保安隊海へ行く 28
「いらっしゃいませ」
誠がようやく地面の感覚を掴んだ目の前で、支配人と思しき恰幅のいい老人が頭を下げていた。思わず驚いてのけぞりそうになる。
「行くぞ、神前」
誠の手を引いてぞんざいにその前を通過しようとする要の顔を誠は驚いて覗き込んだ。こういうことには慣れているのだろう、別に何も思っていないというように建物の中に入る。そこにはロビーの豪華な装飾を見上げて黙って立ち尽くすシャムと小夏の姿があった。
「おい、外道!お前……」
しばらく言葉をかみ締めてうつむく小夏。
「実は結構凄い奴なんだな」
小夏が要の存在に気付いてそう呟いた。それに不思議そうな視線を送ると要はそのままカウンターに向かおうとする。
「まあな。ちょっと待ってなアタシの部屋の鍵……」
「待ったー!」
突然観葉植物の陰からアイシャ乱入である。手にしたキーを誠に渡す。
「ドサクサまぎれに同衾しようなんて不埒な考えは持たない事ね!」
しばらくぽかんとアイシャを見つめている要。そして彼女は自分の手が誠の左手を握っていることに気づく。ゆっくり手を離す。そしてアイシャが言った言葉をもぐもぐと小さく反芻しているのが誠にも見えた。
瞬時に顔が赤くなっていく。
「だっだっだ!……誰が同衾だ!誰が!」
タレ目を吊り上げて抗議する要。
「同衾?何?」
シャムと小夏はじっと要の顔を覗き込む。二人とも『同衾』と言う言葉の意味を理解していないことに気づいて苦笑いを浮かべるカウラ。
「そう言いつつどさくさにまぎれて自分専用の部屋に先生を連れ込もうとしたのは誰かしらね?」
「その言い方ねえだろ?アタシの部屋がこのホテルじゃ一番眺めがいいんだ。もうそろそろ夕陽も沈むころだしな……」
そう言ってようやく自分のしようとしていたことがわかったと言うようにうつむく要。
「そう思って部屋割りは私とカウラが要ちゃんの部屋に泊まる事にしたの」
得意げなアイシャ。さすがにこれには要も言葉を荒げた。
「勝手に決めるな!馬鹿野郎!あれはアタシの部屋だ!」
「上官命令よ!部下のものは私のもの、私のものは私のものよ!」
「やるか!テメエ!」
にらみ合う要とアイシャ。シャムと小夏は既にアイシャから鍵を受け取って、春子と共にエレベータールームに消えていった。他のメンバーも隣で仕切っているサラとパーラから鍵を受け取って順次、奥へ歩いていく。
「二人とも大人気ないですよ……」
こわごわ話しかける誠。すぐに要とアイシャの怒りは見事にそちらに飛び火した。
「オメエがしっかりしねえのが悪いんだよ!」
「誠ちゃん!言ってやりなさいよ!暴力女は嫌いだって!」
立ち尽くす誠。同部屋に割り振られて誠の鍵がないと部屋に入れない島田とキムがその有様を遠巻きに見ている。助けを求めるように誠が二人を見ても、二人はロビーに飾られた彫刻の下でぼそぼそとガラにもない芸術談義を始めるだけだった。




