保安隊海へ行く 115
「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいか?」
そんな要の言葉に胸をなでおろす誠。
「そんなにあからさまな顔していらっしゃると付け入られますわよ」
先頭を行く要を一瞥した後、茜は誠に耳打ちした。いつ来ても、保安隊男子下士官寮の駐車場は酷い有様だと誠も認めざるを得ない。雑草は島田の指揮の下、草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある保安隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。
しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰もの目を引き付けることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。
そのバイクのエンジンが二つも雨ざらしにされて置いてある。盗む人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用している要が、呆れたように肩をすくめる。
「鍵、開けましたわよ」
島田のバイクの部品の山を見ていた要が茜の言葉に振り返ると、そのまま助手席のドアを開けて乗り込んだ。誠は茜の乗るセダンの高級車に少しばかり遠慮がち乗り込み、慣れない雰囲気に流されるようにして後部座席に座った。
「まじめだねえ、やっぱり履き替えるんだ」
「司法に身を置く人間としては当然のことではなくて?」
そう言うと茜はキーを入れる。高級車らしい落ち着いたエンジンの振動が始まる。緩やかに車はバックして、そのまま空きの多い下士官寮の駐車場から滑り出した。
「要さん。お話があるでしょ?」
目の前を見つめながらハンドルを操る茜の手を軽く見やった後、要は頭の後ろに両手を持ってきて天井を見上げた。
「まあな……」
強力に吹き上げるエアコン。室温は次第に快適な温度へと近づいていく。
「オメエが腰を上げたってことはだ、それなりにやばい連中が動き出したと考えていいんだな」
「ずいぶんと要さんにしては遠まわしな聞き方ね」
茜は大通りに出るべくウィンカーを右に点灯させた。宅配便のトラックが通りすぎたのを確認して、左右に人影が無いのを確認するとそのまま車を右折させた。
「昨日みたいな法術適正者、それもかなりの手ダレがアタシ等の周りをうろちょろしてる」
「それだけで十分ではなくって?」
「いや、確率論的に法術適正のある人間なんてそうはいない。それなりの組織としてもあれほどの法術使いをそう大量に抱えているとは思えない。そうなるとそうちょくちょく襲撃するのはリスクが大きすぎることくらい連中も知ってるはずだ。それにこちらもアタシ等が護衛につく。昨日のギャンブルじみた襲撃があったとしてもこちらは本部に連絡するくらいの対応は出来るんだ」
「そうなると?」
「叔父貴が動き出せば奴等にとってはやぶ蛇のはずだ。あの化け物の相手が勤まる奴はそうは居ねえ」
そう言うと要は今度は手をダッシュボードの上に移す。
「そうおっしゃるけど、法術の存在が公になってしまった今ではどのような事態が起きたとしても……」
「それにしちゃあ、ずいぶん控えめな対策じゃねえか。確かに東和警察でも法術犯罪捜査部隊が一都三県で発足した。胡州の公安憲兵隊も法術対策室を立ち上げて人員の選定をすすめている」
「そうね、東和の反応は迅速だわ。どうせお父様が事前に幹部連に情報をリークしていたんでしょうけど」
茜はまったく動じない。ただ前を見てハンドルを切る。
「大麗、遼南、遼北、西モスレム、ゲルパルト。どこもそれなりに国家警察レベルではそれなりの対応をしている」
ここで要は言葉を飲み込んだ。茜のポーカーフェイスがいつまで続くか待っている。誠はそんな印象を受けた。
「でもよう、その親玉であるはずの同盟司法局の専任捜査官が二桁行かないってのはどういうことだ?各国の国益優先の人材配置が行われているのは百も承知だ。現状を作り出したのが叔父貴の独断専行なのもわかってる。しかし……でもそんな悠長なことを言っていられる状況なのか?」
要は抱えていた疑問を吐きつくしたとでも言うようにポケットからガムを取り出して噛み始めた。




