16
目の前には大きな河が流れていた。
その河を渡ろうと人々は長蛇の列をなし、最後尾に俺も並んでいる。
俺はどうしてこんなところで河を渡ろうとしているのだろうか?
ふと、そんな疑問が浮かぶものもこうしていることが正解なのだと本能は告げていた。
「──ター…………ター!」
そんなとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
しかし後ろを振り返っても誰もいない。
そこに広がっているのは──
あれ?
どうして後ろには何もないんだ?
見てはいけないものを見てしまった気がして目をそらすように前を向き直す。
大きな河に長蛇の列。
正確に言うならば血の色をした深紅の河に、骸骨がズラリと並んだ長蛇の列。
ここはもしかしなくても……
全てを思い出した。
俺はあの時レーグスに渾身の一撃を放って、そして倒れた。
そうか。
俺は死んだのか。
ここが噂に聞く三途の川なのか。
「──マスター! マスター!」
その声は今度こそはっきりと聞こえる。
聞き慣れたリリィの声。
まだ諦めるには早いよな。
俺はこの状況を切り抜けるために目を閉じて長考する。
どうすればいいのかなんて考えたところで分からない。
分からないはずだった。
でもどうすればいいのか。
それは本能が知っていた。
迷うことなく何もない後ろへと跳ぶ。
選択は正解だったのだろう。
その刹那──俺の視界は光りに包まれた。
「──マスター! マスター……良かったです」
瞳を開く。
まず最初に見えたものは泣きじゃくるリリィの姿だった。
これだけ心配させておいてこんなことをいうのはなんだが、相当酷い顔をしている。
目は腫れ、クマができ、肌が荒れている。
まるでそれは長い間寝ていないようで……
「リリィ。俺はどれくらい寝てたんだ?」
「…………」
しかしリリィからの答えはない。
緊張の糸が解けたのか、力なく俺の胸に倒れ込んで寝息をたてている。
「心配かけてごめんな」
すぐにでも起き上がって状況を確認したいところだったが、今はそれよりもリリィをゆっくり休ませてやるべきだろう。
俺はリリィの頭を労るように撫でながらそう伝わらない言葉を口に出していた。
「──ようやく起きたのね。ホントみんな心配してたんだから……」
「その声は……エリスか」
「拙者もいるでござる」
「その声は……誰だお前?」
「酷いでござる……拙者は正成でござるよ」
こんな掛け合いもどこか懐かしい感じがする。
それと同時に生きているんだなと実感して……
「ちょっと、なんで召喚士が泣いてるのよ!?」
「……泣いてない」
強がりました。
泣いてます。
「拙者は何も見ていないでござる。男は泣かないものでござるからな」
「ござるの人は少し黙ってて!」
「だから拙者は正成でござる……」
いつものことだが正成が少し不憫に思えてくる。
ゼノはともかく、エリスまで──
「エリス! ゼノは無事か!?」
「──俺を自滅して3日も寝たままだったやつと同じにするなよな」
「そういうゼノだって1日半動けなかったじゃん」
「それはどこぞの横暴召喚士が無茶な指示しか出さないからだ」
まったくそんなやつがいるのか。
酷いもんだ……
てか俺、3日も寝てたのか。
あの様子だとリリィは3日寝てなくてもおかしくないし、ホント悪いことしたな。
「とりあえず全員無事だったってことで一件落着だな」
「それがそうでもないんだよな」
「え、まだ何かあったのか?」
「あのクソドラゴンが約束を反故にして火口に逃げやがった」
「ああ……それならしばらくほっといていいよ。俺がまともに動けるようになった頃には約束通り仲間になってくれるから」
「どういうことだよ」
「子どもだよ、子ども。そのためにライドラはレーグスと戦う必要があったわけだしな。それに関しては折り込み済みだよ」
「そうならそうと先に言っとけよ……」
「ホントだよ……」
「まったくでござる……」
「言ったと思ってたわ……まあ、そんな俺にとって都合の悪い話はおいとくとして、何もしてないけどちょっと疲れたわ。少し休むから外しててくれ」
「そこのエルフはどうすんだ?」
「起こしたら悪いしそのままでいいよ」
「んじゃ俺たちは適当に時間潰しとくわ」
そういって我先にとゼノが部屋を出ていく。
察しがいいというか、ただ懶なだけかもしれないがこういうところはすごく助かる。
あまりうるさくしすぎてリリィを起こしたくはないしな。
まあ、ようやくこれで魔王城までの移動手段その2を手に入れたわけだが、まだ問題は山積みだな。
まずは冒険者7人のパーティーを作ること。
それもマンツーマンで戦えるだけの戦力を集めないといけない。
詳しいことは後々ゼノに聞いて対策をたてればいいが、少なくとも前線で戦える仲間が後2人は欲しい。
そして俺自身も戦えるようにならないといけない。
そろそろあのトラウマと向き合う覚悟を決めないとか。
辛いな……
どちらにせよ今は身体を休ませるのが先決か。
いい夢が見れますように。
そんなことを思いながら俺は目を閉じた。




