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「あれがナルガシークです」
ミュナーの町から20分ほど郊外に歩いた草原。
リリィがそこで目当てのナルガシークだと指差したのは、二面羊のようにモコモコな毛で覆われたモンスターだった。
なんというか、パッと見では期待はずれだ。
しかしRPGの世界では弱そうに見えるやつが実は強いということがあるらしいから油断はできない。
「あれを倒して毛皮を防寒に使うってわけか」
「そうです。ナルガシークは氷属性の呪文に対してはとても強いモンスターなので、その毛皮があれば雪山でも寒さを凌げると思います」
「なるほどな。それでどれくらい強いんだ?」
「正面からやりあった場合は900レベル相当の強さです。しかしナルガシークには致命的な弱点があります。実は下からの物理攻撃にとても弱く、毛深さのせいで視野がとても狭いんです」
「つまりは死角となる背後から回り込んで下から突き上げる攻撃をしたら簡単に倒せるわけか」
「そういう感じです。ただ足がとても短いモンスターなので、すごく低い位置から攻撃をしないといけません。また群れで生活している個体が多いため、あんな風に単体で行動しているナルガシークを見つけるのは至難の技です」
「それならあいつは群れに合流する前に潰しておいた方がいいな」
「はい、狩ってきます──」
リリィはそう言い終える前には既にナルガシークに向かって飛び出していた。
音で気付かれないように足音を忍ばせるものだと思っていたが、どうやら耳も悪いらしい。
リリィはスピードを殺すことなく短剣を抜くと、地面すれすれを這うようにその切っ先でナルガシークの後ろ足を払い上げた。
うん、その光景はなんというか、シュールだ。
身体をひっくり返されたナルガシークは短い足をバタバタさせている。
しかしいっこうに起き上がる様子はない。
羊はひっくり返ると自力では起き上がれないというが、今目の前で起きている現象はそれとまったく同じだった。
「とまあこんな感じですね」
「それであれはどうすんだよ……」
「あのまま放置していたら勝手に死にますし、あのバタバタしているのが目障りなら上から思いっきり刺しちゃってください。私的にはあのバタバタしているのがとても可愛らしいのであのまま毛皮だけを刈り取ろうと思います」
「可愛らしいってよりもかわいそうだな。まあ、殺さずに済むからありがたい話だけどな」
「それでは刈り取りしてきます」
リリィはバタバタしているナルガシークの毛皮を短剣で器用に刈り取っていく。
こういうのは慣れなのだろうが、ボタン1つで剥ぎ取りができるゲームって本当に楽なんだな。
今ならそう染々と思えるわ。
「これで刈り取り完了です」
リリィが毛皮を刈り取った後、ナルガシークの身体を再度ひっくり返した。
一目散に裸一貫で逃げ去って行くそれを見て「可愛いです」と言っているのにはもはや狂気めいた何かすらを感じる。
「これをどれくらいすればいいんだ?」
「2人分の素材を集めるなら40体ほどでしょうか」
「となると4人分だから80体か……骨が折れそうだな」
「4人ですか?」
「最悪の場合を想定したらな。もし移動呪文のポイントが見つからなかった場合は野宿をしながら先に進まないといけなくなる。そうなったら体力の消耗をいかに減らすかが大事になるわけで、リリィとゼノには交代で休んでもらわないといけないからな」
「それでもう一人は」
「正成だ。雪山を登るときにはクレバスに気を付けないといけないからな。忍者のあいつならそういう自然のトラップを見破るのに最適だし、いざというときには召喚を解除すれば死ぬことはないだろうから連れていく必要がある」
「マスターそういうところまで考えていたんですね」
「ああ、黒龍に出会えるまでに仲間が命を落とすようでは本末転倒だからな」
「そうですね。それではナルガシーク80体討伐。気合いを入れていきましょう!」
気が遠くなりそうな作業にもリリィのやる気は漲っていた。
正直なところリリィの強さがあれば80体の討伐は容易。
何か毛皮を簡単に剥ぎ取れる方法でもないかな。
そんなダメ人間の発想をしてしまうが、やっぱり現実は甘くないだろう。
「汝、我を、我が友を守る盾となれ──バリードシーク」
リリィが唐突に呪文を詠唱した。
唱えたのはバリードシーク。
ということは防御魔法である。
「これで万が一の際の保険は完了です。手荒い手段にはなりますが、群れを叩きにいきましょう」
「やっぱり単体行動をしているの80体じゃいつまで経っても終わらないか」
「はい。今日中に終わらせなければ後々に響いてきそうですからね」
足枷は1年縛り。
まあ、今さらゴタゴタ言ったところで時間の無駄だから標的を探すとするか……
「これでラストです。お疲れさまでした」
「ああ、お疲れさま」
手際よくナルガシークの毛皮を剥ぎ取っていたったリリィの奮闘もあってか、どうにか日が沈む前には80体分の毛皮を集めることに成功した。
内訳はリリィ64体。
俺16体。
改めて自分の不器用さを実感したが、精一杯やったから今はこれで許してほしい。
「それではミュナーへ戻りますね──さて、防具屋へ急ぎましょうか」
「そうだな」
「ところでマスター、今日は吐き気とか大丈夫でしたか?」
「ああ、血が流れなかったからそこまで問題はなかったよ」
「それならよかったです」
リリィの笑顔がまぶしい。
ホントよくこんな俺を見限らないよな……
結構自虐的な考えが頭を支配するようになってきてはいるが、それでも今日の風はどこか気持ちのいいものだった。
「──ほら、頼まれていた防具とあんたのローブの修繕は終わってるよ」
「ありがとうございます」
俺たちは声を合わせて礼を言うと防具を受け取る。
俺の手に帰ってきた月詠のローブはまるで新品のように綺麗になっていた。
職人の技術恐るべし。
「それで、素材は集まったのかい?」
「はい。これでお願いします」
「3着分といったところだね。明日の朝までにはなんとか仕立てておくよ」
「あ、いえ、すみませんが4着お願いします。リリィと同サイズを2つ、俺と同サイズを2つで」
「はいよ。ところでこっちはあんたが取ってきたのかい」
「はい。リリィと比べたら少ないですが」
「初心者ならこれでも上出来だよ。まあ、あんた一人の力でないにしてもね」
「ありがとうございます」
「ほら、今日はもう疲れただろ。さっさと宿に戻って休みな」
俺たちはまた店から追い出される。
しかしその言葉は1度目とは違いどこか柔らかくて……
こういう日もやっぱり悪くないな。
なんて感傷に浸りながら俺たちは始まりの街へと帰還した。
作品中での召喚士の台詞において、『消耗』という漢字に『しょうもう』とルビをふっています。
現在では『しょうもう』と読むのが一般的となっていますが、正しくは『しょうこう』です。
意図的に百姓読みを採用していますので悪しからずご了承ください。




