事件簿1第3話
星乃宮さんがサラリーマン風のもう一人の男に羽交い締めにされ、首にバタフライナイフを突き立てられていた。
完全に俺のミスだ。
「お、おい! 動くな!」
男は星乃宮さんの喉元に、バタフライナイフを押し当てている。
俺は脇の下のホルスターから、グロック19のグリップをそっと握りしめた。
「動いたら! この女を殺すぞ!」
俺に躊躇はなかった、滑るようにグロック19を抜き放つと、銃口に素早くサプレッサーを取り付けスライドを引いた。
「別にいいぞ」
銃口を真っ直ぐ男の眉間に向け、わざと冷徹な笑みを浮かべてみせる。
「お、俺は本気だぞ……っ」
「俺も本気だ。俺が護るのは依頼人だけだ。その女性がどうなろうが俺には関係ない」
「本当に殺すぞ!!」
「東雲さん!! 萌々香を助けてください!!」
後ろから、神楽坂さんが涙ながらに必死に訴えてくる。
自分が被害者なのに、随分とお人好しだな。
「おい、依頼人から新しい依頼がきた。彼女を離せ」
俺は銃口を向けたまま、冷たく言い放った。
「ふざけるな! 撃てるもんなら撃ってみろ!」
男はナイフをこちらに向けて威嚇してくる。
その一瞬だけ、星乃宮さんの喉元からバタフライナイフが離れたのを俺は見逃さなかった。
ナイフに照準を合わせて、素早くトリガーを引く。
サプレッサー特有の、バチンっというこもった破裂音。
放たれた弾丸は、一直線にバタフライナイフの刃を捉え、それを粉々に砕き散らした。
男は一瞬驚いて、星乃宮さんを掴んでいた腕を緩めている。
「こっちに来い!」
星乃宮さんは男の腕を振り払うと、こちらへと駆け寄ってきた。
「ちくしょう!!」
慌てて逃げ出そうとする、男にめがけて俺はトリガーを引く。
弾丸が鼻先をかすめると、男は腰砕けになってその場に座り込んだ。
これでもう、男たちは戦意喪失したようだ。
「大丈夫? 萌々香?」
「……っ」
神楽坂さんが星乃宮さんに駆け寄ると、心配そうな顔して見つめていた。
「何でこんなことしたんだ?」
星乃宮さんにゆっくり近寄ると、俺は鋭い目つきをして重低音のハンサムボイスで尋ねた。
「……子供の頃から彩華と比較されてきた。でも、昔からいつも異性や同性から好かれるのは彩華……それが羨ましかったのよ……」
「えっ……?」
神楽坂さんは、とても驚いた顔をしている。
見事なまでの逆恨みだな。
「初恋の相手も彩華のことが好きだった、それから私が好きになる人はみんな彩華のことが好きになった、最近いいなぁって思った神崎さんでさえも!! イケメンで紳士でお金持ち!! すぐ好きになったわ!! それなのに神崎さんの目は彩華のことばかり見てた!!」
神崎って? あの神崎? ……おいおい、あれは相当な事故物件だぞ。
寧ろ、惚れられなくて良かったんじゃないかな? あんたの男を見る目大丈夫か?
それにあいつが見てたのは神楽坂さんじゃなくて、彼女の脱ぎ立ての下着だけだ。
「私は誰とも付き合う気なんてなかったのよ。特に萌々香が好きになった人とは……」
「それも気に食わなかったわ。私が好きになった人たち全員から告白されたのに、全部断ったもんね! なんでよ!」
「……萌々香。こんなこと言いたくはなかったけど、あなたが好きになった人って全員クズだったのよ」
「えっ……?」
「覚えてる? 高校一年生の時に萌々香が好きになった高橋くん。あの人三股してる上で私に告白してきたのよ」
神楽坂さんは眉間にシワをよせて、とても嫌そうな顔をしている。
「……えっ……そうなの?」
「後、高校二年生の時に萌々香が好きになった中村くん。あの人なんて五股してる上で私に告白してきたわ」
「…………」
星乃宮さんは、信じられないとばかりに呆然と立ち尽くしている。
うん、星乃宮さんに男を見る目がないのは決定的になったな。
俺はスマホを取り出すと、知り合いの刑事に電話をかける。
「俺だけど。お兄さん、今日はどんな色のパンツ履いてる?」
「いたずら電話なら切るぞ」
「ただの冗談ではないか。二人の女性に性行為を強要しようとした、男三人組を捕まえたから回収しにきてくれる」
「え、敦也。どういうことだ?」
「住所送ったからよろしくね」
「お、おい、待て……ツーツーツー」
少しすると、パトカーのサイレンが遠くの方から微かに聞こえてきた。
「あ、俺はいったん消えますので、後は頼みます」
俺は慌てて逃げ出した。
また説教されるのは嫌なんだもん。
林の中に隠していたFTR250に跨がり走り出すと、俺は事務所へと向かった。
事務所がある雑居ビルの前にバイクを停め、腹が減ったので一階のラーメン屋へと入った。
「へい! らっしゃい! って、てめえかよ!」
丸刈りの柄の悪そうな大男に、不機嫌そうな顔して出迎えられた。
琴乃の父親でこのオンボロビルのオーナーである、桜岡龍世だ。
いつも混んでいる店内は、今日は珍しく空いていた。
「随分と失礼な物言いだな。俺は客だぞ」
「金はあるんだろうな?」
「当たり前だろ。とりあえずビールの大瓶とチャーシュー麺と炒飯をよろしく。ふふふ」
俺は冷蔵庫からビール瓶を勝手に持ってくると、カウンター席に座り、ビールをコップに注いで一気に飲み干した。
フフン。仕事の後の一杯は美味いな。
「はいよ! チャーシュー麺と炒飯!」
俺はチャーシュー麺と炒飯を味わった。
相変わらず店はボロいが味は確かだ。
「親父。娘の教育はちゃんとした方がいいぞ」
「はっ! うちの琴乃はちゃんと立派に育ってるだろうが!! 人のことよりてめえは自分の心配しろ!!」
相変わらず面倒くさいな。
本当に親子そっくりだ。
でも、俺にはここがとても心地よい。
「琴乃は家か?」
「いや、お前のところ行くって言ってたぞ」
「おいおい、俺の事務所の合鍵を勝手に琴乃に渡すのはやめてくれ」
「あんな可愛いい子に懐かれて嬉しいだろ?」
「たくっ……親バカが」
「あいつは大人になったら美人になるぞ」
確かに美人にはなるだろうが、俺には全く関係ない話だ。
「はいはい。ごちそうさん。またな」
俺は会計を済ませると、階段を上り事務所へと帰った。
事務所に入ると、琴乃がソファに横になり小さな寝息を立てている。
俺はスーツの上着を琴乃にそっと掛けると、グロック19をデスクの引き出しにそっとしまう。
テーブルの上にスマホを置くと、ソファに腰掛け、煙草に火を点ける。
天井に煙を燻らせると、神楽坂さんからスマホに電話がかかってきた。
俺はスマホを手に取ると、電話に出た。
神楽坂さんと星乃宮さんを襲おうとした連中は警察に捕まったらしい。
星乃宮さんの事は被害届を出さなかったらしい。
よく言えば優しいが、俺から言えば甘すぎる。
あんな事があったんだ、私たちこれからも友達だよとはいかないだろう。
などと考えていたら、琴乃が目を覚ました。
「あ、敦也くん。帰ってたんだ。おかえりなさい! この上着ありがとう! 相変わらず優しいね!」
琴乃はスーツの上着をハンガーラックにかけると、俺の隣に座った。
「俺の事務所はお前の遊び場ではないぞ」
「最近、仕事だったから心配で……敦也くんの仕事って危険なことも多いから」
「もう、今回の仕事は片付いたから大丈夫だ」
「そうなんだ! 良かった!」
「お姉さんもこれで安心だね」
「……そうだな」
犯人は親友だと思っていた幼なじみだったが……。
「あ、お腹減ってない? 私、何か作ろうか?」
「お前の親父のラーメンと炒飯を食って腹一杯だから大丈夫だ」
「そうなんだ。美味しかったでしょ。うふふ」
「ああ、親父の性格はひねくれてるが、味だけは確かだからな」
「もう、敦也くんも性格はかなりひねくれてるよ」
「疲れたから少し寝る。お前は家に帰りなさい」
俺はソファの背にもたれ掛かると、そっと瞼を閉じた。
「もう、お風呂入って、ちゃんと奥のベッドで寝なさいよ」
「面倒くさい。おやすみ」
琴乃は俺の肩に頭を乗せると、もたれ掛かって甘えてくる。
俺は意識を手放すと、そのまま眠りについた。
窓から注ぐ、春の暖かな朝の日差しに顔をくすぐられ俺は目を覚ました。
気だるい瞼を開けると、横にいた琴乃の姿はなくブランケットが俺の体を包み込んでいた。
俺はソファから立ち上がり、シャワーを浴びに浴室へと向かった。
髪と体を洗いさっぱりした後、朝食を食べようとした時。
ドアをコンコン、と控えめにノックする音が事務所に響いた。
「はいはい。今、開けます」
俺がドアを開けると、聖母の微笑みを浮かべた神楽坂さんが立っていた。
「おはようございます。ふふ」
「……おはようございます。どうしました?」
「あ、あの、昨日のお礼にお弁当を作ってきたんで、お昼にでも食べてください」
神楽坂さんは耳まで真っ赤にして、ランチバッグを差し出してきた。
「……ありがとうございます。仕事なんで気にしないでください」
俺は戸惑いながらも、ランチバッグを受け取った。
「では、私はこれから仕事なので失礼します」
「は、はい。お仕事頑張ってください」
「また遊びに来ますね。ふふ」
神楽坂さんは嬉しそうに微笑むと、そのまま去っていった。
また遊びに来ますって言った? うちの事務所はテーマパークじゃないのだが……。
俺はランチバッグを見つめながら、ひとつため息をついた。
昼になり、神楽坂さんが持ってきてくれた弁当を食べることにした。
色とりどりの具材が、弁当箱の中に敷き詰められていた。
俺はとりあえず鶏の唐揚げを一つ箸で摘まむと、口に運んだ。
美味いな。
これ手作りっぽいな。
外がサクサクで中身はジューシー。
完璧である。
他のおかずも食べたが、どれも美味しかった。
ちょうど俺が弁当を食べ終えた頃、コンコン、というドアを叩く乾いた音がした。
お、もしかしてさっそく次の依頼かな?
「開いてますよ。どうぞ」
「お久しぶりです。敦也先輩」
ドアが開いて顔を出したのは、元同僚の花咲詩音だった。
髪をポニーテールにして、ベージュのジャケットとワイドパンツを着用した姿で俺の傍まで歩み寄ってきた。
「何の用だ?詩音」
「冷た言い方ね。事務所が閑古鳥鳴いているというから依頼を回してあげたのに」
「やっぱり神楽坂さんに、ここを紹介したのはお前だったか。余計なお世話だ」
「元彼女が少しでも力になれればと思って動いたんだけど、その言い方は酷くない」
「天才探偵の俺には依頼なんて、ちょっと待ってれば引く手数多でやってくるさ」
「そんなこと言ったって、次の依頼のあてなんてないんでしょ?」
「うっ」
痛いところを突かれた。
「また依頼回してあげるから安心しなさい。それじゃあね」
詩音は、嵐のように過ぎ去って帰っていった。
まあ、気長に待っていればまた依頼が来るだろう。
俺は煙草を口に咥えると、ジッポのライターで火を点ける。
天井に向けて、白い煙をくゆらせた。
読んでくださりありがとうございました




