第9話 クーデター決行!
さて、2019年1月22日火曜日の決行予定日を迎える準備がようやく整ったようだ。
そして、月日があっという間に流れて、いよいよ、その当日がやって来た。
2019年1月22日火曜日午後0時50分。
冷たいシトシト雨が降り、雲が低く垂れこめて、昼間だというのに夜のように暗い。
練馬駐屯地の浅井中佐の部隊、第1特殊武器防護隊の隊員たちは、既に、様々な扮装や出で立ちで国会議事堂周辺に集結している。
自家用車でやってきた隊員がほとんどだが、地下鉄を利用した隊員も200名ほどいる。
合計で約1,200名の隊員が釣竿のケース、ゴルフバッグ、コントラバスやベースなどの楽器のケース、スーツケースやボストンバッグといった大きな手荷物を抱えるなり手に下げるなどしている。
それらの入れ物の中には自動小銃が入っている。中には自家用車のトランクから自動小銃をそのまま持ち出すつもりの隊員もいる。
冷たい小雨が降っているのだが、邪魔になるので、傘をさす隊員はいない。
隊員の全員が大きな荷物を持っているので、集結したからには素早く動かなければ怪しまれてしまうに違いない。
そして、午後0時55分になった。
浅井中佐が総員に伝わるように合図を出し、隊員たちがその作戦の行動を一斉に開始した。
国会前では合わせて100名ほどの機動隊がそれぞれに自動小銃を持ち警備に当たっているが、その機動隊に浅井中佐の部隊の内の200名が間髪を入れず一斉に襲いかかった。
機動隊は不意を突かれて発砲する暇もロクに与えられず、浅井の防護隊側の200名は威嚇射撃も含めて一気に数百発の弾丸を自動小銃から放ち、機動隊側は僅か数十秒で総崩れになり武装解除されてしまった。
どうやら、機動隊員たちは、あの日のような無抵抗の一般市民しか撃てないようだ。防護隊を目の前にして怖気づくばかりだった。
その間、浅井の部隊の1,000名が衆議院議員本会議の議場をめがけ脇目も振らずに一気に走って行く。
まるで、目の当たりにしているかのような描写だが、実際に見ているのだ。
誰かと言えば俺と武田が。
そして、俺たちも、武装解除された機動隊の隊員の間をすり抜けて議場をめがけ全速力で走りだした。
俺たちのことを怪しむ隊員もいそうなものだが、注意が前方の国会議事堂に向いているし、自衛軍の兵士の皆が俺たちと同様、軍服でも戦闘服でもない一般人の服装なので俺たちに声を掛ける者はいない。
俺と武田はリュックを背負っただけの冬のジョギング姿なので、前方を走る浅井中佐に何とか追いつきそうだ。
国会議事堂の衛視たちが異変を伝えようと、議場をめがけて駆け出した。
浅井らは、その衛視たちに背後から威嚇射撃を加えて、衛視たちの走る足を止めてしまった。
そして、今、俺と武田は、浅井中佐の真横を走っている。
浅井は妙な隊員が自分の横を走っているとでも思ったようで、
「お前らはなんだ! 銃も持たずに・・・いったい・・・何を・・・して・・・あっ!」
浅井はそれが俺と武田であることに気付いた。
「長谷川じゃないか! それに武田も! なんだよ、お前ら!」
俺は驚く浅井中佐に取り敢えず言ってやった。
「うん、浅井にだけ任せておくのが不安でね、心配するな、ちゃんと有給を取ってきたからさ」
俺に続いて武田もつまらないことを言った。
「有給休暇だったら、俺なんか1週間も貰ってきたぞ、余ったら熱海にでも行くかな」
もちろん、浅井中佐の表情は当惑そのものだ。
「そういう問題じゃないだろ、足手まといになるだろうが」
「おい、浅井、つべこべ言わずに走れよ、1時に間に合わないぞ!」
「そうだよ、浅井、とにかく走れ。それと、俺たちは役に立つぞ、お前は、時々、間抜けだからな、さ、急ごうぜ!」
衆議院議員本会議に使用される議場は、国会議事堂の正面から見て左側の一番奥の2階部分にある。俺たちは、そこをめがけて、脱兎のごとく走っている。
警備に当たっていた100名ほどの機動隊員をさっさと制圧してしまった200名の兵士は、機動隊員から武器を取り上げると、先を走る俺たちの後を追い、全速力で走ってくる。
浅井の部隊の兵士たちは、皆が自動小銃を携行しているというのに、呆れるほど足が速い。
丸腰で身軽な俺と武田が置いて行かれそうになるほどだ。
ところで、武田は浅井の足の速さにも感心した。
「おい、浅井、足が速くなったな」
実は、俺も感心していた。
「小学生のときなんか俺たちよりも、うんと遅かったのにな」
「当たり前だ、軍人だぞ、いったい、いつの話をしているのだよ」
浅井の部隊の内の400名ほどが議場正面入口のドアを目指し、追い付いた200名を含む他の800名は二手に分かれて、議場に入れる他のドアへと向かった。
800名の内の十数名は、途中で本隊から離れ、木下総理やその他の有力議員が議場から逃れるのを警戒して、国会から議員会館へと通じる地下通路へと入って行った。
浅井ら400名と俺たち二人は議場の正面入口のドアの前に到着した。
浅井も俺も武田も息を切らし、肩で息をしている。
そして、浅井はいち早く息を整えた。
「ハア、ハア、ハア、つっ、着いたぞ、予定通り1時だ。ふう、よしっ! 総員、即刻突入せよ!」
浅井ら400名が衆院本会議の議場になだれ込んだ。
俺と武田もそれに続いた。
まず土村清美という女性議員が我々の突入に気が付き、そして、
「あんたら、武器なんか持ち込んでなんやねん、ここをどこやと思っているねん!」
土村清美とは、そう、あの「総理、総理」の女性議員だ。独立党の議員が国会の議席の圧倒的多数を占める中、土村清美はしぶとく残っているのだ。
浅井は土村議員とその他の代議士たちに告げた。
「我々は自衛軍の兵士だ。おとなしくしていれば危害は加えない」
やはり、土村清美は自動小銃を手にする大勢の兵士たちを目にしても気が強い。
「兵士って、ほんまかいな、軍服を着てないやないか、あんたら、テロリストとちゃうか?」
そこで、俺は言ってやった。
「テロリストなんかやない! 俺は一般市民だが、この人らは間違いなく自衛軍の兵士だよ。練馬駐屯地から来た自衛軍の部隊なのさ」
浅井中佐は自分たちのことを正式に名乗った。
「そう、我々は練馬駐屯地の第1特殊武器防護隊だ。代議士たちはその場を動かないように!」
三浦も警告を発した。
「妙な動きをした代議士は、例外なく撃つ!」
数人の代議士が衆議院議長席の背後にある出入り口を目指して議場から逃れようと走った。
すると、三浦大尉がそれらの代議士たちを逃すまいと威嚇射撃をした。
それを見た、鵬連というブラウスの襟を立てた女性議員が口を極めて抗議した。
「あなたたち、なんなのよ、私達に言いたいことがあるなら、言論で来なさいよ!」
三浦大尉が気丈に咎め立てする彼女に銃口を向けた。
そして、浅井中佐がすかさず、
「国会前の発砲事件を知っているだろ。貴様らは、丸腰の市民に向けて発砲させたよな。言論に訴えなかったのは、お前らの方だ!」
今は独立党の国会議員になっている鵬連は発砲事件のことを承知しているだけに黙るしかない
そこに、山口という隊員が切迫した表情で浅井に報告した。
「隊長、議場に木下総理がいません!」
「なんだと! 議員会館に通じる地下通路に向かった小笠原を無線で呼び出せ!」
「無線、つながりました。」
「おい、小笠原、そこらに総理がいるかもしれんぞ、探してみろ、至急だ!」
「こちらに向かって走ってきた数人が足を止めました。少しお待ちください、今確認しますから。あっ、総理です!」
「そうか、ならば、小笠原の方から総理らに接近しろ! 先に発砲しても構わん!」
地下通路から逃れようとした木下総理は、4人のSPの背後に隠れている。
SPは4人とも小笠原ら隊員に向けて銃を構えている。
浅井中佐の部隊の別動隊である小笠原隊員以下14名は4人のSPに守られる木下総理に向かい慎重に、ただし、早足に歩み寄った。
木下総理以下5人は後ずさりを始めた。
SPの4人は銃を構えてはいるが、発砲を躊躇しているようだ。武器の威力と人数の点で劣勢だからだろう。
そこで、小笠原らは走り出した。隊員たちは次第に走るスピードを上げた。
木下総理らは、もはや、後ずさりを続けられず、隊員たちに背中を向けて走り出した。
彼らは、いったん背中を向けると、何の躊躇いもなく全速力で逃げていく。
そこで、小笠原はSPの脚をめがけて自動小銃を発砲した。
自動小銃の弾はSPの4人の内の2人のそれぞれ太腿、そして、脹脛に何発か命中し、その2人が倒れた。
優勢が確かになったところで、小笠原は投降を促した。
「それ以上逃げると、こんどは致命傷を負うことになるぞ! その場で武器を捨てて、腹這いになれ! なったら、助けてやる。勝ち目などない、総理を放棄しろ!」
SPは、意外なほど簡単に言われた通りにした。どうやら、木下総理は近い人間にとっても人望の薄い人物らしい。
小笠原は、4人のSPから拳銃を取り上げ、4人をその場に残して、総理だけを議場に連行した。
この小笠原という人物は、とにかく躊躇しない。 防衛大学校出身の29歳の少尉なのだが、このような思い切りの良いところを浅井に買われて別動隊の隊長を任されていたのだった。
小笠原は、総理を確保すると、浅井中佐から最初の命令を受けてから僅か7分で総理を議場に連れてきた。
浅井中佐は木下総理を連行してきた小笠原を見て声を掛けた。
「御苦労、よくやった!」
=続く=




