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「試合は中盤の第4試合! 冒険者チームは『正成』。対する我らが魔王軍は『第2貴族──エルトハルム・ディレイン』!」
そう呼ばれた2人が闘技場で向かい合う。
対戦相手のエルトハルムはゼノ同様に人に近い形態を取っている。
その腰には鞘に収まった刀が1本。
ヴァレリアもそうだったように近接戦闘を行う場合は大きくない方が便利なのだろう。
その一方で現れた正成の姿に仲間から驚愕の声があがった。
「えー! なんでござるの人女装してるの!?」
「まさかあれで相手の油断を誘うのが作戦とか言わないわよね!?」
「いくらなんでもマスターがそんな軽薄な策を弄するわけありませんよ」
まさかのまさかで油断を誘うための策なんだよな……
しかしリリィが余計なフォローを入れたせいでそうとは言い出せない空気になっている。
さてどう言い訳しようか……
「きっと正成が女装したかったんだろうな」
「…………お兄さん……嘘……」
「さすがにそれは苦しい言い訳であるな」
「やっぱりダメ?」
「当たり前じゃない!」
正成を犠牲にした嘘もサシャとアークを騙すまでには至らなかったようだ。
みんな一瞬そうなんだって感じの顔をしていたミリエリ姉妹みたいにアホだったら良かったんだけどな……
「まあ試合を見ていれば分かるよ」
「なんか煮えきらないね……」
「そうよね」
「マスターが私たちにまで隠すということは何か意味があるんですよ」
いや意味なんてないです。
ただその通りだと認めたくないだけなんです。
もうリリィさんは何も言わないでください。
そんなことを思うものの実際口にすることはない。
しようものなら魔王との戦い前に気力が尽きてしまうかもしれないからな。
まったくガラスのハートも大変だぜ。
「──結界が発動! それでは第4試合の開始です!」
そして戦闘がスタートした。
先に動いたのは正成。
何かを呟きながらエルトハルムの元へ歩いていく。
「あいつ何をしているのよ……隙だらけじゃない」
「ホントだよ……これでござるの人がやられたら三厳のせいだからね!」
なんでそう決めつけられてるんだよ。
実際にそうしろと指示を出したのは俺だけど、そんなこと言ってないのに決めつけられるのは心外だぞ。
「おっと、冒険者チームの正成選手は握手を求めているようです。──そしてそれを振り払った! エルトハルム様はもちろん馴れ合うつもりなどない。そしてそのまま剣を一閃だ──」
そう言ったところで実況の声が止まる。
そして刀を抜こうとしたエルトハルムも予想外の出来事に固まっていた。
「えっ!? 今何が起きたの!?」
「私にも分かりませんでした」
「いつのまにか正成殿が剣を奪っていたとしか分からないな」
「ちょっと召喚士! 私たちにも分かるように説明をしなさいよ!」
「一瞬で剣を奪い取っただけだ。気配を消せるあいつならではの奇策だな」
しかし正成が起こした行動はそれだけではない。
あまりにもおかしすぎるその状況に実況がいち早く気づいたようだ。
「おっと、どうしたのでしょうか!? 剣を盗まれたエルトハルム様がそのまま動かない。──いやこれは動けないのか!?」
そんなことを言っている間に正成は場外に剣を投げ捨てている。
それにはエルトハルムも怒り心頭のようだ。
「ふざけるなヒト種ごときがああああ!」
その咆哮とともにエルトハルムの口から魔力の塊のようなものが放出される。
そしてそれは背を向けた正成に直撃した。
「ここで起死回生の一撃! 直撃を受けた正成選手の姿は跡形もなく消え去った! これで試合終了だあ!」
その出来事に俺とサシャを除いた4人は口を開けたまま動かない。
聞こえてくるのはボルテージの上がった観客どもの声。
それを受けて俺はニヤリと笑うことを抑えきれなかった。
「──どうしてあんたは笑っているのよ! ござるが死んだのよ!」
「そうだよ! 三厳はそんなにござるの人のことが嫌いだったの!? 前もこんなことがあった時もそうだった──」
エリスはそこまで言ってようやく俺の笑みの意味に気づいたようだ。
それは実況も同じ。
別の理由でまだ試合が終わっていないことに気づいた。
「これはどういうことでしょうか!? 対戦相手が消滅したはずなのに結界が壊れません! エルトハルム様も未だに動かないまま! いったい何が起こっているというのか!?」
「…………お兄さん……これ……」
その時サシャが俺のローブを引っ張った。
彼女が持っていたのはリモコンみたいな物。
「…………音……大きくできる……」
うん。
なんでRPGに──しかも魔王城にテレビのリモコンみたいな物があるのかは分からないが、俺はそれを操作して音量を上げる。
するとステージ上の声が聞こえてきた。
「──まったく、どこを狙っているでござるか……拙者はこっちでござる」
「うわぁああ!」
声の主はもちろん正成。
呆れたような表情でクナイをエルトハルムの足に刺したことで悲鳴が上がっているのはみなかったことにしよう。
「なにだったか……正成殿は以前にもこういう風に攻撃を回避していた事があったな」
「そうね……ホント心臓に悪いわ」
疲れたような表情でアークとミリスが声を漏らしているが、今は戦闘の方に集中しよう。
「──お前は誰だ!」
「拙者は正成でござる。先ほどまで貴殿が見ていたのは拙者の分身でござる。──本当はこういう感じの声の女の子じゃないんです」
「なんということでしょう! 先ほどの攻撃で死んだと思われていた正成選手が生きています! それどころか女だと思っていた同選手は男だった! もう意味が分かりません!」
匠の腕によって女から男にリフォームされてしまったんだな。
こんなことを言っても誰にも通じないことは知ってるから口には出さないけどな。
「これ以上口から魔法を放たれても困るから背後に隠れているでござる。それと眠いから拙者は昼寝でもするでござる」
正成は余裕を見せびらかすようにエルトハルムの後ろで寝転び始める。
しかしそんな正成に対して、エルトハルムは足が固まってしまったかのように身動きを取ることができない。
「これはどうなっているのですか?」
「まず直撃したはずの攻撃をくらっていないのは正成が言った通りに分身していたからだ。前にジルバークの攻撃を受けた時は変わり身だったから少し違うんだが、変な術を使っているとでも思っていてくれ。──そして今あいつがあんな余裕でいられるのは影縫いの効果だ」
影縫い。
この技を使えるなんてことは俺も少し前までは知らなかった。
気がついたのはそれもジルバーク戦。
俺の攻撃をかわそうとしてかわせなかったあいつの変な動きを見たのがきっかけだった。
「影縫いって何?」
「どういう理論なのかは俺にも分からないが相手の動きを止める技だ」
「それで相手は動けないわけね……」
「マスターが正成さんをこの戦いに起用した理由はこういうわけだったんですね」
「それにしてもどうして正成殿はとどめをささないのであろうか?」
「それは俺からの指示だ。まだ条件が整っていなくてな」
まあその時は結構早く来ると思うけどな。
「──おい! 俺に何をした!」
「うるさいでござる!」
「うわぁああ!」
理由を聞いたエルトハルムに対して、正成はさっきとは逆の足にクナイを投擲する。
寝転んだ状態から正確に腱を狙って投げている当たりはさすがとしか言いようがない。
しかしそうじゃないだろ!
その場で軽く左足を地面に叩きつけてみるが、もちろん誰1人としてジャンプするやつはいない。
本来ならまずは俺がジャンプするべきなのだろうが、繰り返したところで変な目で見られるだけだから止めておこう。
「仕方がないでござるな……これは影縫いでござる。クナイで影を刺したらその影の主の動きを止めることができるのでござる」
「──いつの間に刺したのかは分かりませんがエルトハルム様の影には黒い武器のようなものが刺さっています!」
これで準備は整ったな。
観客からは「卑怯だぞ!」なんて罵声を浴びていてどちらが悪役かは分からないがな。
「拙者は忍。修羅の道に進み闇に生きる者。卑怯や卑劣は誉め言葉でござる」
そしてまた正成はクナイを投げる。
今度は右腕。
また「うわぁああ!」と悲鳴が上がった。
間違いなくあいつ楽しんでやがるわ……
「なぜひと思いに殺そうとしない!」
「こういう風にじわじわと殺す機会なんてめったにないでござる。楽しいでござる」
「頼む! 降伏するからもうやめてくれ!」
3本も身体にクナイを刺され、そろそろ出血がヤバイんじゃないかと敵の俺にまで心配されているエルトハルムは降伏を宣言した。
「仕方がないでござる。認めるでござる」
「──おっと、まさかのエルトハルム様が成す術をなくして降伏だ! それにしてもこの正成は鬼なのか! それとも悪魔なのか! 鬼畜過ぎるぞ!」
魔族に鬼とか悪魔とか言われるなんてな。
俺も昔言われたような気がするけど。
やっぱり一番怖いのは人間なのではないだろうか?
「──お、おい、待て! 責めて身体を自由にしてくれ!」
「そのクナイはもう少ししたら勝手に消えるでござる。少しは我慢するでござる」
そう言い残して正成は控え室へ戻ってくる。
エスシュリー(仮)を操作してようやくエルトハルムを解放した辺りのリスク管理はやはりメンバー1だろう。
「指示通り勝ってきたでござる。本当はもう少し遊びたかったでござる」
「鬼畜だな……」
「そうね。あんたたち2人は相当の外道だわ……」
「それは否定できませんね……」
なんで勝利したというのにこんなにも盛り上がらないのだろうか?
むしろとばっちりで俺まで巻き込まれてみんなからひかれているんだが……
「真正面から殺り合って勝てる相手ならこんな方法は取らないでござる。これも相手の力を認めているからでござる」
「そうだ。創意工夫をもう少し理解してほしいものだ」
そう弁解する俺たち2人を見る冷たい目は結局変わることはなかった。
もういいよ。
話を変えればいいんだろ。
「──次の試合はミリスに任せる。指示はエリスの時と同じだ」
「はぁ……分かったけど、できればあんな試合の後に戦いたくないわよ……」
気持ちは分かるが声に出さないでくれ。
そしてミリスが闘技場へと向かっていった。




