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門の先に広がる世界は果てしなく青い。
空の青さなんてものは街の中からでも見えていたはずなのに、それでもモノクロの世界に色を足したかのように心に深く響いてくる。
「マスター、どうしたんですか? こんなところで立ち止まっていては何も始まりませんよ」
「……ああ、そうだな。それで今日はどうするんだ?」
「そうですね。まずは戦闘と武器の扱い方に慣れてもらわないといけませんかね。私もしばらくは試し切りをして武器を馴染ませなければいけませんし」
「今までリリィに頼りっぱなしで一切戦ってないからな。手始めにそこ辺りにいる弱そうなやつで腕試ししてみるわ」
俺が標的に選んだのはスライム状のモンスター。
スライムはモンスターの中でも最弱の部類だと相場が決まっている。
かのHPが10もない青いやつなんかがその筆頭だ。
「マスターがどうしても死にたいと言うのであれば止めはしませんけど……あのスライムはLV50相当の強さをもっていますよ?」
「えっ!? スライムなのに!?」
「マスターはスライムにどんな偏見を持っているんですか……」
そう呆れたように溜め息をつくリリィ。
『スライム=弱い』
定番RPGでのこの方程式は、今俺の前で音もなく崩れ去った。
「それならどの敵ならいいんだ?」
「本来ならLV30くらいまでは冒険に出ないことが鉄則なんですが、今のマスターなら二面羊や、そこにいるバーサクラビくらいならまだ戦えると思いますよ」
リリィの指す食指の先にいるのは大型のモンスター。
大きさ的にも、鋭く尖った牙的にも、虎のような獰猛な肉食動物を彷彿とさせる。
フォルムがウサギよりなことでまだどうにかなりそうな気がするが、俺が一人で冒険をしていたならば、まず始めにあいつを倒そうだなんてことは思いもしなかっただろう。
「あれ、強そうに見えるんだけど」
「だからこそ弱いんですよ」
言ってる意味がまったくわからない。
そんな顔をしていると、リリィが俺にも分かるように説明を始めた。
「この世界は弱肉強食です。その中でヒエラルキーの最下層にあたるのが新米の冒険者です。つまりはマスターみたいな人のことですね」
いや、これは説明と言うよりディスられてるだけなのかもしれない。
「そしてモンスターはそんな冒険者などの自分より弱い生き物を糧として生活をしています。なので弱いモンスターは襲われない様に強そうな風貌で威嚇をしますし、逆に強いモンスターは弱そうなフリをして獲物を待ち受けていることが多いんです」
当然の事ながら、生きるか死ぬかの日々を送っているのは俺たち冒険者だけではなく、モンスターも同様。
その中でより効率良く生き抜くためには騙すことは必須であり、それがこの世界のモンスターが遂げてきた進化なのであろう。
元いた世界でも背景に擬態してその身を守る昆虫などがいた。
つまりこれが自然界の中では至極当然のこと。
そんな単純なことを忘れているのは人間だけ。
どれだけ人間のエゴで形成された安全な世界で暮らしていたかが今ならばはっきりとわかる。
「つまりは強そうなフリをしている弱いやつを見極めて狙っていかないといけないわけだな」
「そういう感じです。大事なのは観察眼。それが劣る人間から次々と……」
リリィはそこまで口にして顔を歪ませた。
彼女も厳しい環境の中で今の今まで生き抜いてきてはいるが、その道中で俺の想像が及ばないような危機に扮したこともあっただろう。
トラウマの1つや2つあったって何もおかしくない。
「リリィ、試し切りついでに手本を見せてくれるか?」
「はい、では──行きますっ」
リリィは剣を抜くと祈るように何かをつぶやきバーサクラビと対峙する。
魔石によって装飾された柄。
そこから伸びる細い刀身。
御伽話から出てきたと錯覚するほどに絵になる彼女に思わず息を呑む。
一瞬生まれた隙を見逃すことなく、一気に距離を詰めると目にも止まらぬ早業でモンスターを両断した。
「まだまだですね……」
彼女は不満と共に血を振り落とし、鞘に剣を収めるとこちらにゆっくりと戻ってくる。
「お手本にならないとは思いますが、私の戦い方はあんな感じですね」
「ああ、明らかに俺にはできない芸当だよ」
圧倒的なスピードによる手数。
あまりにも早すぎて何回攻撃したのかすらわからない。
「マスターの場合は懐に入られないように距離を取ってください。最悪の場合は私が後方から支援するので安心してどうぞ」
「そうならないように善処するよ。それと1つ質問だ。俺にはリリィの剣が的に一切当たっていないように見えたんだが、あれはどういうことなんだ?」
「それは武器の性能ですね。刃こぼれしないように刀身の倍程度の範囲は属性空圧で攻撃が当たるようになってます」
「それは俺の武器もそうなのか?」
「マスターの武器も1.5倍程度であれば空圧が飛ぶと思いますよ。ただ、剣を振る速度に比例するので試してみないことにはわからないことが難点で……」
「とりあえずやってみるわ」
俺は試しということもあって、リリィが討伐したバーサクラビよりも1サイズ小さなやつに狙いをつける。
初めてだからこそ出し惜しみをするつもりはない。
左手を柄、右手を鞘に当ててしばらく静止。
間合いまではまだ距離がある。
こちらへ向かってくるスピードは速いが、なぜか心には余裕があった。
後2秒。
1秒。
今。
「抜刀!」
想像していた以上に俺の攻撃はうまくいった。
いや、むしろうまくいきすぎたというしかない。
その結果待ち受けていたのは災難だった。




