02 柳橋美湖 著 笛 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL・鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。そんなオムニバス・シリーズ。
29 笛
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ご機嫌いかが、鈴木クロエです。
紅葉最中の北ノ町へきました。お爺様との語らいはとても楽しかったのですが、今回は、従兄の浩さんの御宅を訪ねたときのことについてお話しますね。浩さんの御宅はお爺様が住んでいる旧牧師館から車で五分ばかりのところ、郊外にあります。伯父様はすでに亡くなっていますので、浩さんは御宅で、伯母様と住んでいらっしゃいます。
「田舎だから敷地ばかりは無駄にデカイ」浩さんは笑ってそういっていました。
敷地一千坪。ほんとうに広かった。ただ、敷地には、母屋とアトリエみたいな事務所のほかは、駐車場と芝生だけしかないのが変。ゴルフでもするのかな、不思議。
〝アトリエ〟にはPC機器がずらりとあって、その並びになぜだかピアノが置いてあります。浩さんは、仕事の合間、気晴らしに奏でているとのこと。
「ちょっと紹介する。うちの電脳執事だ」
浩さんが、そういって、デスクトップ・パソコンを起動すると、お部屋の真ん中に、シルクハットに燕尾服姿の紳士が現れ、お辞儀をしたではありませんか。――三次元画像、凄い!
――クロエ様ですね。メフィストといいます、以後お見知りおきを。旦那様に御用の際は、お取次ぎいたします。お手元のスマホからのアクセスも可能です。
メフィストさんは、AIというのでしょうか、人格を持っているようで、私も思わず深々とお返しのご会釈をしてしまいました。
「クロエ、ちょっとスマホ貸して」
浩さんが、私のスマホを一分ほど操作。すると、メフィストさんのアバターが私の液晶にも登場しました。
「調べものとか、道案内、ちょっとした困り事・相談事にも乗ってくれるから試してみるといい。ああ、クロエが名前を呼んだら、自動起動でてくるプログラムにしておいた。もうひとつおまけ。交渉機能もある」
――交渉機能?
メフィストさんは、歌がとても上手で、浩さんのピアノにあわせ、バラードを歌ってくださいました。――全盛期フランク・シナトラみたいな。
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それから伯母様と浩さん、それに私の三人でランチ。
伯母様は色白のほっそりした方で、浩さんは伯母様によく似ています。
手作りカツサンドとオニオンスープ、サラダといったシンプルなものだったけれど、地元食材とのことで美味しかった。
小母様は、「クロエさんはお母様によく似て美人ね。気立てもいい。このまま浩のお嫁さんになってくれたらなあ」なんて、冗談とも本気ともつかないような口ぶりで、振ってきました。――単刀直入過ぎて返答に困ります。
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お食事の後、浩さんと私は、車で、北ノ町一ノ宮神社にでかけました。湖を挟んで市街地の対岸にある大きな神社です。境内を歩いて行くと、五十前くらいの巫女さんとすれ違ったのですが、その際、感慨深そうに私をみていらっしゃいました。
拝殿で、鐘を鳴らし、かしわ手を打ち、境内を抜けてすぐのところにある駐車場を目の前にしたところに歩いていきました。そこで、神主の奥様が気になって、浩さんに聞いてみました。
「あの巫女様か。無事に成長していれば、クロエと同じくらいになる、娘さんがいた」
過去形なのが気になりましので、さらに聞いてみました。
「――突然いなくなった。神隠しってやつさ。ちょっとした騒ぎで、警察も調べたのだけれど、結局は迷宮入りになってしまった」
そのとき、浩さんがジャケットのポケットに両手を入れて、慌てた顔をしました。
「車の鍵を落とした。引き返してみればきっとあるはずだ。捜す」
それで、杉木立の中にある石畳を引き換えし、戻って行ったわけです。雌雄一対の狛犬の間を抜けようとしましたところ、急に、陽炎のような空気がゆらいまいたようなものがみえました。――浩さんは、陽炎の向こう側を歩いていました。
するとです。
ゆらめいたところから、白地に赤の斑がついた浴衣の女の子が、奥にいて、ふっとこちらをむきました。
――駄目だ。中に入っちゃいけない。異界への入り口〝スポット〟に違いない。
しかし意に反して脚は勝手に動いてしまう。そして、気が付いたときには、中に入ってしまったのです。後をみると、ゆらめいた口がどんどん閉じてゆくではないですか。
――ああ、閉じ込められる!
私は、以前、お爺様に作って頂いた、ペンダント仕様にした〝御守の呼子笛〟のことを思い出しました。手元にあればピンチを切り抜けられるのに……。いつもは肌身離さず持っていたのですが、こちらにくる少し前、紐が切れてしまったので、革製品を扱うお店に修理に出してしまったのです。
スマホはショルダーバックの中。ふと、浩さんが、直接名前を呼ぶといいってお話を思い出しましたので、「メフィストさん……」と呼びかけてみました。
人に会うのが久しぶりだったのか、泣き顔の女の子が、こちらに駆け寄ってくる。きっと、神隠しになったという神主夫妻の娘さんだ。自分が絶体絶命の状態なのに、私はその子を抱きしめようとした、刹那です。燕尾服の紳士メフィストさんが、実体化して狛犬の横に立っていらしゃるではありませんか。
――〝障り神〟と話をつけておきました。クロエ様、お出口はあちらにございます。
私は、浴衣の女の子の手を引いて、執事さんのいるところまで小走りした。けれど、女の子の手は、私の手からすり抜けた。振り向くと胡蝶となり、ほどなくフッと木立の合間に消え、そして、異界への入り口そのものも閉じてしまったのです。
機を同じくして、先を歩いていた浩さんが、駆け戻ってきました。
「クロエの気配がなくなって、振りかえったら、メフィストが現れ、報せてくれたんだ。よりによって〝スポット〟に落っこちるなんて――」
私は助かったのだけれど、女の子は、これからも一人で彷徨い続けるのだろうか。そう考えると、やるせない気持ちになりました。それにしても、電脳執事メフィストさんはなんて心強いのだろう。私なんか、画廊マダムから、魔法のレッスンを受けているのに、いざというときに使えなくなって、まだまだですね。
さて、問題の車の鍵ですが、横にある狛犬がくわえていましたよ。たぶん〝障り神〟様の仕業だったのでしょう……。
それではまた。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。
●烏八重/カラス画廊のマダム。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。




