第10話 クーデター宣言
小笠原隊員が浅井中佐の指示を求めた。
「総理をどこに座らせましょうか?」
「そこの壁際がいい。他の議員から引き離しておこう。嘘八百の総理大臣閣下ではあるが口が立つから他と話をされたら面倒臭い」
木下総理は怒りまくっている。ま、当然だ。
「何が嘘八百だ! いったい、お前は誰だ!?」
浅井は平然と答えた。
「私は、練馬駐屯地の第1特殊武器防護隊の隊長、浅井中佐だ。悪いが、そこでしばらく、じっとしていてもらう」
「なんだと、じっとしていろだ、俺は総理だぞ。軍服でも戦闘服でもないカジュアルウェアのお前らが自衛軍だと? まあ、これだけの人数が自動小銃を手にしているのだから、お前がそう言うのならそうなのかもな。しかし、お前らが自衛軍の兵士だとすると、総理大臣の俺はその自衛軍の最高司令官だぞ、礼を尽くさんか!」
「何が礼を尽くせだ! 丸腰の一般市民を自動小銃で殺すような奴に尽くす礼などない!」
「お前はシビリアンコントロールを知らんのか。シビリアンコントロール、つまりは文民統制だよ。文民統制というのはな、お前たちのような軍人が俺たち政治家の命令に従う事なんだよ!」
「無抵抗な市民めがけて発砲するような命令を聞く耳はない、お前はそこに大人しく座っているしかない、諦めろ!」
「こんな単純な理屈もわからんのか? どうやら、お前らのような制服組には脳みそを使う習慣がないらしいな。バカな体育会系そのものだな。バカ丸出しだな。どうせ、脳みそまで筋肉でできているのだろ!」
総理の悪口雑言を聞いた浅井が総理に拳銃の銃口を向けた。
当然、周囲に緊張が走った。
それなのに、木下総理はあくまでも強気だ。
「なっ、なんだ、バカと言ったのが気に入らないのか? 事実バカそのものじゃないか、自分のざまを見ろ! 撃てるものなら撃ってみろ!」
と、次の瞬間・・・
<パン パン パン パン パン>
浅井は総理の胴体を狙って数発の弾丸を撃ち込んだ。
総理の腰が抜け、総理は議場の絨毯の上にアグラをかくような姿勢で崩れ落ちた。
武田はさすがに驚いた。
「おい、浅井! お前、なんという無茶なことを!」
「撃てるものだから撃ったのさ、総理が言ったとおりにな。武田、よく見ろ、総理なら無傷だよ」
木下総理は失禁してしまってはいるが、たしかに血などは一切見られない。
ただし、失禁だけでなく、ヨダレまで垂らしてしまっている。
武田が総理に歩み寄り、呆然とする総理のスーツを確認してみると、スーツの上着の両脇の布地に弾丸の穴が数発分開いている。そのくせ、弾丸は総理の胴体にかすりもしていない。
その総理と言えば放心状態のようで、浅井中佐の顔をただ漫然と眺めている。
強い恐怖のため、議場には誰の声もなく、静まり返っている。
俺は手荒過ぎる浅井の蛮行のことを咎めた。
「浅井、射撃の腕は認めるが、やり過ぎだよ。この総理、壊れちゃったぞ」
「大丈夫だよ、一発も受けていないのだから、すぐに元に戻るさ。これで、しばらくは静かにしてくれるだろうから扱いやすくていいね。俺は、自衛軍の軍人のことを『脳みそが筋肉』と言われるのが一番嫌いでな。その総理が空気を読めなかっただけさ、ほっとけ!」
武田は、浅井の思わぬ激しさを目の当たりにして驚いたものの、取り敢えずは見過ごすことにした。
「いいわけがないけど、まあ、いいことにしよう。この総理のように一般市民を大勢殺すよりはマシだからな。それよりも、議場にいる議員の全員を軟禁するまでにかかった時間は僅か20分か、上出来だな」
俺は過激な浅井とその浅井を強くは責めない武田に呆れた。
「まったく、お前たちときたらガキの喧嘩の後みたいだな。あっ、そうだ、そろそろ、横内さんがNHKのサーバを乗っ取っている頃だよ。成功していれば、あの反政府ビデオが流れているはずだよ、テレビを見てみようよ!」
すると、武田が何かを取り出した。
「あっ、そうだったな。俺、フルセグのポータブルテレビを持ってきたのだよ、今、スイッチを入れるからな」
浅井はそのポータブルテレビの画面にしばし見入り、
「おっ、国会前でデモに参加する市民に自動小銃で発砲した惨劇のビデオが流れているぞ、横内さん、やったね、これ1チャンネルだからNHKに間違いないね」
俺もテレビを視た。
「ほんとだ、横内さん、成功したね。あとは、どれだけの時間、NHKのサーバを乗っ取っていられるかだな」
政府の凶行や言論弾圧や大陸間弾道ミサイルの開発やカタパルト付きの空母といった政府の暗部を要領よくまとめたそのビデオは、結局、最後までNHKから流された。
一方、言論弾圧フィルタを無力化する企ても上首尾で、本日未明、つまり、1月22日の午前1時から、ネット上での自由な発言が可能になっており、現に政権のかなり辛辣な批判が日本のネット社会のいたるところで見られるようになっている。
45分のビデオだったのだが、プログラマーの横内は、ビデオの編集の面でも優れた人物らしく、要点がよくまとまっているので、日本中の国民に大いにアピールしたことだろう。
その後もNHKの放送を見守ったが、ビデオの再生開始から1時間で停波した。
NHKは主電源をオフにする決断にとうとう踏み切ったのだろう。しかし、反政権ビデオの全編が既に流れてしまった後だ。もう遅い!
俺はあることが気になっていた。
「あ、そうそう、NHKに気を取られて、聞きそびれていたけど、浅井の部下が40人ほど、議場の外に出て行ったね。何をしに行ったの?」
俺の疑問には浅井が答えてくれた。
「ああ、あいつらか。もう10分ほどで戻ってくるだろうさ。この議場の外を監視する超小型無線カメラを設置しに行ったのだよ。100個ほどね。ただし、カメラを設置しに行ったのは、40人の内の20人だ。残りの20人は国会議事堂に常備されている水と食糧を取りに行ったのだよ」
「そうか、なるほどね、議場の中にいたら、外の様子がわからないからな、監視カメラが必要になるに決まっているよね。それに長丁場になるようなら、水も食料も貴重だね」
浅井の言うとおり、20人ほどの隊員が議場に戻ってきた。少し遅れて、残りの20人も飲料水と食糧を携えて戻ってきた。
そして、浅井は外装がジュラルミンのブリーフケースを取り出し、上蓋を開けた。
武田がそれを見て言った。
「ああ、これ、ノートパソコンだったのか。なんかのアンテナもついているな」
「うん、このノートパソコンで監視カメラの映像を受信して再生できるのだよ。もちろん、WIFI付きのパソコンとしても使えるし、テレビも視られるのだよ、優れものだろ」
しかし、いまどき、テレビが試聴できるパソコンなんて俺にとっては特に珍しいものでもない。
「少しお高い製品なら普通のパソコンでもテレビくらいは視られるだろ。でも、頑丈そうだな。さすがは自衛軍の備品だな」
その自衛軍のノートパソコンの画面に映る監視カメラからの映像を横から覗き込んでいた俺は異変に気付いた。
「おい、見ろよ、人の群れが近付いてくるぞ、これ、どこかの軍隊か?」
同じ映像を見ているのに浅井は冷静だ。
「議場を占拠してから1時間以上が経過したからな。機動隊かなにかだろう。遅過ぎるくらいだよ。ああ、やっぱり機動隊だな。小笠原! 機動隊の隊員の人数を確認してくれ」
「了解しました。ええと、約3,000ですね。全員が自動小銃で武装しています」
「予想通りの人数だな、出動するのが少し遅いけどね。三浦! こちらからの呼び掛けが奴らに聴こえるようにスピーカーを設置したな?」
「はい、もちろんです、監視カメラと一緒に設置しました。いつでも使用できます」
この報告を聞いた浅井中佐は三浦大尉に指示を出した。
「よし、それでは、三浦、スピーカーをオンにしてくれ。これから議場占拠とクーデターの声明を出すから」
国会議事堂の建屋の多数の箇所に設置されたスピーカーがオンにされた。
浅井中佐が機動隊に向かって、そして計画通りなら全国民に向かって、その声明を述べ始めるのだった。
この浅井中佐の声明は、首尾よく行けば、横内が乗っ取ったYouTubeのサーバからも流れることになっている。
「全国民の皆様に申し上げる。我々は自衛軍の練馬駐屯地の兵士です。私は第1特殊武器防護隊の隊長、浅井中佐です。本日、我々は、日本を木下政権の独裁から取り戻すべく・・・」
浅井は、国会議事堂を包囲する機動隊に向かい、そして計画通りだとしてYouTubeを視聴する日本国民に向かい、浅井の隊が蜂起するに至った経緯と理由を解り易く説明した。
機動隊に向かっては、機動隊が国会議事堂前で無抵抗の一般市民に発砲したことを引き合いに出し、警察は国民の支持を絶対に得られないこと、400人を上回る国会議員を議場に軟禁しているので機動隊が手出しをすると重大な結果に至ることを述べた。
また、国民、警察官、そして軍人に対して木下政権打倒への協力を呼び掛けた。
浅井は、木下政権打倒への具体的な行動として、国会前に集結して反政権の声を上げるよう全国民に対し求めた。
そして、次のように締め括った。
「・・・最後に、国会議事堂を包囲する機動隊の諸君に告ぐ。君たちはネット等で今朝方から国民の真の声を見聞きしたことと思う。ならば、気が付いているはずだ。君たちの今の行動は無意味だ。むしろ、反社会的と言える。今すぐに包囲を解いて、罪ある警察幹部を逮捕し、その責任を問いたまえ。それこそが今の君たちが行うべき正義だ!」
浅井はその声明を20分ほどで終えた。
昔、訥弁だった彼にしては、なかなか堂々としたスピーチだった。
短かったが、要点がしっかりと押さえられていた。
俺は、もう1つの成功を浅井に告げた。
「おい、浅井、お前の声明、YouTubeで流れていたぞ! 成功だ! 横内さんも佐藤さんも凄いな!」
武田はここまでの計画の成功を素直に喜んだ。
「お前のさっきの声明、YouTubeの他でも流れているぞ、誰かが拡散しているのだな。ここまでは上々だな」
ここで、三浦大尉が浅井に別のことを報告した。
「TBSが特別番組に切り替えましたよ。マスコミは、もう、政権側の報道統制には従わないようですね」
「他の放送局はどうだ?」
「おっ、日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビも特別番組になっています」
「テレビ東京は?」
「えーと、テレビショッピングをやっていますね。9ミリ玉真珠ネックレスが39,800円、税込ですね」
俺はテレビ東京の「テレビ東京ぶり」に思わず笑いながら言った。
「ふっふ、テレビ東京なら仕方がないよ」
武田も呆れ気味だ。
「そうだね、仕方がないよね。大地震があっても韓ドラをそのまま流していたりするものね」
すると、何故だか浅井はNHKのことを気にした。
「で、NHKはその後どうなった?」
三浦が報告した。
「まだ停波したままです。」
浅井がそのクーデターの声明を出してから1時間が経過した。
今は小康状態に入っている。
浅井が木下総理に際どい威嚇射撃をしたときの恐怖は、今は幾分和らいでいる。
大声で話をする代議士こそいないが、あちこちから代議士たちのヒソヒソ声が聴こえてくる。
その中で、2人の代議士が浅井のもとにやって来た。
その2人とは、社民党の福山瑞穂と、「なんとか」党の山本次郎だ。
浅井はその2人に対応した。
「あなたたち、私に何か用ですか?」
瑞穂代議士が答えた。
「この方法は間違っているけど、私たち野党の不甲斐なさが皆さんを追い詰めたのだと思っています」
そして、山本代議士は、
「僕はこうなることも仕方がないと思っていますね。そこで、僕たちにできることはありませんか?」
しかし、浅井中佐は代議士との会話に乗り気ではない。
「えーと、福山さんは、社民党でしたね。失礼だけど、まだあったのですね。で、山本さんのところは、たしか、『ゆかいな仲間と山本次郎の党』でしたかね?」
「今のワザと間違えたでしょ、もう、かなわんなあ。『生活の党と山本次郎と仲間たち』ですよ」
「あーあ、それは失礼。さて、お気持ちは有難いが、貴方たちにできることなどありませんよ。ないから、このようになったのですよ」
「それは、僕たちが情けないと?」
「残念ながら、他に言いようがありませんね」
この後、小康状態に入った議場の片隅で、浅井中佐、武田、俺、山本代議士、そして瑞穂代議士が車座になって雑談を始めた。
もちろん、雑談と言っても、クーデターに至ってしまった日本社会の反省会のような話の内容になるのだった。
「けどまあ、国民も国民だよ。この十数年間ほど、あまりにも脳みそを使わなかったよね。俺もその一人だけどね。そのように、ぼやっとしているから、独立党を走らせてしまったのだよ」
「確かに、昔と比べて若者や中年は考えなくなったな。受験でもそうだ。合格テクニックにばかり走って、肝心の学問には好奇心を全く示さないように見受けられるものね」
「そうよね。受験勉強をパズルゲームみたいに受け止めているわね。で、『パズルが解けたら勝ち組という商品が手に入る』みたいなノリを感じるわね」
「ほんとうだな。みんな生活や恋愛や美食にばかり気を取られて、主義とか主張とか正義とかのことを忘れてしまっているみたいだな」
「そんなことで、頭を主義や主張に使う習慣を失っているから、結果として多くの国民が浅薄になっているのだな。俺も反省しなくてはね」
「そうよね。浅薄になっているから、木下総理のような、一聴したところでは『もっともらしい』弁論が『かっこいい』ということになっちゃったのよね」
「で、国民の多くが尻馬に乗って、気がつけば、このざまだよ」
「尻馬に乗らず、批判的に思考することがどれだけ大切か、身に染みて分かりましたよ。国民にも分かって欲しいな」
そのような、今となっては無駄とも言える話を議場の片隅で車座になってしていると、三浦大尉があることを浅井に報告した。
「TBSが特別番組の中で局まで電話するよう我が隊に呼びかけていますが、どうしましょうか?」
「それで、テレビの画面に電話番号は表示されたか?」
「いいえ。電話番号を表示した場合のイタズラ電話を懸念しているのでは?」
「そうだな。TBSの側にしてみれば、我が隊からの電話かどうか真偽を確かめる手間が生じてしまうからな。電話するとしたら、TBSの報道局とかの電話番号をこちらで調べて、かけるべきだな」
「番号は調べればわかることだが、その前に連絡するべきかどうかだな」
「連絡しよう。今は小康状態だ。その間に世論を盛り上げておいた方がいい」
浅井はテレビ局と連絡をとることを即決した。
そして、武田もそれに賛成だ。
「俺もそう思うね」
早速、TBSの報道局に電話した結果、局アナからのインタビューを衆院の議場内で受けることになった。
その後、日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビ、そしてテレビ東京からもインタビューの申し込みがあったので、浅井中佐は、民放間で打ち合わせをした上で、世に顔の知れたアナウンサーを1人ずつ出すように要求した。
俺、武田、そして浅井はアナウンサーの人選について話をした。
「顔の知れたアナウンサーでないと、警察側の人間が紛れ込む恐れがあるからな」
「誰を出してくるかな?」
「TBSだと、安住アナかな?」
「けど、テレビ東京で顔の知れたアナウンサーって、いたっけ?」
「・・・」
「・・・」
「あっ、一人だけいますよ、矢野あさ美」
「それって、元サンライズ娘だよね。アナウンサーにでもなったの?」
「サンライズ娘を引退した後、慶応大学を卒業してテレ東のアナウンサーになっているのですよ」
「へーえ!」
「じゃあ、テレビ東京だけ、その矢野あさ美を指名しておいた方がいいな。あの局の他のアナは知らないもの」
で、三浦大尉がテレビ局に連絡することになった。
「では、そのように連絡してみます。ちなみに、民放側の窓口は最初に接触したTBSです」
「そうか、じゃあ、頼むな」
20分後、民放側窓口のTBSから、議場に来るアナウンサーを連絡してきた。
三浦が選ばれたアナウンサーを浅井に報告した。
「TBSからは佐藤シルビア、日本テレビからは水田麻美、テレビ朝日からは柿内由恵、フジテレビからは佐藤綾子、そしてテレビ東京からは、こちらから指名した矢野あさ美、以上です」
その場の面々は国会に来るアナウンサーについて雑談をした。
「おっ、サトパンが来るのか!」
「全員が女子アナね。軍人は男だから、なにか作意を感じるわね」
「柿内由恵って、どのような女子アナ?」
「タモリとミュージックステーションの司会をしています」
「歌番組なんか観ないから知らないな」
ここで、ふと見ると、浅井中佐が何を思ったかニヤついていた。
「浅井、なんだか嬉しそうだな」
「いいねえ、あの胸の大きな佐藤シルビアが来るのか」
浅井が木下総理に対し威嚇射撃をしたときには、「先が思いやられる」と思ったが、随分と余裕が出てきたようだ。いや、ちょっと余裕があり過ぎかも?
それから1時間後の午後4時、5人の女子アナと民放代表のカメラマン1人の計6名が衆院議員本会議の議場に到着した。
カメラマンが中継を一手に引き受けるため、インタビューは簡易カメラにより簡易中継されることになっている。
5人の女子アナが議場に入場すると、周囲がパッと華やいだ雰囲気になった。
ただし、女性議員たちの表情を見ると、微妙に不愉快そうだ。
=続く=




