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「さて、仮定は済んだわけだが、問題はこれからどういう風にそれを証明していくかだな」
リリィがあの後もしばらく現実に戻ってこなかったせいもあり、店を出た頃には既に陽が傾き始めていた。
そして今は宿への帰路に着きながら話の続きをしている。
そんなところだった。
「どちらにしてもやるべきことは変わらず、しばらくはレベルを上げないといけませんね。レベルを上げることでマスターのスロットが解放されていくといいのですが」
「そればかりはやってみないと分からないからな」
あくまで仮定は仮定。
絵空事である。
スロットが解放されなかった場合は──
いや、今はその事を考えるのは止めておこう。
「それにしても既に宿を取ってあるなんてリリィは準備がいいな」
「もっと誉めてくれてもいいんですよ」
リリィは自慢気にえへんと胸を張る。
実際には揺れているんだがな。
「もしも俺が戻ってきていなかったら無駄になっていたかもしれないのに、リリィはすごいよ」
子どものように喜ぶリリィを見ているのもこれはこれで楽しいしもう少し誉めることにした。
実際、俺よりもリリィの方が歳上だという可能性もある。
むしろそっちの方が明らかに高いのだが、女性に年齢を聞くのは失礼だと誰かが言っていた気がするから気にしないでおこう。
「そこに関しては抜かりはありません。元々一部屋しか予約していませんからね」
なん……だと!?
聞き間違いでなければ、これはいつぞやの夜の再来ということになる。
あのときはそうする他になかったが、この子の貞操観念の無さははっきりいって異常ではないのだろうか……
「……なら、もう一部屋借りないといけないな」
「え、私は同じ部屋でも構わないと思っていたんですが」
「俺が構う」
動揺からか日本語が少し不自由になっている。
こういうときは素数を数えるべきだっけか?
まあ、そんなことよりもこの場合日本語がという表現が正しいのかどうかすらも怪しいんだが……
どちらにしろ、こんなくだらないことを考える余裕があるだけ幾分かはましになってはいるだろう。
「マスターは私と一緒では嫌……ですか?」
リリィは『うわめづかい』をはなった。
しょうかんしはこんらんしている。
現状を説明するにはこれで充分すぎる。
それほどに彼女の上目遣いは反則的なまでの威力を発揮していて。
「えっ、いや、嫌ではないけど」
声は思わず上擦る。
元の世界でこういった経験がないわけではないが、平常心が保てている自信はない。
「それなら一緒の部屋でもいいですよね!」
「う、うん」
リリィの満面の笑みとその勢いに気圧され、思わず肯定してしまった。
これは今夜も理性との戦いになりそうだ。
はぁ……
リリィに気付かれないように小さく溜め息を吐く。
「それではマスター、早く行きましょう!」
リリィは人の気持ちも知らず、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように軽快に歩を進めていく。
そんな背中を追いながら、外国人がキスやハグを挨拶がわりにするように、エルフの世界ではこれが日常茶飯事なのだろうと勝手に理解をすることにした。
それから数分後、目的地である宿屋につきチェックインを済ませ部屋で寛いでいた。
もちろん俺がではない。
リリィがである。
今もベッドに座り、この宿の案内を読んでいる。
「マスター、この宿混浴の温泉があるらしいですよ。一緒に行きませんか?」
「いや、行かないから」
やはりカルチャーショックに似た何かなのだろう。
ここに来て文化の違いというものをひしひしと感じている。
本音をいうなら混浴したいんだけどな。
「やっぱりマスターは私のこと嫌いなんですか?」
「ならどうして……マスターは私のことをやっぱり避けていますよね」
泣きそうな顔をしてリリィが近づいてくる。
なんというか思いもしない修羅場の様相。
そして部屋の端に位置取っていたことも相まってか逃げ場がない。
「リリィ、急にどうしたんだよ!?」
「私、マスターが戻ってこないかもしれないって不安だったんですよ。マスターがいなくて寂しかったんですよ──」
甘えるように擦り寄って来るリリィから逃れる術はない。
てか、リリィってこんな感じだったっけ!?
そう思ってしまった瞬間に1つの結論に至る。
「なあ、リリィ。もしかして酔ってる?」
「酔ってなんかないです。そんなこと言っちゃうマスターにはこうです」
明らかに酔っている人がいう酔っていないという否定をしたリリィはニヤリと笑う。
そして次の瞬間には唇を奪われていた──




