13
耳障りな断末魔。
異臭にも似た獣の臭い。
飛び散った紅い雫。
それは肌を伝い、不快感を煽る。
しかし何よりも鮮明にこびりついたのは、『お前は1つの命を絶った』と訴えかけてくる、手に残った感覚だった。
殺めてしまった。
猛烈に沸き上がってくる罪の意識。
自分が今まで一切の殺生をおこっていない聖人だなんては思わない。
これまで生きてきた中で鶏、牛、豚、魚……そう、様々の命を血肉の糧としてきた。
ならば今の俺に沸き上がってくるこの感情は何なのだろうか?
大義名分のない命を粗末に扱ったことに対してか。
はたまた、自らの手でその命を絶ったことへの自責か。
今の今まで目を背けて生きてきたその事の重要性が脳裏に焼き付いて離れない。
「──ター! マスター!」
鬼気迫る声で我にかえる。
上げた視線のその先には敵の姿。
反射的に左手を柄に当てる。
しかしそれ以上の事を身体が拒否する。
迫りくる鋭い牙。
思い出が走馬灯のように脳裏を巡る。
ああ、俺は死ぬんだな。
そう悟った刹那、光の矢が頬を掠めた。
「汝、我を、我が友を守る盾となれ──バリードシーク!」
リリィに助けられたことだけは分かる。
しかしまだ襲いかかってくる魔物の群れに足が竦んで動けない。
「マスター! 絶対に動かないでください」
リリィの声が後方から響く。
大丈夫、元々動けない。
そんな情けないことを思っているうちに次の詠唱が始まる。
「汝は全てを焦がす双龍の紅き牙──バームフレイヤ!」
大地を焦がす炎龍の行軍。
防御魔法で守られた俺だけを残して周囲は灰塵に帰す。
遅れて鼻腔を刺激する肉の焼けた異臭がより吐き気を装い、立っていることすらもままならない。
「マスター、とりあえず今日はもう切り上げましょう」
優しい声色とともに、彼女の小さな手が俺の手をつかむ。
光に包まれて移動する最中、繋いだ手越しに感じたものは安心ではなく、底知れぬまでの畏怖だった。
それから宿にチェックインを済ませた後、俺は1人部屋に閉じこもっていた。
済ませた……というよりは力なく俯いていた俺を見かねたリリィがそうした。
そういった方が正確かもしれない。
まあ、それもどうでも良いことなのかもしれないが。
「──マスター、入りますね」
ノックと呼び掛けの後、返答を待つことなくリリィが部屋に入ってくる。
俺は目を合わせることもなく、ただ壁にもたれているだけ。
冷静になろうとすればするほど、何かが身体の芯から沸き上がってくる。
「マスター、まだ冒険は続けられそうですか?」
続けたい。
そう思う気力すらも残っていない。
街は冒険を諦めた人間で溢れかえっている。
その中の一部になるというのも恥じるべきことではないのかもしれない。
もうやめてしまえよ。
そんな言い訳めいた思考ばかりが頭の中を巡っていた。
「この世界では優しさほど弱点になるものはありませんからね……残念ですが、私は翌朝には冒険に再出発しようと思います。冒険を続ける。ここに留まる。元の世界に戻る。どれも立派な選択だと思います。後はマスターが決めてください」
リリィはそれだけいって、何か羽根の様なアイテムのデータを送ると部屋を出ていった。
アイテム欄のトップに現れた『グリフィスの羽根』。
その効果は元の世界に戻ることができる。
「見限られたみたいだな……」
もう答えは決まっている。
後はそれを実行するだけ。




