第四話
玄関で日向家に挨拶をして外へ出ると、空はすっかり暗くなって月が煌々と輝いていた。門から敷地外へと出ると、葉子が外まで見送りに来てくれた。
「夜月、今日は本当にありがとう! でも、お金とか払わなくて本当に大丈夫なの?」
「いいっていいって!」
「お前が言うなよな〜」
まあいいけど、と虎一は空を見上げながら呟いた。
「でもこの借りはテストの時にノートを見せてくれることで返してね♪」
「それくらいお安いご用だよ」
そう言って二人は笑い合った。
「それじゃ、見送りはここまででいいよ。それじゃ、また明日ね」
「うん、また明日〜」
葉子が手を振って家の中へと入っていった。それを見て夜月と虎一は日向家に背を向けて事務所へ向かって歩き始めた。閑静な住宅街を二人で並んで歩いていると、思い出したかのように虎一が口を開いた。
「そういえば、葉子さんの誕生日知ってたんだな。学校でお祝いとかしたのか?」
「いや、知らなかったよ」
「え、そうなの!?」
虎一は驚いて夜月の顔を見た。夜月はなんだか不機嫌そうな顔で前を向いていた。
「じゃあ、なんであのスマホが葉子さんへのプレゼントだって分かったんだ?」
「あれは当てずっぽうだよ。きっとああ言えば、純也さんは乗っかって来るだろうと思ったんだ」
「乗っかってくる? どういうことだ?」
虎一は何が何だか分からなくなってしまった。
「あのスマホは、おそらく別の人物へのプレゼントだったんだ」
「別のって誰の?」
夜月は一つため息を吐いて続きを話した。
「多分あれ、浮気相手へのプレゼントだよ」
「は? 浮気相手? 純也さん浮気してるの?」
「なんだよ虎一、覚えてないの?」
「何が?」
虎一はキョトンとした顔で夜月の顔を見下ろしている。
「事務所で見た書類だよ」
「書類……?」
「もう! 察しが悪いなあ。浮気調査の書類だよ!」
そこまで言われて虎一はようやく思い出した。夜月に手伝ってくれと手渡した浮気調査の書類だ。
「え、でもあれって、依頼は女性側からじゃなかったっけ?」
「浮気相手の写真もあったでしょ。あの写真、純也さんの顔だったよ」
「うそ!?」
そう言われればそうだったかも? と虎一は腕組みをして書類の内容を思い出そうとしたが、すぐに諦めた。
「相変わらず記憶力いいなあ」
「いや、調査対象の顔くらい覚えときなさいよ」
「いやあ、まだ調査始める前だから、書類をあんまり読み込んでなかったんだよね」
虎一は頭を掻きながら、申し訳なさそうに苦笑いした。
「え、ていうことは、純也さんが浮気してて、その浮気相手にスマホを買ってたってこと?」
「おそらくね」
夜月は指でピンと三つ編みを弾いて言葉を続けた。
「あのスマホ、SIMフリーの端末だったんだ。葉子は大手の携帯電話キャリアの電話回線を使ってたはず。しかも高校生だから親名義での契約のはずだよ。なのにわざわざSIMフリーの端末を購入するのはちょっと考えにくい。しかも純也さんはスマホに詳しくなかったみたいだから尚更だよ」
夜月は一息ついて虎一の顔を見上げて続けた。
「多分、あの端末は浮気相手におねだりされて買ったんじゃないかな? だから、あの端末を買ったことを家族に知られたくなかったんだと思う」
「なるほど……それなら、あんなまどろっこしいやり方をしたのも分からんでもないか」
中身を見られて何これ? と詰められたら言い訳できないもんなあ、と虎一は夜月の推理に納得した。
「まあ、あの場で暴露してやってもよかったんだけどさ、友人の家族の修羅場を目の前で見るのはちょっとキツいなあって思ったんだよね。だからああいう風に言ったんだよ。葉子もスマホが手に入って万々歳だし良かったんじゃないかな」
「でも、浮気かあ〜。なんかそんな風に見えなかったのにな〜」
「浮気なんて、しそうにない人がやるもんでしょ」
「まあ、確かにそうかもな……」
虎一はゲンナリとして項垂れた。
「それにしても、うちに来た浮気調査の相手が純也さんだったなんて、偶然にしちゃできすぎじゃないか?」
「世間は狭いんだよ」
そんなもんかなあ、と言って虎一は夜空を仰いだ。
「なんかあの浮気調査、やりにくくなったなあ」
「いや、逆にやる気出てきたよ。あの浮気調査、やっぱり手伝うことにするよ」
「え? なんでまた、どういう風の吹きまわしだ?」
夜月は虎一の顔を見上げながら目を輝かせて言った。
「私の友達を裏切る悪い男には、お仕置きをしてやらないとね」
嫌らしい顔してるなあと思いながら、虎一は背筋に冷たい何かを感じて震えた。
——一ヶ月後
「ヒマだあ〜」
夜月が接客用のソファに仰向けで寝転びながら嘆いていた。今日は日曜日なので、制服姿ではなく私服の黒いワンピース姿だった。
「暇なら浮気調査の報告書できたから一応確認しておいてよ」
「えー、めんどいからパス〜」
「やるなら最後までやってよ〜」
虎一が書類を持ってソファに向かい、夜月の顔の前に書類を差し出した。夜月は書類を面倒臭そうに受け取ると、ペラペラとめくって流し見た。
「やっぱ離婚とかになるのかな? そうなったら葉子さんショックだろうなあ」
「そうかもね。でも、ずっと父親に欺き続けられるよりはマシでしょ」
「まあ、そうかもしれんが……」
そう言って虎一はすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。
「ま、なるようになるでしょ。葉子もそんな弱い女じゃないしね」
ここ誤字があるよと夜月が指摘してきたので、虎一は慌てて机に戻って修正をかけた。
「いざとなったら、私が葉子を慰めてあげるさ。それがこの依頼の仕上げってことで」
そう言って夜月はソファから起き上がり、虎一の仕事机へ歩いて行き、書類を虎一の目の前に差し出した。
「次はもっと楽しい仕事を頼むよ!」
「楽しい仕事なんて滅多に来ないよ!」
虎一は差し出された誤字がある書類を掴んでシュレッダーへと流し込んだ。
その様子を横目に夜月がニヤニヤと笑いながら窓の方へ歩いていくと、ちょうどビルの入り口に入って来る人影が見えた。
「お! お客さんが来たみたいだよ! 面白い依頼だといいな〜」
夜月はウキウキと事務所の出入り口へと駆け寄って扉を開けた。
「ちょっと、勝手に出迎えないでよ!」
虎一はやれやれと思いながら、次の客を出迎える準備をするのだった。




