保安隊海へ行く 29
「わかりましたよ。幹事さんには逆らえませんよ」
明らかに不服そうにアイシャから鍵を受け取った要が去っていく。
「このままで済むかねえ」
「済まんだろうな」
島田とキムがこそこそと話し合っているのを眺めながら、誠は島田が持ってきた荷物を受け取ると、大理石の彫刻が並べられたエレベータルームに入る。
「胡州の四大公って凄いんですね」
正直これほど立派なホテルは誠には縁がなかった。都立の高校教師の息子である、それほど贅沢が出来る身分でない事は身にしみてわかっている。
「何でも一泊でお前さんの月給くらい取られるらしいぞ、普通に来たら」
島田がニヤつきながら誠を眺める。
「でしょうねえ」
そう言うと開いたドアに入っていく三人。
「晩飯も期待しとけよ、去年も凄かったからな」
「創作料理系だけど、まあ凄いのが並ぶんだなこれが」
誠は正直呆然としていた。体調はいつの間にかかなり回復している。自分でも現金なものだと感心していると三階のフロアー、エレベータの扉が開いた。
落ち着いた色調の廊下。掛けられた絵も印象派の作品だろう。
「これ、本物ですかね」
「さすがにそれはないだろ。まあ行こうか」
誠の言葉をあしらうと、鍵を受け取って進む島田。
「308号室か。ここだな」
島田は電子キーで鍵を開けて先頭を切って部屋に入る。
「広い部屋ですねえ」
誠は中に入ってあっけに取られた。彼の下士官寮の三倍では効かないような部屋がある。置かれたベッドは二つ、奥には和室まである。
「俺らがこっち使うからお前は和室で寝ろ」
そう言うと島田とキムはベッドの上に荷物を置いた。
「それにしても凄い景色ですねえ」
誠はそのままベランダに出る。やや赤みを帯び始めた夕陽。高台から望む海の波は穏やかに線を作って広がっている。
「まあ西園寺様々だねえ」
島田のその言葉を聞きながら誠は水平線を眺めていた。




