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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第74集(2016年8月)/「海」&「足跡」
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01 奄美剣星 著  海&足跡 『灰色猫が消えたわけ』

 昼下がりになると、伯母が紙切れにメモ書きをして、そそくさバスケットに突っ込む。そのバスケットを持たされた僕は、軽便鉄道路線のいくつか先にある停車場、馴染の雑貨屋に、遣いにやらされたものだった。

 伯父夫妻が住んでいたところの停車場は、郊外にある、キャンパス前にあった。ベランダみたいになった、乗車口から軽便列車に乗ると、他の教会との連絡役をやっていたらしい、始発から終点までの停車場を往来する、黒の聖衣を着た若いシスターが、僕に〝特等席〟を譲ってくれた。〝特等席〟というのは、運転台の真後ろにある席で、僕はフロントの窓越しから迫ってくる風景を楽しんだものだった。

 僕が、いつも降りる雑貨屋前の停車場近くには、信号手が寝泊まりする小屋があった。信号手というのは、軽便列車に、対抗車がくるのを鉄道用の信号で報せたり、踏切の管理をしたりする係のことだ。

 小庭があって、プラムやイチジク、ザクロといった果物がなっていた。郵便受けの上には決まって灰色の猫がいた。実をいうと、灰色猫は、朝方、伯父の家の郵便受けの上にいたのだ。

 ちょっとだけ、僕の秘密をいっておこう。子供時代の僕は、猫と会話をすることができた。

 友達になった灰色猫は、自分が〝天使〟だと主張した。  

 〝天使〟は〝悪魔〟をよく退治する。そして、狩りを楽しんだ後、美味しそうに、ムシャムシャ食べるのだ。僕がオヤツのチーズやベーコンをやろうとしても見向きもしなかった。〝天使〟は施しを嫌った。――信じられないくらいに、プライドが高かった。

 少し大きくなった僕は、伯父夫婦の厚意で、遠くの町にある寄宿学校に入れてもらえた。入学翌年の夏休みのことだ。懐かしい友人と再会するのが楽しみで、帰省してみると、そこに彼の姿はなかった。

 灰色猫はどこへ行ったのだろう? 伯父夫妻にきいたのだが、そんな奴はみたこともきいたこともないと、笑って答えた。

 夏祭りに、僕は、伯父から小遣いをもらった。それで、始発地から終点までゆくぶんのだけの、軽便列車往復切符を買った。

 まずは始発地に行ってみた。

 屏風みたいな山の麓に、集落と修道院があった。折り返すのを待っていると、例のシスターがでてきて乗った。

 そのころになると、あのときほど、〝特等席〟に執着もしていなかった。しかし例のシスターは、小さいころの僕を憶えていてくれて、また席を譲ってくれた。たぶん、シスターは、僕に席を譲るのが趣味なのだろう。

 軽便列車は、駆動車と遊覧車の二両編成で、それぞれが約七メートルある。運転台には、青銅か真鍮かでできたハンドルといくばくかのメーターがくっついていた。折り返してきた列車は、キャンパス前に停車した。

 伯父は、大学の準教授で子供がいなかった。僕の両親は、海外旅行の際、伯父夫妻に僕を預けたのだが、飛行機事故で逝ってしまい、そのまま、夫妻の実質的な養子に収まっていたわけだ。伯母は平凡な主婦だったのだが、伯父は、その道で、よく知られた物理学者だった。沿線にいた誰もが伯父の名前を知っていた。

 軽便列車は、雑貨屋前停車場の前にきた。信号手の小屋がみえた。

 僕は、シスターに、例の灰色猫のことをきいてみた。

「あの小屋の信号手のお爺さんがいるでしょ。革命前は大きなお屋敷に住む貴族様だったんだって。お友達と招待されたことがあるわ。小部屋には書斎があるの。いろんな本があった。お爺さんは、年をとった猫は猫魔岳に登って化け猫になるんだっていってた」

「化け猫に?」僕がきき返すと、シスターは大きく目を見開いて、「いいこと、これは二人だけの秘密よ」といった。世捨て人な貴族様の小屋には、相変わらず、プラム、イチジクやザクロが、垣根になって実っていた。

 それにしても、灰色猫の〝天使〟は、どうしていなくなったのだろう。けっこう元気だったし、餌となる〝悪魔〟どもは、穀物倉庫や屋根裏を相変わらずたくさんいたのに……。

 雑貨屋前をでた軽便列車は、さらに何駅かを通り越した。

 甲虫みたいな自家用車や二頭立ての馬に曳かせたバスを追い越して、海岸の別荘地を抜けた。この季節になると、避暑にやってくる人たちは、庭先に仮設小屋を建てて、ご近所の人を招き御茶会を開く。僕は、招待された伯父夫妻と一緒に、そういう別荘の一つに、何度か連れていってもらったことがあった。

 伯父は高名な物理学者だ。別荘に住むセレブたちは、伯父が御茶会に招待を受けてくれるのをとても名誉としている様子だった。他方で、キャンパスの職員用大学寮は3LDK。そこに住む伯父夫婦は、セレブたちとは、駆けな離れた慎ましい生活を送っていた。たまに、僕は、講堂の窓から、伯父の講義をのぞきこむことがあった。

 昔の物理学者の引用文献のなかに、〝ナントカの猫〟というのがある。不思議な箱に猫を押し込めて、ある条件を満たすと毒ガスが発生し、猫は死んでしまうのだという。――そんな例え話を思い出した。

「えっ、まさか、そんな!」

 灰色猫は、年をとって猫魔岳に登って、化け猫になったんじゃない。伯父さんが捕まえて生体実験したんだ!

 シスターが、席の横に座って僕を抱き寄せ、髪を撫でてくれた。

 軽便列車の終点になる、停車場は、海水浴所がある砂浜だった。レールは、停車場からさらに、先に延びているのだが、波打ち際にたどり着く前に、砂に埋もれて途絶えていた。

 駅舎は、ヨット・ハーバーのラウンジを兼ねていた。

 横に、ゴシック風の崩れかけた修道院があった。大戦でだいぶ壊れているのだが、信じられないことに、シスターはそこに住んでいた。さまざまな町や村から寄付金を集め、少しずつ修理をしていたのだ。

 停車場に降りると、ラウンジの改札口のところで、運転士が、ヨット・クルーザーの所有者である、紳士と会話しているのが耳に入った。

「こないだ、中古の魚雷艇が競りにかけられたんだ。なかなかいい船だったよ。そいつを、富豪が買ったんだとさ」

「どんな船だね?」

「魚雷艇は、武装を外されて、高速クルーザーに改装されたものだった」

「どんな奴が買ったんだね?」

「実は、誰もみていないんだ。ただ、灰色の猫がクルーザーに出入りしているって、ヨット仲間が噂している」

 僕は、砂浜からヨット・ハーバーに、猫の足跡が続いているのをみつけた。

 〝天使〟は、穀物庫や屋根裏から、海へ、狩場を変えていたのだ!

     了

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