32
遺跡の夜は重く冷たい。
俺たちは石室で就寝した。
目が覚めモゾモゾと活動し始めたのは全員同じ頃合いだったと思う。
俺以外の三人が昨晩どれほど深く眠れたかは定かではない。
隣に「混ざりもの」がいるかもしれないという極限のストレス下だ。
浅い眠りを繰り返していたとしても不思議ではない。
冷たい鼻先で突かれ俺は瞼を開けた。
森林狼が静かに俺を見下ろしている。
「……ああ、朝か」
体を起こすとゴアデビルが影のように寄り添う。
生理現象には勝てない。
俺は他のメンバーを起こさないよう静かに立ち上がり、用を足すために部屋を出て少し離れた瓦礫の陰へと向かった。
用を済ませ冷たい空気で肺を満たす。
思考がクリアになるにつれ昨夜のミルの言葉が蘇る。
『翡翠の二人のうちどちらかが魔物』
その疑念は棘のように心に刺さったままだ。
戻ろうとしたその時だった。
石室の方から悲鳴にも似た甲高い声が響き渡る。
何事だ。
俺はゴアデビルと共に駆け足で戻る。
入り口をくぐり抜けた先で目にしたのは、決定的な亀裂だった。
「やっぱり! 混じっているのは貴方なのね!」
「ルカ! 落ち着け! それ以上は言うな!」
ルカは半狂乱で叫び、レンが必死にその体を抑え込んでいた。
彼女が震える指先で突きつけている糾弾の矛先。
それは壁際で腕を組み、冷ややかな視線を送るミルであった。
異様な光景だ。
ルカの目には涙が浮かび恐怖で瞳孔が開いているように見える。
対するミルは特段の焦りも取り乱した様子もなく、ただ黙ってルカの方をジッと見据えていた。
その沈黙が余計に場の空気を張り詰めさせている。
「レンもそう思うよね!? あんなのおかしいよ!」
そう言いながらレンの胸に顔を埋めるルカ。
俺はその異様な熱量に気圧されつつもレンに歩み寄る。
「……何があったんですか?」
俺の声にレンが苦渋に満ちた顔を上げる。
彼はルカの背中をポンポンと宥めながら、事の経緯をポツリポツリと語り始めた。
「……どうやら、ルカは見ていたらしいんだ。昨夜ミルさんが寝静まった後に何処かへ出かけたのを」
レンの視線が彷徨う。
信頼したい気持ちと疑念の板挟みになっている男の顔だ。
「だからそれを『何をしていたのか』と聞いた。ただそれだけだったんだが……」
――答えない。
レンの言葉の先にある沈黙が全てを物語っていた。
「確かに昨夜、ミルさんが長時間帰ってこなかったのは俺も確認している」
レンは俺に同意を求めるような視線を送る。
「アキ君も気づいていただろう?」
俺は曖昧に苦笑いを返した。
知っているわけがない。
警戒は全て召喚獣に丸投げし泥のように眠っていたのだから。
だがここで「爆睡してました」と言うわけにもいかない。
俺は肯定も否定もせず、ただレンの言葉を待つ。
レンは俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、意を決したようにミルへ向き直った。
「ミルさん。昨夜は何をしていたのですか? 言えないようなことなのですか?」
石室に重い沈黙が落ちる。
ミルの視線が俺を一瞬だけ掠めた。
その瞳には僅かな落胆と、冷徹な理性の光が宿っている。
その沈黙は、今のルカにとっては格好の燃料だった。
「……」
「ただでさえ今は非常時だ。お互いの信頼だけが命綱なんだ。迂闊な単独行動や秘密は控えて頂きたい」
レンは努めて冷静に、リーダーとしての威厳を保とうとした。
これ以上の追及は危険だと判断したのか、話を切り上げようとする。
だが、ルカはそれを許さなかった。
「ねぇレン! おかしいよ! 何の弁明もないなんて、絶対にありえない!」
ルカがレンの腕を振りほどき、金切り声を上げる。
「私は怖い! こんな得体の知れない人と一緒に行動なんてできない!」
決定的な拒絶。
仲違いを確定させる一言。
その言葉を聞いた瞬間、ミルの雰囲気が変わった。
張り詰めていた糸がプツリと切れたような、あるいは諦めがついたような。
彼女はようやく重い口を開いた。
「……わかったわ」
彼女の声は驚くほど平坦だった。
濡れ衣を晴らそうとする必死さも、怒りもない。
ただ事実を受け入れるだけの無機質な響き。
「私は来た道を戻る。あなた達とはここまでね」
「ミルさん、待ってくれ! そこまでしなくても……!」
レンが慌てて止めようとするが、ミルは拒絶するように片手を挙げた。
「いいの。あの子の言う通り、私が去るのが一番合理的」
そう言い切ったミルは、常と変わらず平静を保っていた。
ミルは荷物をまとめると、迷いなく出口の方角へ歩き出した。
たった一人で。




