第8話 空母とミサイル
2018年12月24日月曜日。
天皇誕生日が日曜日だったので今日はその振替休日だ。
昨夜の会合に出なかった藤田と吉田は、横浜の磯子で、ヘリコプター空母の「いずも」がカタパルトを追加されて、戦闘機の離着陸が可能な本格的な空母に改造された事実をつかんで戻ってきた。一方、種子島に行っていた矢田部は、液体燃料のH-IIA型ロケットが大陸間弾道弾として流用できる固体燃料のH-IIM型へと改造されていた事実をつかんだ。
横内氏宅の応接間には、これらの情報を報告するために藤田、吉田、そして矢田部が集合している。特に呼ばれたわけではないが、俺、武田、浅井中佐、そして益美も横内氏宅にいる。
俺はクリスマスイブだというのに横内氏宅にやって来た益美に言った。
「益美さんは、クリスマスイブだというのに、こんなところにいていいの?」
「あら、知らないの、私の店は、日曜祝日は休みよ」
「いや、そういう意味じゃなくて、彼氏とかさ」
「男も見過ぎると選ぶに選べなくなるし、浅井中佐殿に騙された一件もあるし、私に稼ぎがあるから働き者の男を彼氏にしても怠けるようになるしさ、ま、そういうわけで、ここにいるわけよ、悪い?」
浅井は、また自分の醜態を益美に指摘されてウンザリ顔だ。
「俺の件はもういいだろ、少ない髪の毛もむしられたことだしさ」
しかし、事情を知らない横内には何のことだかわからない。
「えっ、それ、なんの話?」
益美は何故だか浅井との過去には触れなかった。
「ううん、なんでもないわ、さっ、本題に入りましょうよ」
藤田と吉田は空母「いずも」のカタパルトの話を、そして矢田部は大陸間弾道ミサイルそのもののロケットの話をした。
浅井はそのような軍事的に重要な話を知らなかった。
「へえ、それは大ごとだな、初めて聞いたよ。それが事実なら、我々軍人にとっても物騒な話だな」
益美は、軍事上の一大事を知らない浅井のことを意外に思った。
「ねえ、浅井さん、ほんとに知らなかったの?」
どうやら、自衛軍には中佐殿でも知らないことが多々あるらしい。
「俺は陸軍の人間だけど、空母は海軍、そして大型ミサイルは空軍と海軍の管轄だからね。その海軍や空軍にしても、そのような軍事機密となると、幹部の一部しか知らないだろうな」
浅井中佐の言葉に反応して武田が浅井に聞いた。
「これって、使えそうなネタかな?」
浅井が答えた。
「日本国民に対しては、もちろん極めて有効なネタだと思うよ。でも、アメリカに対しては、木下総理側と米国政府との間にどの程度の密談・密約があるかによるね。米国政府が黙認している事実なら、アメリカに対しては何の効果もないだろうね」
横内はそこのところを知りたがった。
「米国政府が知っているかどうかねえ、さて、どっちだろう?」
それは浅井にもわからない。
「ここで、いくら話してみても、誰にもわからないよ」
そこで、武田が提案した。
「そうだな、でも、効果がないとは限らないよ。言論弾圧フィルタを無力化したら、その情報を米国側に流してみようよ、例えば米国大使館とかさ」
情報を米国側に流すと聞いてシステムエンジニアの佐藤が武田に聞いた。
「それって、米国大使館のサーバをハッキングして流すということ?」
武田が答えた。
「いや、表門から流せばいいよ、単純にメールとかでね」
武田に続いて横内が発言した。
「そうだね、メールを数百通も送れば反応するだろうね。彼らがその情報をつかんでいないとしたらだけどね。他人のパソコンとかを踏み台にしてメールを送れば、こちらのサーバが特定されることなどまずないしね」
俺は出来ることなら何でもするべきだと思った。
「そうだな、やれることは何でもしてみようよ」
その場の一同は賛成の意味で頷いた。
それでも、益美は空母とミサイルのことを男連中が一大事と決めつけてしまっていることが今一つ理解できないでいる。
「ねえ、日本が空母と弾道ミサイルを持つようになったからって、それでアメリカはどうして困るの? 日本が軍事を増強すればアメリカの軍事的な負担が軽くなるはずよね」
益美の疑問には、もちろん、事情に一番詳しい浅井中佐が答えた。
「簡単に言うとだね、弾道ミサイルとそれに搭載する核弾頭を100ずつ持ってしまえば、日本はそれだけで軍事大国になってしまうのだよ」
「どうして、核ミサイルが100本くらいで軍事大国なのよ、アメリカは核ミサイルをどれくらい持っているの?」
「2,000基以上だね、ロシアもそれくらい持っているよ」
「ほらね、それなのに100基で軍事大国なの?」
「ああ、そうだよ、意外だろうけど中国には180基しかないそうだよ。でもね、核ミサイル、つまり、核兵器などというモノは100発以上あれば後は1万発だって同じなのだよ。海の深さで喩えれば、10メートルの浅瀬でも1万メートルの日本海溝でも金槌の人が溺れて死ぬことには違いないということだよ」
「ふーん、そういうものなのかな」
「しかも、そこに戦闘機の離着陸が可能な空母への改装だろ。俺の手持ちの情報によると、自衛軍の海軍は「いずも級」の軍艦をもう3隻建造中だそうだよ。それらも「いずも」のような空母になるのなら、もはや自衛のための軍隊とは言えなくなるよね。だって、戦闘機が空母から飛び立つときって外国を攻撃するときだものね。つまり、日本は諸国から好戦的な軍事大国と見られてしまうことになるのさ」
「でも、日本とアメリカは安保条約で結ばれた同盟国よね。だったら、日本が強くなった分だけアメリカは手を抜けることになるでしょ」
「同盟国同士でいるうちは確かにそうだろうね。けれども、日本が敵に回ったら、H-II型ロケットをミサイルとして流用する日本が相手だよね。そして、そのH-II型ロケットをベースにした大陸間弾道ミサイルはアメリカ全土を射程に収めることになるのだよ。そんなのアメリカにとって脅威そのものだろ」
「けど、木下総理は、どうしてそのようにしたいのでしょうね?」
「彼は総理だけど独立党の党首でもあるよね。その独立党の最終ゴールは憲法を改正しての真の独立だよね、だから独立党と命名したのだからね。つまり、アメリカも恐れるほどの軍事大国になることがその真の独立への一番の近道だと思っているのだろうよ、木下首相の奴はね」
「ふーん、そのように聞かされると腑に落ちるけど、本当にそうなのかしらね?」
「それは今のところはまだ不明だね」
益美への事情の説明を取り敢えず終えると、浅井中佐はこの日の話の総括にかかるのだった。
「ということは、横内さんらは、まず、言論弾圧フィルタを無効化するだろ、そして、防衛省のサーバをハッキングして自衛軍の軍人を説得するビデオを流す、同時に日本国民にアピールする情報を流す、他にも空母のカタパルトとミサイルの情報を米国側に流す、つまり、そういうことだね」
これに佐藤が付け加えた。
「で、浅井中佐の部隊が国会議事堂を占拠する。これが作戦の全体像ということになるよね。誰か、他に思い付いたことはある?」
すると、横内が隠し玉を出してきた。
「実は、NHKのサーバを乗っ取る準備ができているのだよ」
「それ、神だね!」
「それは大きいな!」
浅井にも別のアイデアがあるらしい。
「NHKのサーバを使って自衛軍の軍人を説得するビデオをテレビからも流すことは可能かな?」
この質問には佐藤が答えた。
「NHK側が主電源をオフにするまでなら可能だと思うよ。そのように細工をするからね。で、NHKが主電源をオフにする決断に踏み切るには、それなりの時間が必要だと思うから、30分くらいなら、そのビデオを放送させることができると思うよ」
一連の話を聞いた益美が興奮気味に言った。
「成功すれば、NHKの戦後最大の放送事故になるわね。不謹慎だけどワクワクするね」
浅井は、NHKのサーバを実質的に乗っ取る佐藤の案に乗り気だ。
「ワクワクするだなんて確かに不謹慎だね。でも、NHKを乗っ取るか、それは確かに効果絶大だな。きっと我々の蜂起の大きなサポートになるよ。横内さん、佐藤さん、それ、何とかやってみてよ」
「そうだね、その時がきたら、ベストを尽くしてやってみるよ」
=続く=