語れぬ未来
胸のポケットに入れたライターに命を救われたボディーガードが、右手の親指で自分の左胸を指しながら占い師に告げる。
「あんたのおかげで、命びろいしたよ」
「それは良かった」
笑みを浮かべる彼女に、男たちは話したいことが色々とあった。しかし、いま彼女が相手をするのは、彼らではない。
占い師は、赤いテーブルクロスの上に置かれていた巻物を広げる。その巻物は学校の卒業証書ほどの大きさであり、なにが記されいるわけでもなく、見た目はただの白い布きれである。
彼女は、自分から見て布の左上の部分を、己の左手で指差す。
「シスター、そこに右手を置いてくれないか」
占い師に指図されたシスター・マヤは、戸惑いをあらわにする。
「あの、私たちはお金が……」
「ああ、私が占いたいのだから、タダでいいよ」
そういう彼女に、シスター・マヤは困惑する。
──どうしよう
なにか変なことに巻き込まれているのではないかと思うシスター・マヤは、体も思考もそこで立ち止まり、占い師の言葉に躊躇する。
「大丈夫、なにも恐くはないよ。すぐに終わる」
不安が拭えないシスター・マヤだが、占い師の澄んだ瞳には、人をだます意図は感じられない。
そこへ、ボディーガードが占い師の女性を後押しする。
「シスター、この占い師は嘘をつかない。心配はいらない」
彼がここまでいうのは、彼女の占いが本当に的中する事実と、これからシスターたちの身に起こることを予言してくれれば、仕事がやりやすくなるからだ。
少女たちを危険から防ぐ確率がぐっと高くなるのであれば、それにこしたことはない。
シスター・マヤは、まだ困惑する想いが胸にのこっているのだが、「心配はいらない」という彼を信じて、おそるおそる白い布に右手をのせる。
ボディーガードの二人は、それを見ていて思った。
──半年前と同じやり方だな
占い師の女性がシスター・マヤの透き通るような白い手を見たとき、「純潔」という言葉が頭に浮かんだ。
「綺麗な手だね」
彼女は、率直な気持ちが思わず口に出る。そして、シスター・マヤの右手の横に広がる空白を、じっと眺める。
「ほう」
占い師は目線を下に向けたまま、シスター・マヤに予言する。
「あなたは、使者と遭遇するよ」
「ししゃ?」
「神様からの言葉を与えられた使者が、あなたの前にあらわれるだろう」
占いというより、まさに予言だ。呆然となって話を聞いているシスター・マヤをよそに、彼女は話を続ける。
「その使者に会ったあなたは、使者から話を聞くだろう。たぶん、重要な……ん?」
占い師の女性は、急に口をつむぐ。下を向いたままの顔が、不意に上を向く。
彼女は、シスター・マヤの目をじっと見た。
「シスター。あなたはすでに、使者に会っているね」
それを聞いて、唖然となるシスター・マヤ。さっきから、占いをしている彼女のいっていることが、よくわからない。
使者とは神の使いではないかと思いはするのだが、そういう存在にすでに会っているといわれても、シスター・マヤにはまったく記憶にないのだ。
「シスター、あなたはその使者から、なにか重要な話を聞いてないかい?」
「いえ、私は……」
占い師に尋ねられても、心あたりがまったくないシスター・マヤは、返答に困る。
「使者とは、マザーのことですか?」
「さあ。使者が誰なのか、私にはわからないが」
シスター・マヤの問いかけに、そう答えた占い師は、ふたたび白い布に視線を落とす。なにも記されていないその空白には、占い師の彼女だけが見えるなにかが、示されているのだろう。
おそらく文字であろうそれを、彼女の目が追っている。他人が見れば、とても不思議に思う光景ではある。
──シスターは、確かに使者に会っている
占い師は、自分だけが読めるその文字を見ながら確信する。
──しかし、シスターには実際に使者と会った様子が見られない
自分の占いに絶対の自信をもつ彼女は、混乱してくる。
──どういうことだろう?
使者があらわれたからには、そう遠くない未来に、世界に多大な影響を及ぼすなにかが起こるだろう。
全世界の食料事情に大打撃を与えるほどの異常気象か。あるいは、致死率が高く爆発的な感染力をもつ、新たな伝染病の発生か。それとも、世界中の国々が己れの正義を盾とする戦争がはじまるのか。
いずれにしても、ただ事ではないなにかが必ず起こるにちがいない。
使者は、そのことを誰かに伝えて広めるために、このシスターの前に姿を見せたのではなかったのか?
「…………!」
占い師の顔つきが、急にこわばる。だが、うつむいている彼女のそんな変化を、誰も気づかない。
数秒後、その顔はもとのやわらかな表情にもどり、シスター・マヤに向けられる。
「シスター、もういいよ。ありがとう」
「いえ」
白い布から手をはなしたシスター・マヤは、メグの手をとって帰ろうとする。
すると、占い師の女性は慌てたようにシスター・マヤを呼び止めた。
「シスター!」
その声に、シスター・マヤとメグ、そしてボディーガードたちがふり向く。
「体には気をつけて」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
お礼の言葉をのこして立ち去って行くシスター・マヤを、占い師の女性は悲しみをたたえた目で見送りながら想うのだった。
──無事であれば良いが……
彼女だけが知っている。
──本人の前では、とても話せない
シスター・マヤには、死線が迫っていることを。




