占い師
シスター・マヤとメグが団司と出会ってから、一週間が過ぎた。
この日もシスターたちは、マザー・アミコからお使いを頼まれる。
いつものように決められたルートを歩き、郵便局での用事を済ませた少女たちは、寄り道することなくアーケードを通りながら修道院に帰ろうとしていた。
屋根のない広場に出たときだった。右の方から少女たちを呼ぶ女性の声を、シスター・マヤの耳がとらえる。
「シスター」
その声は、とても神秘的なひびきでシスター・マヤにとどいた。ボディーガードの男たちには、聞き覚えのある声だった。
シスター・マヤは、自分を呼んだ女性の方をふり向く。同時に、ボディーガードたちも女性の方に目を移す。
その視線の先には、赤いクロスをかけた四角のテーブルを前にして、ひとりの女性が座っていた。緩やかにウェーブした黒い髪が、ふわりとなびく。
外国人かと思うほどに端正な顔立ちをした彼女は、カラフルなメキシコポンチョのような服をまとい、やわらかな微笑みをシスター・マヤに投げかけている。
「シスター、あなたを占いたいのだが」
うっすらと日焼けしたような肌をした彼女は、まったく違和感のない日本語で、シスター・マヤにそういった。
──占い師さん?
シスター・マヤに声をかけた女性は、占い師のようだ。民族衣装が見た目にふさわしく、よく似合う。
二十代半ばのように思われる彼女は、外国人ではないかと感じる。だが、彼女が話す淀みのない日本語を聞くと、彼女が本当に外国人なのかわからなくなる。
いきなり声をかけられ驚いたように立ちつくすシスター・マヤを、占い師の女性は自分の方へ招こうとする。
「なに、時間はとらせないよ。すぐに終わる」
しかし、あまり見知らぬ人とは関わりたくないと思うシスター・マヤは、どうやって彼女に断り、この場を立ち去ろうかと考える。
そのとき、メグが占い師の方へ、トコトコと近づいて行くのだった。
「シスター・メグ!」
シスター・マヤは、慌ててメグを捕まえに行くが、結果的に占い師のすぐ前まできてしまうのだった。
「いらっしゃい、ようこそ」
占い師はそういって、少女たちを笑顔で迎える。だが、シスター・マヤは困惑する想いを隠せない。
──どうしよう
シスター・マヤが考えあぐねていると、ボディーガードたちがシスター・マヤに近寄ってきて、彼女の耳元でささやいた。
「シスター、大丈夫だ。彼女は危険な人間ではない」
彼らと占い師の女性は、半年前に面識がある。 彼女の方も、彼らのことを忘れてはいなかった。
「おや、あなたたちは」
占い師は、男たちの顔を懐かしむように眺めた。
半年前だった。ボディーガードの彼らは二人そろって休みをもらうと、たまには表社会での一日を満喫しようと、アーケードの通りを歩いていた。
いつもシスターたちを護衛するときとは逆の方向に歩いていた彼らは、公園に続く屋根のない広場に出る。そのとき、机を前にして座っているひとりの女の姿が目についた。
日本人ばなれした顔の彼女は、外国人のような気がするのだが、服装からして神秘的な感じの漂うなかなかの美人だ。
「ほう、いい女だな」
「ちょっと寄って行くか?」
二人はそんな話をしながら、彼女の方へ近づいて行った。
彼らが女性の前までくると、その女性が穏やかに微笑む。
「いらっしゃい」
外国人のように思えた彼女が話す言葉は、ふつうに聞こえる日本語だ。男のひとりが彼女に話しかける。
「こんな所で、なにをやっているんだ?」
「占いだよ」
「ほう、面白そうだな」
「占ってみようか? それなら、前金で……」
女性が金額を告げると、彼はその金額を彼女にわたして占いがはじまる。
しばらくの間、彼女は下を向いたまま顔を上げようとしない。やがて彼女が口をひらいたとき、占いというものをまったく信じない彼らは、彼女の言葉に驚かされる。
「あなたは、とても危険な仕事をしているね」
男たちは、思わず顔を見合わせた。
「わかるのか?」
「まあね。しかし、危険どころじゃないな。あなたは、よくいままで生きてこられたね」
男たちの顔が、真剣な表情に変わってゆく。彼らが驚愕するのは、ここからだ。
「なるほど。あなたは、一般の人たちとはちがう世界にいるようだ」
「…………」
「ナイフや銃を持った人たちを、かなり相手にしているね」
「!」
「あなたにとっては、警察さえも敵のようだ」
それを聞いた瞬間、男たちに警戒心が走る。占い師の女性は、ずっと下を向いたままの状態を崩さない。
「ああ、そんなに警戒しなくていいよ」
顔を上げずに話す彼女に、男たちが顔を引きつらせる。
「私は、あなたに関わる事にはまったく無関係であり、無関心なのでね」
彼女は、男の表情からその心理を推察しているわけではない。人が心で思っていることを、テレパシーで読んでいるとしか思えない。
男たちに戦慄が走る。背中に、気持ちの悪い汗が流れる。
彼女の話は、まだ終わらない。
「一ヶ月後は、要注意だね。気をつけた方がいいよ」
「一ヶ月後?」
「あなたに関係する何人かの人たちが、命を落とすみたいだ」
彼女が話すと、冗談には聞こえない。占ってもらっている男の相棒が、胸のポケットからタバコとライターを取り出す。
──ヤバいのは次の取引だと思うが、あれは二ヶ月後のはずだ
彼はタバコをくわえると、安物のプラスチック製のライターで火をつける。
──まあ、用心するに越したことはないか
すると、下を向きっぱなしだった占い師が、不意に彼の方へ顔を上げる。
「ずいぶん安っぽいライターを使ってるね」
「え?」
「あなたに限っては、そんな安物を使ってると不幸になるよ」
「俺に限って?」
「もっと名のあるメーカーの物に変えた方が良いよ」
彼女はそういって微笑んだ。
占いはそれで終わり、男たちはその場をあとにする。別れ際、彼らは占い師の女性にきいてみたのだが、彼女はいつもこの場所で占いをしているのではないらしい。
「本当は、役所の許可をもらわなければならないのだが、ね」
つまり、無許可で占いの商売をしているのだ。男たちは苦笑いしながら「捕まるんじゃないぞ」といいのこすと、アーケードを通る人混みのなかにまぎれていった。
そして、一ヶ月後──占い師が予言したことが、ものの見事に的中する。
二ヶ月後に予定していた取引が、相手側の都合で一ヶ月はやく前倒しになる。
深夜、広い倉庫のなかで行われた取引は、無事に終わったと思った直後に、別の組織から襲撃を受ける。取引相手も同様に狙われ、瞬く間に銃撃戦が開始される。
ボディーガードの二人は、必死で自分のボスを警護するが、一発の銃弾がボスを守ろうとする男の左胸に炸裂する。それでも、彼らはどうにか自分のボスを守りきり、腕利きの仲間を何人も失いはしたが、窮地を脱することができた。
ボスを乗せた車の中で、ボディーガードの一人が、胸に銃弾を受けた相棒を心配する。
「大丈夫か!」
そういわれた相棒はニヤッと笑いながら、左胸のポケットから、もう使い物にならなくなった金属製のライターを取り出した。
「占いというのは、当たるものだな」
「…………」
プラスチック製から金属製に変えたそのライターが、彼の胸を貫こうとする弾丸を防ぐことを、一ヶ月前に出会った占い師の女性はすでに知っていたのだ。
そして、いま──シスター・マヤたちを警護する彼らの前に、占い師の女性がふたたびその姿をあらわす。彼女は、シスター・マヤの未来を予言しようとするのだった。




