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俺が彼を初めて見た時は絶望の中で自我を保つ気高きリーダーだった。
責任感がそうさせるのか、仲間を失ってもなお前へ進もうとする強い意志を感じた。
爽やかで実直。
それが牧村レンという男の第一印象だった。
次に考えが変わったのは遺跡の最奥でのことだ。
物言わぬ骸になった仲間達と会えなかったことによる喪失感。
自暴自棄に似た危うさを孕んでいた。
俺にその感情の全てはわからない。
実際にその状況になった事はないし、そこまで他人に執着した経験もないからだ。
だが。
最後となるであろうこの出会いは、俺の想像を遥かに超えるものだった。
遺跡の入り口。
ズルリ、ズルリと何か重いものを引き摺る音が響く。
暗闇から現れたのは、全身を返り血で赤く染めたレンだった。
その手には長剣が握られ、切っ先が石畳を削っている。
そしてもう片方の腕には、ぐったりとしたルカの死体が抱きしめられていた。
その表情は泣き腫らしている。
幼児のように顔を歪め、嗚咽を漏らしながらゆっくりと歩いてくる。
俺とミルはレンを待ち構えていた。
しかしその異様さに俺たちは絶句した。
レンが大切に抱きかかえているルカ。
守っていたはずの彼女の胸元からは大量の血が溢れ、既に事切れている。
その傷跡は深い。
遠目に見ても、この遺跡に生息する魔物にやられた傷ではない。
刃物による刺し傷。
それも、躊躇のない斬撃によるものだと直感した。
「うぁぁぁ、ルカ……ルカ……うぅぅぅ」
子供のように泣きじゃくりながら歩いてくる。
俺の背筋に冷たいものが走る。
「お前がやったのか……寄生されていたのはレンさん、あんただったとは」
俺はつい言葉を漏らしてしまった。
ミルも身構え、殺気を放つ。
ルカが宿主だと思っていたが逆だったのか?
レンが発症し、最初の犠牲者としてルカを殺したのか?
その言葉にようやくレンは反応した。
虚ろな瞳が俺達の方を向く。
焦点が合っていない。
「ううう、違うよぉぉ。僕は……僕は悪くない」
レンは首をブンブンと横に振る。
「ルカは……ルカは……こんなに愛してるのに……大牙の野郎を愛してたんだよぉぉぉ」
理解が追いつかない俺たちを置き去りにし、レンの慟哭は続く。
「死ぬ間際まであいつの名前を! 僕が守ったのに! ずっと見てたのに!」
そう言うと、レンは長剣から手を離した。
そして愛おしそうに抱きしめていたはずのルカの顔面を、拳で殴りつけた。
鈍い音が響く。
「なんで! なんでだよルカ!」
何度も。
何度も。
愛していると言った口で、愛しているはずの女の顔を原形がなくなるほど殴りつける。
肉が潰れる音が響き渡る。
寄生による精神汚染なのか。
それとも、極限状態での失恋が彼を狂わせたのか。
どちらにせよ、目の前にいるのはもう会話が通じる相手ではない。
「――あんたでも、ルカでも。どっちが寄生されていたってもはや構わないよ」
冷徹な声が響く。
ミルが前に出た。
彼女の手には武器がない。
紅蓮人の死体から回収した三つの魔石。
それらを取り込んだ彼女は、今や第五階位へと昇格していた。
彼女は手を前に出す。
彼女の特性は『魔法を素手で扱えるようになる』というものだ。
一見すれば地味な能力だが、その戦闘を見れば評価は一変する。
遺物による魔法発動。
前に出した彼女の掌の上には、赤黒い火球が生成されている。
通常、魔法は発動した瞬間に前方へ発射されることが原則だ。
ベクトルを持ったエネルギー弾として射出される。
しかし、彼女の魔法は素手で保持できる。
その利点は――身体能力の乗算だ。
彼女はその火球を大きく振りかぶり、レンへ向けて全力で投げつけた。
魔石により第五階位へ昇格した身体能力。
その腕力とスナップで加速された火球は、通常の魔法発射速度とは比較にならない初速でレンへ到達する。
物理的な投擲速度と、魔法自体の爆発力。
二つの破壊力が融合した一撃。
着弾と同時に爆炎が巻き起こる。
熱波が俺の頬を撫でる。
その瞬間にも、ミルは既に両手に次の火球を構えていた。
絶え間ない連撃の構え。
だが。
爆風が晴れた先に立っていたのは、無傷のレンだった。
「ぁぁぁ……待っててね。ルカ。僕が何度も殺してあげるから」
レンはいつの間にか長剣を抜き放ち、爆炎そのものを切り裂いていた。
物理法則を無視した剣技。
そう言うとレンは、邪魔だと言わんばかりにルカの遺体を横へ放り投げた。
そしてゆらりとこちらへ向かってくる。
「アァァァァッ!」
獣のような咆哮と共に地面を蹴る。
異常な速度。
だが第五階位に至ったミルも反応し、火球を盾に攻防を繰り広げる。
激しい戦闘音が響く中、俺は戦線を離脱した。
ミルは「寄生主がルカでもレンでもどちらでも構わない」と言っていた。
殲滅すれば終わる話だと。
だが俺はそうは思わない。
寄生する条件がおおよそでもわかっていない現状、不用意に殺せば何が起きるかわからない。
何よりレンの様子がおかしい。
話に聞いた桐生大牙の死に際は、ここまで狂っていなかった。
彼は理性を保ち、警告を残して死んだ。
俺は瓦礫の陰に転がったルカの死体へ駆け寄る。
顔面はレンに殴られ潰れているが、胸部は残っている。
俺はゴブリンを召喚し胸郭を開く。
答えはすぐに見つかった。
ルカの胸の中から、握り拳ほどの大きな魔石が出てきた。
紅蓮人のものと同等か、それ以上に育った結晶体。
確定だ。
寄生主はルカだった。
だが、事実は俺たちの想定よりも遥かに奇妙で、恐ろしい。
レンは寄生されていない状態で、宿主であるルカを殺している。
なぜ?
レンは「ルカが桐生大牙を愛していたから」殺したと叫んでいた。
痴情のもつれ?
違う。
あの怯えていたルカが、この土壇場でわざわざレンを逆上させるようなことを口にするだろうか?
「大牙を愛している」などと、殺される引き金を自ら引くような真似を?
魔物は生存本能の塊だ。
自ら死を選ぶはずがない。
選ぶとしたら、それが「生存」に繋がる場合だけだ。
一つの仮説が脳裏に浮かび、背筋に冷たい汗が流れる。
紅蓮人の全滅。
桐生大牙の死。
そして今回のルカの死。
寄生体は、より強い宿主を求める。
だが好き勝手に乗り移れるわけではないとしたら?
寄生条件には、明確なトリガーがある。
それは――。
「殺されること」
宿主を殺した相手に、その因子が寄生するのだとしたら。
ルカはレンに殺されるために、わざと彼を狂わせたのだとしたら。
今、ミルの目の前で剣を振るっているレンの中には。
既に「それ」が入り込んでいる。




