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「さて、仮定1つ目だ」
「仮定ですか?」
「ああ、色々と考え込んだところで結局は机上の空論でしかないからな」
「そうですね」
俺は一息に酒を煽る。
そして頭の中では固まり始めた可能性を話始めた。
「まずこの世界にはレベルアップの裏技がある。もしくはレベルという概念自体が飾りで低レベルでも魔王を倒すことができる可能性が高い」
「どういうことですか?」
「これには2個だけ前提条件が存在するんだが、そうでないと辻褄が合わないというのが一番の理由だな」
リリィは聞き入るように俺の話を静かに聞いていた。
とりあえず話続けるとしよう。
「まずこの世界には多種多様な種族が存在する。恐らくその中でも俺達人類は短命の種族だと思う」
「そんなに短いんですか?」
「ああ、平均でも80歳といったところ。その中で冒険ができる時間といえば半分以下に限られる。つまりここに1つ目の矛盾が発生するわけだ」
「?」
リリィは意味が分からないのか首を傾げるだけ。
もう少し詳しい説明をするとしよう。
「その矛盾というのは魔王討伐のために様々な世界から冒険者を集めている召喚士にやる気があるのかという話だ。俺がこの世界に来た経緯を考えるとその召喚士は任意に召喚を行うことができる。それにも関わらず短命の種族を召喚するというのはおかしいと思わないか?」
「……考えたこともなかったですが、確かにそうですね。そうすると、マスターが言う仮定が成立しない限り召喚する意味が確かに分かりません」
恐らくこの事に気付く冒険者は他にいないだろう。
下手をすると大本の召喚士すら気づいていない可能性すらも存在する。
「そこで前提条件の1つ目だ。俺やリリィは運良く魔王に直接会い、そのレベルを知ることができた。だからこそ今のペースだと攻略までに200年以上の時を費やすことが分かっているわけだが……」
「その事を知らないまま召喚が行われ続けているとなると打つ手がない……」
「そういうことだな」
こればかりは確かめようがない。
しかし、それ以上に厄介なのはもう1つの前提条件が外れている場合だろう。
「そしてもう1つの条件。俺達を呼んだ召喚士が本当に魔王を討伐する気があるということ」
「それは……」
リリィは思わず言葉を失う。
恐らくこの世界に来た誰もが疑うことのないその設問。
もしも、勝てもしない魔王に抗う冒険者を眺めて楽しんでいるようなやつが召喚士だった場合はもうどうしようもない。
最悪の場合は元の世界へと戻ることもままならず、この世界で朽ち果てていくだけ。
悲観はしたくないが、達観もできない状況に置かれている可能性は零ではない。
「そして仮定2つ目。リリィ、あの店主を殺せ!」
「えっ、マスター!? 何を言っているんですか?」
突然の命令にリリィは戸惑うだけ。
ここまでは予想通りだが、困惑するリリィが可愛いからこれはこれでありだと思う。
「冗談だ。冗談というよりは実験だな。仮定2つ目は同じ召喚士である俺が持つ可能性について」
冗談であったことにホッと胸を撫で下ろすリリィを見ていると本当に殺してしまっていた可能性も考えられ、それが現実にならないで良かったと思える。
この世界に法律がどのようなものかは分からないが、殺人教唆で牢屋に入れられるのは勘弁だ。
「召喚したものが忠実に命令を聞くかどうかを試してみた。これは魔王にしろ、リリィにしろ思うままには動かせないわけなんだが──召喚!」
「ワン!」
「お手」
「ワン!」
「寝転がれ」
「ワン!」
呼び出した犬に適当な命令を出してみる。
すると躾をしていないにも関わらず忠実に命令を聞いた。
こいつすごくかわいい。
「解除──といった感じに自分より弱いものに関しては命令に忠実に対応するみたいだ」
「つまりは……どういうことでしょう?」
確かにそれがわかったところで意味はないと思えるかもしれない。
俺が召喚できるのは魔王とリリィと犬。
そのどれを自由に操れたところで問題の解決には至らない。
魔王ならワンチャンあるかもしれないが、そもそも魔王よりも強くなれない限りその目はないわけだから考えるだけ無駄だろう。
「最後のこればかりは今から確かめようにも手段がないんだが、もしかしたら俺にも思い通りのものを召喚する力があるかもしれない」
しかし、これが事実であり、召喚するスロットを増やすことができるならば可能性は大幅に増えることになる。
「完全な裏付けとまではいかないが、まず魔王を召喚するときに強いやつを召喚したいと考えた。犬の時は何も考えていない。最後にリリィを呼び出した時は可愛くて強い女の子がいいなって考えていた。つまりは俺の思った通りのものが召喚できているといえるのかもしれない」
「可愛い女の子──」
リリィは俺の話よりも、可愛い女の子という言葉にすごく反応してしまっていた。
その照れている様子をしばらく見つめていたが、当分現実に帰ってくる様子はない。
「はぁ……」
思わず溢れてしまった溜め息に苦笑いを浮かべると、グラスに残った酒を飲み干し、柄にもなくフル稼働させた頭を休ませることにした。




