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「リアルパラレルグラウンド。通称RPGの世界へようこそ。私はナビゲーターのユリアと申します。この部屋では魔王討伐の旅を始める前のチュートリアルを受けることができます。ここに来るのが初めてではない方、チュートリアルなんて聞く必要のないという方はスキップ。チュートリアルを聞いてくださる方はスタートと発してください」
意を決してグリフィスの羽根を使用した俺を待っていたのは、いつかのあの部屋、いつかの質問。
答えは決まっている。
「スキップ──ただ、転送前に質問したいことがある」
AIに通じるか分からない選択肢を提示する。
以前から感じてはいたが、このシステムは役所の人間よりも融通がきくらしい。
「了解しました。それでは質問をどうぞ」
「外部からアイテムの持ち込みは可能か?」
「一部持ち込みができないものもありますが、大抵のものはこちらで申請して貰えればアイテムとして保存可能です」
「そうか。それなら元の世界の机の上に置いてある巻物とビニール袋の中身を持ち込ませてくれ」
「了解しました。中身は──」
「剣術書と食糧」
「かしこまりました。質問は以上でよろしかったでしょうか?」
「ああ」
「それでは転送を開始します──」
そして光に包まれる。
視界が回復したときには既に始まりの街へと降り立っていた。
「──マスター!」
それと同時に後ろからの衝撃。
うん、とても柔らかい。
「この胸の感触……リリィか」
「はい。しかしその判断の仕方はどうなのでしょうか?」
「さぁ? 本音を言えば声で判断したし」
「……普通はそうですよね」
何故か残念そうにリリィは身体を離す。
乗り気なのかそうじゃないのかよく分からない。
これがツンデレとか言うやつなのだろう。
多分。
よく分からないけど。
「それで、リリィはどうしてまだこんなところにいるんだ?」
「マスターが戻ってくるのを待っていたんですよ!」
「リリィ……そんなに俺のことを好きだったのか。ここまで思われているなんて俺も果報者だな」
「えっ、あっ、はい……」
リリィは顔を真っ赤に染め、か細い声で肯定する。
冗談で言ったつもりだったが、ここまでの反応をされるとこっちの方が恥ずかしくなるものだな。
「──ところでマスター。もう大丈夫なんですか?」
「んー、あっち戻って色々と吹っ切れた所はあるかな。でも完全に大丈夫かどうかは出たとこ勝負かもしれない」
「それはそうですよね。マスターは元々召喚士ですし、新たに前衛ができるメンバーを探せばどうにかなりますよ!」
慰めとは時に一層傷を抉る武器になる。
本人には自覚がない場合は、尚更抉られている気がしてならないのは世の常なのかもしれない。
「……探すとしたら剣士とか戦士みたいな感じか?」
「この辺りで仲間にできそうなのはそういったところですね。ミリスのような上級職持ちを仲間にできれば一番頼もしいのですが、どちらにしてもここで探すならマスターと同時進行で育成していかないといけないでしょうね」
「大変なんだな」
「大変なんです。というか何を他人事みたいに言っているんですか!」
うん、頬を膨らませて怒っているリリィも可愛い。
やっぱりあっちの世界にいたらこういうのはないからな。
こっちの世界の方が俺には合っているんだろう。
そんなくだらないことばかり考えていたら、リリィが本格的に怒り始めそうだったのでそろそろ真面目にやろう。
「仲間を探すにしても、このまま2人で冒険を続けるにしても、リリィには苦労をかけるな」
「楽な冒険はありませんから……」
「……それもそうか」
含みを持った一言。
過去の記憶。
知るよしもない何かがあったんだろうと察しがつく。
触らぬ神に祟りなし。
人の心なんて合歓の葉のように外部からの接触を避けるように塞ぎこむだけ。
そう、昔から何も変わらない。
「──それはそうと、今からどうしましょうか?」
「とりあえずはレベル上げが先決かな。仲間については急いだところでどうしようもないからな」
「マスターが戦陣に加われるかどうかの確認もしなければいけませんからね」
「は、はい。頑張ります」
一気に気が重くなってきた。
慣れるしかないんだよな……きっと。
「それでは、早速行きましょうか」
リリィに腕を捕まれ、いつものように光に包まれる。
景色は街中から広い草原へと移り変わった。
「あの……リリィさん?」
「これは予想外でしたね」
ゲーム風に言うならば『敵はいきなりおそいかかってきた!』という状況。
悠長に考えている暇もない。
「篩水流抜刀術、二ノ型──逆時雨!」
「ライニールアロン!」
ぶっつけ本番で目の前の敵を3匹同時に撃ち落とす。
正確に言えば撃ち上げた敵が重力に従って落ちた。
その傍らではリリィが光輝く無数の矢を放っている。
無慈悲ともいえる攻撃はその大半を壊滅させ、運良く生き残ったモンスターたちも退かせた。
「ふぅ……」
緊張の糸は解けた。
地べたに倒れこむ様に座り空を見上げる。
「マスター……やはり厳しそうですか?」
心配するように顔を覗きこまれる。
男らしく大丈夫だと言いたいところだが、今それを言ったところで信用してはもらえないだろう。
身体の震えは止まらない。
腰も抜けて動けない。
血がダメだと思って峰打ちの技を習得したが、結局手に響いた鈍い感覚も拒絶された。
俺には水を篩にかけることはできなかった。
「このままここに留まるのもなんですし、1度街へ戻りますね」
うまい返事の言葉すらも出てこない俺にリリィが優しく微笑みかける。
それが眩い光に消えていく最中、このままリリィが俺の元からいなくなるのではないかと不安にかられた。




