第一話
「ねぇ~なんか面白い仕事ないの~?」
暇を持て余した女子高生——藍衣夜月は横髪を三つ編みにした綺麗なロングの黒髪を散らかしながら、椎名探偵事務所の接客用ソファに寝転んでいた。
「ちょうどいい仕事があるぞ」
仕事机に座っていた巨漢が夜月に向かって書類を差し出した。
「こっちに持ってきてよ虎一」
「ワガママ女王様だなあ……」
夜月に呼ばれた男——椎名虎一は、ため息を一つ吐いて夜月の元へ歩み寄り、書類を手渡した。
「あんがと」
夜月は書類を受け取ってペラペラとめくった。
「浮気調査か〜」
夜月は不満そうな顔をしながら書類の中身を流し見した。
「女性側の関係者からの依頼か……あれ、相手の写真もあるじゃん。相手はいい年したオジサマかあ。それで?」
「浮気の証拠を掴みたいらしい。なんでもいいから写真や音声をご所望だ」
「そんなん張り込みするだけでいいじゃん。なんかつまんなそう。私はパス!」
夜月が書類をポイとテーブルの上へと投げ捨てた。そのまま夜月はうつ伏せになって足をバタつかせた。
ブブブ、ブブブ
突然、テーブルのスマホが振動し始めた。夜月が面倒臭そうに手を伸ばしてスマホを掴み、画面を確認した。日向葉子と表示されている。
「葉子から通話?」
訝しげな顔をしながら、夜月はスマホの画面をスワイプして耳に当てた。
「もしもし葉子? うんおつかれ」
そうして夜月は一言二言話すと、頭を掻きながらスマホの終了の表示をタップした。
「どうしたの?」
「葉子がなんか相談あるんだって。今からここに来るってさ」
「葉子って?」
「私の高校の友達」
「へえ。探偵になんの相談なんだろ。まさか浮気調査?」
「それは嫌だなあ。とにかく私、迎えに行ってくるよ」
夜月はソファから起き上がり、事務所の出入り口から外へと出ていった。
——十分後
「粗茶ですが」
「お前が言うなよ。はい、お茶どうぞ」
虎一が紅茶の入ったカップを葉子の前のテーブルへと置いた。葉子は学校の帰りなのだろう、制服を着ていて緊張した面持ちでソファに身を沈めていた。
「ありがとうございます。いただきます」
葉子はそう言って角砂糖を二つ入れ、ソーサーごとカップを手に取って口をつけた。
「お菓子もあるよ」
そう言いながら、夜月はテーブルのクッキーをパクパクと食べていた。
「お前のおやつじゃないんだぞ……」
「いーじゃんちょっとくらい。それで、相談って?」
もぐもぐと口を動かしながら夜月が話を切り出した。葉子は手に持ったカップをテーブルに置いてスマホを操作しだした。
「実は、家にこんな荷物が届いたんだけど……」
スマホに映し出されたのは一箱のダンボールだった。しかし、そのダンボールには仰々しい文字で「危険物!」と書かれており、虎縞のテープやバイオハザードマークまで貼られていた。
「何このゲームでおじさんが入ってそうな箱?」
「それを調べて欲しいんだ」
そう言って葉子はニコニコした顔を二人へと向けた。葉子の端正な顔立ちの笑顔に二人はなんだかドキリとしてしまった。
「これはいつ届いたんですか?」
「今日の朝です。気味が悪いってお母さんが怯えちゃってて……。私もどうしていいか分からなくて困ってたんです。それで、そういえば夜月が探偵の知り合いが居るって言ってたなって思い出して、電話したんです」
「なるほど」
虎一は写真を見ながら口に指を当てて考え込んだ。
「宛先とか、差出人とかは書いてなかったの?」
「うん。そういう情報は何も書いてなくて、宛先もうちの住所と「日向様宛」としか書かれてなかったんだ」
「そっかー。宅配業者に聞いてもわかんないかな?」
「郵便局が配達してきたみたいだけど、どうなんだろう? 個人情報だから教えてくれないかも」
「まあそうだろうなあ」
夜月はスマホから目を離してクッキーをもう一つ取って口に運んだ。こいつよく食うなと言わんばかりに虎一が夜月をジト目で見た。
「ご両親はなんて言ってるんですか?」
「お母さんが荷物を受け取ったんですけど、気持ち悪いからって近づきたがらなくて。多分、今も触っていないと思います。お父さんは仕事に行った後だったんで、まだ何も知らないと思います」
「そうですか……。じゃあまだ警察には連絡してないんですね?」
「はい。お母さんもあまり大事にはしたくないって言ってて、内々で解決したいみたいです」
「むぐむぐ。じゃあ警察は最終手段ということか。どうしたもんかねえ」
夜月は紅茶のカップをグイとあおって口の中のクッキーを胃の中へ流し込んだ。
「ま、ここでうだうだ悩んでも仕方ないし、実際に荷物を見てみようか」
「え、葉子さんの家に行くってこと? いいんですか?」
「あ、はい。元々そのつもりでしたから。うちに来て確かめてもらえると助かります」
「分かりました。それでは準備しますから少々お待ちください」
そう言って虎一は立ち上がり、倉庫として使っている隣の部屋へと入った。
「でも、もし爆弾みたいな危ないやつだったらどうしよう……」
「だいじょぶだいじょぶ。虎一は元軍人だから、そういう危険物の対応にも精通してるんだよ」
「そ、そうなの? すごいんだね……」
虎一は海外の特殊部隊に長いこと所属していた経歴を持っており、荒事やこういう特殊な任務にはめっぽう強いのだった。
「でも、夜月はどうやって虎一さんと知り合ったの?」
「んー? さあ、なんだったかなあ? 面白いこと探してたらいつの間にか一緒にいたんだ」
「えー、何それ?」
夜月が最後のクッキーを口に入れ、手をはたいて立ち上がった。そのまま机に立てかけてあった鞄を持って隣の部屋を覗いた。
「こいち〜、まだ〜?」
「ちょっと待ってよ。っていうか準備手伝ってくれよ」
「じゃあ先に外へ出てるね」
夜月はひらひらと手を振って部屋の扉を閉めた。
「この薄情ものー!」
「葉子行くよ」
「え? いいの? 手伝わなくて」
「いいのいいの」
夜月は立ち上がった葉子の背中を押して、事務所の扉から外へと出ていった。
「ちょっと夜月! 待てよ!」
そう言って、大きな鞄を持った虎一が夜月の後を追ってバタバタと事務所の外へ走り出た。




