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使者の黙示録  作者: 左門正利
第二章 噛み合う歯車
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語れぬ未来

 胸のポケットに入れたライターに命を救われたボディーガードが、右手の親指で自分の左胸を指しながら占い師に告げる。


「あんたのおかげで、命びろいしたよ」

「それは良かった」


 笑みを浮かべる彼女に、男たちは話したいことが色々とあった。しかし、いま彼女が相手をするのは、彼らではない。


 占い師は、赤いテーブルクロスの上に置かれていた巻物を広げる。その巻物は学校の卒業証書ほどの大きさであり、なにが記されいるわけでもなく、見た目はただの白い布きれである。


 彼女は、自分から見て布の左上の部分を、己の左手で指差す。


「シスター、そこに右手を置いてくれないか」


 占い師に指図されたシスター・マヤは、戸惑いをあらわにする。


「あの、私たちはお金が……」

「ああ、私が占いたいのだから、タダでいいよ」


 そういう彼女に、シスター・マヤは困惑する。


 ──どうしよう


 なにか変なことに巻き込まれているのではないかと思うシスター・マヤは、体も思考もそこで立ち止まり、占い師の言葉に躊躇する。


「大丈夫、なにも恐くはないよ。すぐに終わる」


 不安が拭えないシスター・マヤだが、占い師の澄んだ瞳には、人をだます意図は感じられない。

 そこへ、ボディーガードが占い師の女性を後押しする。


「シスター、この占い師は嘘をつかない。心配はいらない」


 彼がここまでいうのは、彼女の占いが本当に的中する事実と、これからシスターたちの身に起こることを予言してくれれば、仕事がやりやすくなるからだ。

 少女たちを危険から防ぐ確率がぐっと高くなるのであれば、それにこしたことはない。


 シスター・マヤは、まだ困惑する想いが胸にのこっているのだが、「心配はいらない」という彼を信じて、おそるおそる白い布に右手をのせる。

 ボディーガードの二人は、それを見ていて思った。


 ──半年前と同じやり方だな


 占い師の女性がシスター・マヤの透き通るような白い手を見たとき、「純潔」という言葉が頭に浮かんだ。


「綺麗な手だね」


 彼女は、率直な気持ちが思わず口に出る。そして、シスター・マヤの右手の横に広がる空白を、じっと眺める。


「ほう」


 占い師は目線を下に向けたまま、シスター・マヤに予言する。


「あなたは、使者と遭遇するよ」

「ししゃ?」

「神様からの言葉を与えられた使者が、あなたの前にあらわれるだろう」


 占いというより、まさに予言だ。呆然となって話を聞いているシスター・マヤをよそに、彼女は話を続ける。


「その使者に会ったあなたは、使者から話を聞くだろう。たぶん、重要な……ん?」


 占い師の女性は、急に口をつむぐ。下を向いたままの顔が、不意に上を向く。

 彼女は、シスター・マヤの目をじっと見た。


「シスター。あなたはすでに、使者に会っているね」


 それを聞いて、唖然となるシスター・マヤ。さっきから、占いをしている彼女のいっていることが、よくわからない。

 使者とは神の使いではないかと思いはするのだが、そういう存在にすでに会っているといわれても、シスター・マヤにはまったく記憶にないのだ。


「シスター、あなたはその使者から、なにか重要な話を聞いてないかい?」

「いえ、私は……」


 占い師に尋ねられても、心あたりがまったくないシスター・マヤは、返答に困る。


「使者とは、マザーのことですか?」

「さあ。使者が誰なのか、私にはわからないが」


 シスター・マヤの問いかけに、そう答えた占い師は、ふたたび白い布に視線を落とす。なにも記されていないその空白には、占い師の彼女だけが見えるなにかが、示されているのだろう。


 おそらく文字であろうそれを、彼女の目が追っている。他人が見れば、とても不思議に思う光景ではある。


 ──シスターは、確かに使者に会っている


 占い師は、自分だけが読めるその文字を見ながら確信する。


 ──しかし、シスターには実際に使者と会った様子が見られない


 自分の占いに絶対の自信をもつ彼女は、混乱してくる。


 ──どういうことだろう?


 使者があらわれたからには、そう遠くない未来に、世界に多大な影響を及ぼすなにかが起こるだろう。


 全世界の食料事情に大打撃を与えるほどの異常気象か。あるいは、致死率が高く爆発的な感染力をもつ、新たな伝染病の発生か。それとも、世界中の国々が己れの正義を盾とする戦争がはじまるのか。


 いずれにしても、ただ事ではないなにかが必ず起こるにちがいない。

 使者は、そのことを誰かに伝えて広めるために、このシスターの前に姿を見せたのではなかったのか?


「…………!」


 占い師の顔つきが、急にこわばる。だが、うつむいている彼女のそんな変化を、誰も気づかない。

 数秒後、その顔はもとのやわらかな表情にもどり、シスター・マヤに向けられる。


「シスター、もういいよ。ありがとう」

「いえ」


 白い布から手をはなしたシスター・マヤは、メグの手をとって帰ろうとする。

 すると、占い師の女性は慌てたようにシスター・マヤを呼び止めた。


「シスター!」


 その声に、シスター・マヤとメグ、そしてボディーガードたちがふり向く。


「体には気をつけて」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 お礼の言葉をのこして立ち去って行くシスター・マヤを、占い師の女性は悲しみをたたえた目で見送りながら想うのだった。


 ──無事であれば良いが……


 彼女だけが知っている。


 ──本人の前では、とても話せない


 シスター・マヤには、死線が迫っていることを。



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