エピローグ
瞼が震え、ゆっくり開かれる。
現れた赤い瞳はのろのろと周囲を見回し、状況を理解する。
どうやらあの後、自分は倒れてしまったらしい。眼鏡の男たちを追い出したときに力を使ったツケが回ったのだろう。
傍に誰もいないことを寂しく思いながら身体を起こす。
「……ヴァニー」
最後にある記憶の中の彼は、不器用ながらも笑っていた。
そして、倒れた自分を必死に呼ぶ声。
不意に彼に会いたくなった。同時に、彼はもうこの村にいないのではという不安が胸の中を支配する。
だからこそ、部屋を飛び出した。
会いたい。会いたい。いなくならないで。会いたい。傍にいて。会いたい。会いたい。会いたい。傍に、いたい。
こんなに全力で走ったのは初めてかもしれない。
息があがり、何度か足がもつれそうになる。それでも懸命に足を動かした。
辿り着いたのは、ヴァニタスは野宿をしていた河原。もっとも彼との時間を過ごした場所である。
透き通った白い髪に、漆黒のパーカー。モノトーンな後ろ姿を認め、速度を緩める。
「ヴァニー」
肩が震え、彼はゆっくりこちらを向いた。
驚きに彩られる彼の瞳は僅かに赤く腫れている。
「生きてたのか」
何でもないことのように言う彼の姿がおかしくて思わず笑ってしまう。
「私は死なないわ。貴方の命、分けてくれるんでしょう?」
駆け寄り、力いっぱいに彼に抱きつく。
温かい。
「絶対に、貴方を独りにしないわ」
世界中の誰よりも、好きな人には笑っていてほしいから。
自分が一番欲しい笑顔は彼のものだから。
背伸びをし、彼は魔の刻印だと言っていた模様に口付けをする。
「ねぇ、ヴァニー」
同じ色彩を持つ瞳が交差する。
「私にもっと広い世界を教えてね」
「ああ」
ぶっきらぼうに頷いたヴァニタスが僅かに身体を屈める。
それが意味することを悟ったエルアは背伸びをしたまま、静かに目を閉じる。互いの柔らかい唇が重なり合う。
思わず零れそうになる笑みを堪え、エルアはこの幸せな時間を堪能する。
ねぇ、ヴァニー。
いつか教えるわね。
本当は私の一目惚れだったってこと。
End?
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幸福なエンド見届けた黒猫は、その蒼い瞳を空へ向ける。
「全知を司る俺にも、二人の力の正体は分からずじまい」
悪魔の正体。
不老不死。
寿命を分け与える力。
己の寿命を引き替えに与えられる超常的な力。
謎は尽きないが、今の彼にとってはどうでもいいことだ。
これからも二人の未来は続いていく。
黒猫の知る最悪なエンドを覆すことができた。それだけで十分なのである。
ふと猫の瞳に紅が差し込む。それは元の蒼と混ざり合い、新たな色が生まれる。
息が呑むほどに美しく、恐ろしい紫色。
「これは特別だよ」
アビスという名を与えてくれた少女へ。
かつての自分と重なる不器用な青年へ。
彼らが真なるハッピーエンドを迎えられるよう、ささやかなプレゼントだ。




