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「すまんな、水龍」
合流してきた水龍に、社長が短く声をかけた。
「今日は昼過ぎまで寝て、パチ屋でも行こうと思ってたから、逆に良い休日になるかもなァ」
豪快に笑いながら、水龍が片手を上げる。
身長は二メートルを優に超え、浅黒い肌に長髪を後ろで一括りにしたいつものスタイルだった。
今日は休日だったからか、服装だけはアロハシャツに短パンという軽装になっている。
……まだ夏じゃないぞ。
そう心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。
「よォ、アキ」
水龍の体躯が大きいせいで、その声が遥か上空から降ってくるような気がする。
俺たち三人は、そのまま社長の車に乗り込んだ。
助手席には窮屈そうに脚を折り畳んだ水龍、後部座席に俺。
社長がハンドルを握り、車がゆっくりと走り出す。
平日の昼間の道は空いていて、交差点の信号を律儀に拾いながら新栄方面へ向かっていく。
「ロレーヌが居たダンジョンは、新栄の管理所奥の会議室が入り口だろう。どうやってそこまで入り込む?」
水龍の問いに、運転席から社長が答える。
「あくまで、俺たちが攻略した後のダンジョンがしっかり破壊されてるか、この目で確認するだけだ。正攻法を使う」
「管理所で権限使って突破って事な。了解」
水龍が納得したように頷いた。
「……いえ、新栄ではなく。浜松の管理所へ向かって下さい」
俺ははっきりとした口調でそう告げると、バックミラー越しに社長の視線が刺さった。
「……理由は?」
咎める響きはない。ただ、確かな疑問だけがある。
「ロレーヌへのダンジョンは確かに新栄の管理所から入りました。ですが、そもそも管理所本部の会議室に都合よくダンジョンが出来る方がおかしいんです」
俺は窓の外を流れていく街並みを見ながら、ゆっくりと言葉を選んだ。
「まぁ、それはそうだが、中にいたのがロレーヌだったからな。そういうもんだと思っちまったな」
水龍が腕を組んで唸る。
規格外の存在を前にすると、人間はその周囲の細かな異常を飲み込んでしまう。
ロレーヌという存在の異様さが、他の異様さを覆い隠してしまっていたのだ。
「待て待て、理由になってねえぞ。おかしいから、なんなんだ?」
社長の声には、探索者としての鋭さが戻り始めていた。
「あのダンジョンは、元々他の場所に出現したダンジョンでした。何らかの方法で、入り口をあの会議室へと変更していたんです」
「何らかの方法って……」
「浜松ダンジョンに行ってください。そこに、青木という男が隠していた、ダンジョンへの転移遺物があります」
俺は迷いなく言い切った。
社長と水龍が、示し合わせたかのように同時に息を吐いた。
それ以上の追及はなかった。
俺のこれまでの判断が、何度も正しかったことを二人は知っている。
経緯の説明を省いても、行動だけは信頼する。
その無言の了承が、車内の空気に静かに滲んでいた。
社長は次の交差点で無言のままウインカーを倒し、車を浜松方面へと向けた。
浜松ダンジョンの管理所に到着し車を降りた。
敷地は封鎖の黄色いテープで囲まれており、入り口の前には警備の男性が一人だけ立っている。
車を降りた社長と水龍が、連れ立ってズカズカと中に入っていく。
その迫力に、警備の男性が慌てて両手を広げた。
「現在ここは封鎖中になります。どなたも入れません」
社長と水龍が足を止めた。
水龍の眉が僅かに動く。
この男を力任せに押し退けようか、という気配が滲み始めた、その時だった。
警備の男性の視線が、二人の後ろに立っていた俺に向いた。
その瞬間、男性の顔つきが明らかに変わった。
「おや、あなたは……どなたですか?」
先ほどまでの硬い態度が嘘のように、声色が柔らかくなっている。
「……? 春花アキと言いますが?」
名乗った途端、男性の顔に満面の笑みが広がった。
「あぁ! アキさんのチームですか! どうぞどうぞ!」
先ほどまで「どなたも入れません」と言い切っていた人物が、手のひらを返したようにダンジョンへの侵入を許可した。
テープを持ち上げ、わざわざ道を空けてくれる。
「なんだァ? アキの知り合いか?」
不思議そうな顔でダンジョンゲートへ向かって歩き出した水龍が、俺にそう尋ねてきた。
「知り合いのおかげではありますね」
俺は小さく答えた。
青木は、転移遺物の捜索は自分に一任してくれと言っていた。
この管理所付近の人間は、知らず知らずのうちに全て青木の幻覚の手中にあったという事だ。
あの男が遺していったものが、今もこうして機能している。
俺たちはそのままダンジョンゲートを潜った。
ゲートの向こう側は、二度目の暗黒街だった。
黒く澱んだ空気、歪んで建ち並ぶ廃屋、饐えた臭い。
以前、青木と共に潜った時と何一つ変わらない異形の街が、俺たちを迎え入れる。
一度目と違い、今度は俺たちを阻む者は一切いなかった。
俺を先頭に、三人は真っ直ぐ煌矢の元アジトへと向かう。
廃墟と化した地下への入り口は開きっぱなしだった。
中にも誰の気配もない。
俺は迷うことなく奥まで進み、ある部屋へと足を踏み入れた。
ここに足を踏み入れた時、俺の目にはただのガラクタにしか映っていなかった代物が、今ははっきりと姿を現していた。
鉄板を幾度も貼り付けて補強したような、無骨な金属の土台。
人間が数人ほど乗れる程度の広さがある。
触れた瞬間、情報が脳内へと流れ込んできた。
【効果】
ゲートを作成する。現在は ダンジョンへ繋がっている。
接続先のダンジョン名にあたる部分は、情報として認識できなかった。
その箇所だけが、意図的に塗り潰されたかのように曖昧にぼやけている。
――これだ。
「これが、ロレーヌのダンジョンに繋がってると思うか?」
同じく遺物に触れて効果を確認した水龍が、低い声で問うてきた。
社長は遺物の周囲をゆっくりと一周し、その表面を丹念に観察していた。
やがて身を屈め、土台の側面を指で撫でると、そこに刻まれた何かを指し示す。
「ここに製造番号が彫られている。遺物に後から彫ることは出来ない。元々彫られた状態で誕生したわけだ。したがって、この遺物は人造遺物で間違いないだろう」
社長は立ち上がり、水龍に向き直った。
「情報の流れから言うに、ロレーヌのダンジョンに繋がってる可能性は非常に高いだろうな」
俺も、触れて得た情報から同じ結論に辿り着いていた。
この遺物は、それ自体が独自に転移先を決められるタイプではない。
むしろ子機のようなもので、どこか別の場所にある親機が設定した転移先にのみ接続される構造だ。
水龍が大きく息を吐いた。
「ダンジョンに入る予定はなかったが……入らざるを得ないな」
そう言うと、水龍は躊躇いなく土台の上に足を乗せた。
俺たちは当初、踏破した後に管理所によって処理されたはずのダンジョンが、本当に破壊されて消滅しているかを確認するだけのつもりだった。
新栄の会議室を覗き込み、ダンジョンの残滓がないことを見届ければ、それで今回は終わるはずだった。
だが、こうなってしまっては話が変わる。
実際にゲートを起動させ、繋がる先を自分たちの目で確認しない限りは。
――覚悟を決めるしかない。
「三人、同時に行きましょう」
俺も土台に足を乗せた。
続いて社長も、ゆっくりと足を踏み入れる。
成人男性三人が乗り込むと、土台の上はやや手狭だった。
互いの肩が触れ合う距離で立ち、俺は遺物の起動を意識する。
脳の奥で、起動の感覚が確かに伝わった。
目の前の景色が歪んだ。
部屋の壁も、床も、天井も、全てが水面に映った像のように揺らぎ、色彩が溶け合い、混ざり合う。
足元から吸い上げられるような浮遊感が全身を包み、意識が一瞬だけ真っ白に漂白された。
そして、次の瞬間。
俺たちは、別の場所に立っていた。
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