女は危険な人間ではない」


 彼らと占い師の女性は、半年前に面識がある。 彼女の方も、彼らのことを忘れてはいなかった。


「おや、あなたたちは」


 占い師は、男たちの顔を懐かしむように眺めた。



 半年前だった。ボディーガードの彼らは二人そろって休みをもらうと、たまには表社会での一日を満喫しようと、アーケードの通りを歩いていた。


 いつもシスターたちを護衛するときとは逆の方向に歩いていた彼らは、公園に続く屋根のない広場に出る。そのとき、机を前にして座っているひとりの女の姿が目についた。


 日本人ばなれした顔の彼女は、外国人のような気がするのだが、服装からして神秘的な感じの漂うなかなかの美人だ。


「ほう、いい女だな」

「ちょっと寄って行くか?」


 二人はそんな話をしながら、彼女の方へ近づいて行った。

 彼らが女性の前までくると、その女性が穏やかに微笑む。


「いらっしゃい」


 外国人のように思えた彼女が話す言葉は、ふつうに聞こえる日本語だ。男のひとりが彼女に話しかける。


「こんな所で、なにをやっているんだ?」

「占いだよ」

「ほう、面白そうだな」

「占ってみようか? それなら、前金で……」


 女性が金額を告げると、彼はその金額を彼女にわたして占いがはじまる。

 しばらくの間、彼女は下を向いたまま顔を上げようとしない。やがて彼女が口をひらいたとき、占いというものをまったく信じない彼らは、彼女の言葉に驚かされる。


「あなたは、とても危険な仕事をしているね」


 男たちは、思わず顔を見合わせた。


「わかるのか?」

「まあね。しかし、危険どころじゃないな。あなたは、よくいままで生きてこられたね」


 男たちの顔が、真剣な表情に変わってゆく。彼らが驚愕するのは、ここからだ。


「なるほど。あなたは、一般の人たちとはちがう世界にいるようだ」

「…………」

「ナイフや銃を持った人たちを、かなり相手にしているね」

「!」

「あなたにとっては、警察さえも敵のようだ」


 それを聞いた瞬間、男たちに警戒心が走る。占い師の女性は、ずっと下を向いたままの状態を崩さない。


「ああ、そんなに警戒しなくていいよ」


 顔を上げずに話す彼女に、男たちが顔を引きつらせる。


「私は、あなたに関わる事にはまったく無関係であり、無関心なのでね」


 彼女は、男の表情からその心理を推察しているわけではない。人が心で思っていることを、テレパシーで読んでいるとしか思えない。

 男たちに戦慄が走る。背中に、気持ちの悪い汗が流れる。

 彼女の話は、まだ終わらない。


「一ヶ月後は、要注意だね。気をつけた方がいいよ」

「一ヶ月後?」

「あなたに関係する何人かの人たちが、命を落とすみたいだ」


 彼女が話すと、冗談には聞こえない。占ってもらっている男の相棒が、胸のポケットからタバコとライターを取り出す。


 ──ヤバいのは次の取引だと思うが、あれは二ヶ月後のはずだ


 彼はタバコをくわえると、安物のプラスチック製のライターで火をつける。


 ──まあ、用心するに越したことはないか


 すると、下を向きっぱなしだった占い師が、不意に彼の方へ顔を上げる。


「ずいぶん安っぽいライターを使ってるね」

「え?」

「あなたに限っては、そんな安物を使ってると不幸になるよ」

「俺に限って?」

「もっと名のあるメーカーの物に変えた方が良いよ」


 彼女はそういって微笑んだ。


 占いはそれで終わり、男たちはその場をあとにする。別れ際、彼らは占い師の女性にきいてみたのだが、彼女はいつもこの場所で占いをしているのではないらしい。


「本当は、役所の許可をもらわなければならないのだが、ね」


 つまり、無許可で占いの商売をしているのだ。男たちは苦笑いしながら「捕まるんじゃないぞ」といいのこすと、アーケードを通る人混みのなかにまぎれていった。


 そして、一ヶ月後──占い師が予言したことが、ものの見事に的中する。

 二ヶ月後に予定していた取引が、相手側の都合で一ヶ月はやく前倒しになる。


 深夜、広い倉庫のなかで行われた取引は、無事に終わったと思った直後に、別の組織から襲撃を受ける。取引相手も同様に狙われ、瞬く間に銃撃戦が開始される。


 ボディーガードの二人は、必死で自分のボスを警護するが、一発の銃弾がボスを守ろうとする男の左胸に炸裂する。それでも、彼らはどうにか自分のボスを守りきり、腕利きの仲間を何人も失いはしたが、窮地を脱することができた。


 ボスを乗せた車の中で、ボディーガードの一人が、胸に銃弾を受けた相棒を心配する。


「大丈夫か!」


 そういわれた相棒はニヤッと笑いながら、左胸のポケットから、もう使い物にならなくなった金属製のライターを取り出した。


「占いというのは、当たるものだな」

「…………」


 プラスチック製から金属製に変えたそのライターが、彼の胸を貫こうとする弾丸を防ぐことを、一ヶ月前に出会った占い師の女性はすでに知っていたのだ。



 そして、いま──シスター・マヤたちを警護する彼らの前に、占い師の女性がふたたびその姿をあらわす。彼女は、シスター・マヤの未来を予言しようとするのだった。



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