ある生徒の勝利
この手紙を読んでいるのは誰だか分からないが、この手紙は私の自慢でしかない。
そういう文面から始まったこの手紙は、不思議な自尊心があふれる文面だった。
私は孤独だった。
それを良しとした。
仲間を作らず、作れず、虐められるほど弱くなく、虐めるほど強くもなかった。
限りなく透明な物語の名もなき脇役。
それが私の名前だ。
私はこの学校が嫌いだった。
この故郷が嫌いだった。
私は私が大嫌いだった。
そんな私は明日卒業する。
だからこそ、こんな手紙を残そうと思った。
私にはライバルがいた。
いや、一方的に嫉妬していた奴がいた。
クラスの人気者で、頭もよければ運動もできる。
誰にも同じように声をかけて友達になる太陽のような奴だ。
そんな奴が明日の卒業式に居ない。
この学校に居ない。
この世界に居ない。
そいつは交通事故で去年この世から去っていたからだ。
世界はそいつが居ない事をあっさりと受け入れた。
涙を流したそいつの友達も今ではそいつがいないかのように笑っている。
多分覚えているのは私だけなのかもしれない。
私は孤独だった。
それを良しとしたのだ。
けど、そいつが孤独から引っ張り上げてくれた。
そいつがいなくなって、私は孤独が寂しいという事を知った。
そいつの人生は終ってしまったのに、私の人生はまだ続いている。
物語の主人公みたいな明るくて眩しかったそいつの物語は終ってしまった。
脇役でしかなかった私の、何もなく寂しい物語はまだ続いている。
だからこそ、卒業を機会に私は勝利をここに残そうと思う。
多分ここに帰る事は無いだろう。
大学のある都会に行き、そのままそこで就職するだろうからだ。
そして、大学でも、大人になっても、脇役でしかない私の物語は何も無く寂しく続いてゆくのだろう。
けど、それは続いてゆくのだ。
物語が終ってしまったあいつと違って。
私は勝利をここに残す。
孤独で、何も無く、脇役でしかない私の勝利を。
勝利を刻むことで、敗者としてあいつを記憶する為に。
私は、あいつみたいになりたかった。
あいつと共にこの先を進んでみたかった。
それをこの中に残してゆく。
これを読んだ誰かよ。
私の勝利を称えてくれ。
そして、敗者になったあいつの事を忘れないでくれ。
名前が書かれている訳でもなく、個人が特定できる訳でもない。
とはいえ、交通事故で亡くなったあたりから調べれば誰か分かる気もするが、私はそれをする気にも慣れなかった。
手紙を元々あったページに戻して本を閉じ、本のタイトルを見る。
『ポエニ戦争』。
挟んであったページの章を見る。
『ローマの盾』。
私は自分の顔が微笑むのを押さえきれずに、その本を元の場所に戻すことにした。




